第9話 父と記者

「初めての親子喧嘩かな?ゴシップ記事は、あまり書きたい記事じゃないが」

「聞こえてたのか?」

「アレだけデカい声で話をしていたら、獣舎の端にいる騎獣だって聞き耳を立てただろうさ」

「それもそうか」

「元気が無いな。一つの牧場に元気の無い者が二人もいたら従業員が大変だろうに」


「あいつは、トレーナーに向いてないのかも知れねぇ」

「彼ほど愛情深く、調教師としての努力を欠かさない若者も居ないと思うがねぇ?三十路前に二冠を獲ったトレーナーがどれほどいる?両の手の指で足りてしまう」

「俺たちトレーナーは、もうずっと昔から騎獣を育て、競技会で報奨金を得て、軍か民間に騎獣を売って、飯を食ってる」

「そうとも。そういう、世の中の仕組みだからね」

「当たり前の世の中の仕組みに不満を感じるくらい、あいつの情は深すぎる。昔からそのはあったが、年を重ねれば自然と磨り減るものだと思っていた。俺がそうだったからな」

「誰に似たのか」

「分かりきってんだろうが、情が深いのも、自分のことより他人のことで一生懸命になるのも、見た目よりずっと負けず嫌いなのも全部、アドルファに似たんだ。不思議なもんさ、ジルバはアドルファの声だって覚えてねぇんだ。それなのにホント、似たようなことを言いやがった、血筋ってのは不思議だよ」

「ははっ、五冠も獲ったフルトレーナーが言うと、なかなか含蓄のある言葉に聞こえるじゃないか」


「俺は昔から馬鹿だったから、あいつほど真剣に悩んだことは無かったかもしれねぇ」


「俺は馬鹿だから、この仕事以外のことをあいつに教えてやることができなかった」


「俺はこの仕事に誇りを持ってる。アドルファが気付かせてくれたことだから、これ以上の仕事はないとすら思ってる」


「でもそれは、俺だけの思いなんじゃないかと、今は考えてる。俺が馬鹿だったばかりに、あいつは喉がかれるぐらい泣き叫んで、悲しい思いをしながら仕事をしなきゃならなくなったんじゃないかって思う。もしアドルファが今も生きていてくれたならジルバにはもっと違う、もっと幸せが多いような生き方を教えてくれたんじゃないかって思うんだよ」

「そんな仮定に意味はない。カールしっかりしろ、耄碌するにはまだ早い。アドルファのことは残念だったとしか言えないが、ジルバの親はもう、お前しかいないんだ。お前さっき自分で言ってたじゃないか」

「そうか。そうだな。ああ、これが、そういうことか。子は親が育て、親は子が育てる。アドルファが言ってたのは、こういうことか」

「おお、今のは、なんかこう、グッとくるものがあったよ。本にしても良いか?」

「はっ、新聞記者様は勤勉だな。俺が死んだら好きにしな。生きてる間はやめてくれ」

「はははっ、お前が死ぬ頃には私も死んでるか、じき死ぬかのどちらかだろう。しかし残さないというのも惜しいから、原稿だけは書いておくとしよう」

「で?今日は何の取材だ?」

「なに、ちょっと様子を見に来てみただけだよ。そろそろ宙ぶらりんのトレーナーが、次の担当騎獣の選定を始めるだろうと思ってね。記事になるかもだろ?」

「ありがとよ」

「は?」

「いつもジルバを気にかけてくれてありがとう。本当に、助かってる」

「よせよ、私とお前の仲だろう。一々そんなこと言われたら、野暮ったくてやっていられない。仕事だよ、仕事」

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