第6話 若造

 調教記録簿や学術書、ライバルになりそうな騎獣の試合記録などに溢れた小汚い自室で仕事をしていると、仕事に関係のないことばかり考えてしまう。

 アドマイヤブラウンが戦地に旅立って数日、ナメクジのように湿っぽく生活して、気付いたことがある。

 世間は競技会史上二頭目となる六冠を達成したゴルトンディアマントの優先繁殖枠ファストクロップ入りや、俺の史上最年少三冠獲得が持ち越されたことに興味を抱くが。

 しかし、アドマイヤブラウンの行き先には、何の興味も抱かない。

 牧場主であり今や経営者の仕事ばかりをしている父や、同僚のトレーナー、牧場の従業員、果ては二年目のトレーナー見習いですら。

 今行うべき仕事に集中している。

 そのことは俺にとって酷く不快だったけれど、きっと正しいことだとわかる。

 誰しもに生活があり、仕事があり、興味があることは人それぞれで、行えることには限界があって、やりたいことの全てができる人の方が少ないということも分かるのだから、きっと俺が、トレーナーとして間違っているのだと思う。

 同僚のトレーナーや牧場の従業員は、切り替えなければならないと諭してくれた。

 顔馴染みのお爺ちゃん記者は、また彼のような騎獣を育てて大会を湧かせてくれと励ましてくれた。

 熟練のトレーナーだった父は、三十前の若造がうぬぼれるなと、俺を叱った。

 分かる。

 そんなことは分かっている。聞かされた言葉は全てトレーナーとして学んだことだ。

 牧場の空気を吸って生まれ、騎獣たちと共に寝藁にまみれて育ち、気付けばトレーナーになっていた俺は、多くの別れも見てきた。

 子を産み力尽きて死んだ騎獣。病に侵され試合に出ることもなく死んだ騎獣。怪我のせいで安楽死させられる騎獣。大会で良い成績を残せず荷車引きとして売られて行く騎獣。戦場に連れていかれる騎獣だって、たくさん見てきた。

 出会いと別れが同じ数だけあるということは、子供のころからなんとなく分かっていた。

 そのことを悲しく思いもしたが、この歳になればもう、慣れたと思っていた。

 勘違いだった。

 我が子にするように手間をかけ、兄弟のように暮らし、戦友と呼べるだけ同じ勝利を目指して戦った。

 四年間ずっと、一日たりともアドマイヤブラウンのことを考えない日は無かった。

 俺たちは家族みたいなものだと、心底から思っていた。

 だが家族を売り、金銭に替えるものがどこにいる?家族を戦わせ、自分だけ安穏と暮らす者がどこにいる?家族と別れ、平気な者がどれほどいる?そんな者がいるとしたら畜生以下のクソ外道だ。

 しかしトレーナーとは、つまり、そういう仕事をする者なのだと、気付かされた。

 アドマイヤブラウンとの別れを一緒に惜しんでくれた見習いトレーナーの女の子は俺に、元気を出さないとアドマイヤブラウンが悲しむと言った。

 俺にはそう思えるだけの自信がない。

 アドマイヤブラウンが、別れを理解していたのだろうか?これから命の危険がある戦場に向わされるということを知っていたのだろうか?理解と納得が、確かにあったのだろうか?俺に元気がないことを悲しんでくれるだろうか?

 俺はトレーナークソ外道なのに?

 裏切られたと思わなかっただろうか?こんなことになるのなら荷車引きにでもしてくれた方が良かったと思わなかっただろうか?もっと優秀なトレーナーに担当してもらいたかったと思わなかっただろうか?

 そんなことばかり、ぐるぐるぐるぐる考える。

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