第14話 シェイクテイル

 毎日自分に言い聞かせるように、何度も考えたことを、何度でも思い返す。

 けれども、時間は情け容赦なく過ぎ、やるべきこと、考えるべきことは、毎日積み重なっていく。

 アドマイヤブラウンと別れ、シェイクテイルが生まれてから、気の休まる時がなくて変な頭痛がする。

 だが、それがどうした。命懸けで戦っているアドマイヤブラウンに比べれば、こんなものは苦痛の内に含まれない。

 新騎獣戦は、スターダムステップ春の決勝が済んだ後、六月から十二月まで行われる。

 出場時期も、出場するしないも自由だが、まず最初の最高格R1ジュニアチャンピオンシップでの優勝を目指す以上は、遅くとも十一月末までには重賞R2を一つは勝っておきたい。

 最高格の大会は本当に強い騎獣でなければ出場することすら許されない、そして騎獣の強さは大会で勝つことでしか証明できない。

 大会優勝の実績を積むことが評価に繋がるが、優先繁殖枠を狙う以上、勝率は高い方が良いに決まっている。

 準備不足で負けるなどあってはならないのだから、慎重にシェイクテイルのデビューをいつにするか考えた。

 調教の開始が遅れたシェイクテイルが、早めにデビュー戦を迎えることは不可能だった。

 育児放棄を受け、生後半年まで群にも馴染めなかったシェイクテイルは同族の仲間を知らない。

 今でこそ牙を剥かれて吠えられるようなことは無くなったが、群の仲間と認識されておらず、他の騎獣からは馴染みの薄い居候いそうろうのような扱いを受けている。

 理由も分からず同族に嫌われ、知らずの内に改善された、この特異な特徴がシェイクテイルの特殊な立ち位置をすっかり確立してしまった。

 乳を与えるのも人。じゃれて遊ぶのも人。体調を崩した時、傍にいるのも人。シェイクテイルにとって愛情も友情も人だけが与えてくれるものだった。そんな環境で育ち、同族に情愛が芽生える筈もない。

 ほとんどの時間を人間と共に過ごしてきたシェイクテイルは、人のことをこそ自分の仲間だと思っていて、他の騎獣に対する競争心も、特別な関心もなかった。

 そのことが、騎獣として致命的とも思える弊害をもたらした。

 同族とのじゃれ合いで覚える本能的な競争心がなければ、騎獣はそもそも競技会で戦うことができない。

 記憶力に優れるシェイクテイルに対して、行動をパターン化し、何度も繰り返し教えることで、器具の着脱や簡単な指示を覚えさせるのは難しいことではないが、戦闘という極めて複雑で多様な判断を要求される行為を全てパターン化し覚えさせることは、どれだけシェイクテイルが賢かったとしても現実的に不可能である。

 俺は、競争心の弱い騎獣に施す調教を知っていても、じゃれ合いの相手に成り代わることも、シェイクテイルを嫌悪しない相手をすぐに用意することもできない。

 できたことは、シェイクテイルが嫌悪される現状がいつか改善されると信じて、他の騎獣と接する機会と時間を増やすという地道な努力を重ねるぐらいのことだ。もしシェイクテイルの「他の騎獣に嫌われる」という稀有な特性が加齢と共に弱まらなかったなら、競技会に出場するという選択すら選べなかっただろう。

 そう思えば、調教開始の遅れが半年で済んだことは、ある意味で幸運だったのかもしれない。

 だが、遅れは遅れ。

 シェイクテイルは、他の騎獣よりも調教時間が少ないというハンデを背負い続けなければならない。

 だから新騎獣戦の前半は調教に費やし、学習能力の高さを盾に可能な限り調教時間の不利を埋める。


 調教に充分な手応えを得たのは、新騎獣戦の折り返し時期、十月頭のこと。

 半年の遅れを三か月で取り戻したシェイクテイルの才能に、俺は膝が震える思いがした。

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