第5話 流星は尾を引く

 全長四メートルを超える巨大なレイオンが、私の指示一つで荷車付きの檻に自ら入って行く姿を見て、目の裏が熱くなった。

 父からアドマイヤブラウンと名付けられ、私が調教を行い、ライバルと火花を散らすような戦いを演じて見せたレイオンは、今まさに売られて行こうとしている。

 アドマイヤブラウンは、生まれ育ったフルスファの街とは似ても似つかない極北の土地で、由来も知れない危険な魔獣と戦う武器として買われる。

 それは誇らしいことだと習ったが、いざ経験してみると、誇らしさなど少しも感じない。

 ただ空虚で、物悲しい気持ちが沸くだけだ。

 がちん、と檻の錠前が落とされる。飛びぬけた知性を武器に競技場で活躍したアドマイヤブラウンは見知らぬ檻に入れられてもなお暴れるということは無かったが、どこか不安を感じた様子で私に視線を寄越し、弱々しく喉を鳴らした。

 アドマイヤブラウンは自身の倍も背丈があるような相手ですら、臆さずに堂々と戦える勇敢な騎獣だった。

 それが、寂しがりの家犬のような有様で、次はどうしたら良いのかと、私の指示を待っている。

 見ていられなかった。

 すぐにでも大声を上げて御者台に座る軍の人間を殴り飛ばし、アドマイヤブラウンを連れ出して、どこかに逃げ出したいと、心から思う。

 けれど、トレーナーとして生きることしか知らない私がそんなことをして、明日からどうやって生きるのか。

 私の生まれ育った牧場はどうなる、父や勤める人達は、他の騎獣たちは。

 私達トレーナーは強い騎獣を育て、大会で賞金を得て、最後には育てた騎獣を軍に売り、生きているのだ。

 できない理由ばかり知っているなんて、本当に馬鹿げてる。

 奥歯を噛み締め、これこそがトレーナーなのだと納得したふりをする意外に、何ができると言うのか。

 競技会で二冠を獲った騎獣が、荷車引きしか能の無い騎獣が引く檻で戦地に送られるという事実が、私の心を酷くざわつかせる。

 あの荷車引きの騎獣はアドマイヤブラウンを戦地に送り届けた後、別の荷を引き、きっと長生きするのだろう。アドマイヤブラウンは戦地で命を削ると言うのに。

 もし、アドマイヤブラウンが弱ければ、戦地に送られることはなかった。

 もし、私にもっと実力があって、アドマイヤブラウンを優先繁殖枠ファストクロップに選出されるほどに鍛え上げられていたなら、戦地に送られることはなかった。

 私の思いなど一つも知らない荷車引きの騎獣は、無情に動き出す。

 アドマイヤブラウンを収めた檻が見えなくなるまで、私は身じろぎ一つできなかった。

 檻が消えた道の向こうから、狼の遠吠えが聞こえる。

 私には、その遠吠えに込められた意味は分からないけれど。

 きっと、腹の内に納めておけない思いがあるに違いなかった。

 良いこともあった。悪いこともあった。四年間毎日顔を合わせてきたのだ。言葉は通じないけれど、顔さえ合わせれば何を考えているか分かるくらいの付き合いをしてきた。

 けれどもう、私とアドマイヤブラウンが顔を合わせることは、きっとない。

 そう思うと堪えきれなかった。

 は生まれて初めて、声を上げて泣いた。

 みっともない泣き声の一つだけでも、彼の耳に伝わって欲しいと願った。

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