第50話《進化体》

 装甲車を囲んでいたケモノ達は、穴を掘り地中に隠れていたようだ。機人が近くにいては勝機がないと判断し、離れるまで身を潜めているように操作されていた。

 これらは、掌握した指揮用電算装置から得た情報だ。ハッキングにより辛うじて勝利したが、状況としては間一髪だった。機械でなく人が指揮していたとしたら、理保達の命はなかったかもしれない。

 指示を失ったケモノ達は行動を止め、命令待ちの待機状態となっている。数十体が微動だにせず直立している光景は、異様と表現する他なかった。


『優助君、何があったの? ケモノの動きが止まったみたいだけど』


 久美の通信に、優助はすぐに応答することができなかった。得てしまった情報の重さに、思考が一時的に停止してしまう。


『優助、これって』

『ああ、俺達は……』


 情報照射装置を経由して、理保の意思が伝わってきた。これは久美達には知られることのない会話だ。


『うん、私達は……』


 二度のハッキングで得た情報を組み合わせると、現在の社会が成り立った経緯が明確になる。それは、優助や理保の由来にも繋がっていた。


「古宮さん、ケモノの動きは止めました」

『止めたって?』


 なんとか通信を返しつつ、理保と共有されてしまった情報を整理する。情報照射装置による意思伝達は、口頭での会話など比にならない速度で行われた。優助と理保は、内容には驚愕しつつつも、行き交う情報量には平然と耐えていた。


 過去、生体兵器の猛攻を受ける防衛側の勢力は、兵士に埋め込む微小な機械を開発した。戦況は既に、人道は無視されるような泥沼となっていた。《ナノマシン》と呼称された目に見えないほど小型の機械は、人間に人間以上の力を与えた。それは、人類の人為的な進化と、人々に持て囃された。


『それが、私達の元になったんだね』


 ナノマシンは単純な身体能力の増強の他に、脳へ特別な力を与えた。救世の希望を背負った者達は俗に《進化者》と呼ばれていた。


 情報照射装置を使った送受信を可能にする能力。

 生体兵器の停止信号パターンを解析する能力。

 それを脳波として発する能力。

 微弱な電波である脳波を増幅し、外部に送り出す能力。


 ただし、ナノマシンを投与し進化者となれる兵士は極わずかだった。肉体に異物を受け入れる際の拒絶反応で、八割以上の被験者が命を失ってしまった。また、停止信号を発する能力が定着するのは、女性体のみだった。結局、それらの原因は不明のまま、計画は半ば強引に進められた。


 対策として、進化者となった者の遺伝子を使ったクローンを製造する案が持ち上がる。機械設備から生み出される救世主は《進化体》と名付けられた。

 現在では、巫女や槍持ちとして使い潰されているが、前時代当時は英雄的な存在であった。まるで正反対な扱いに、優助はどうしても憤ってしまう。


『俺達は使い捨てなんかじゃない。なかったんだ……』

『優助……』


 主に身体強化の効果が顕著だった男性体は、直接戦闘が役割として与えられた。情報照射装置による電算装置との一体化、過度の不可にも耐えられる柔軟で強固な肉体。

 その能力を最大限活用するため、専用の兵器が開発された。進化者の意思を受け、半自動で稼働する人型の兵器は《機動兵員強化人型装甲服》通称 《機人》と名付けられた。


 初期の機人はソフトウェア面での質が悪く、侵略側に乗っ取られる事態が多発した。その他にも様々な改良を織り込み設計されたのが、優助が操る《五八式機動兵員強化人型装甲服》だった。しかし、五八式が前線に出ることはなかった。

 合計六基の弾道ミサイルが撃ち込まれ、戦況は急速に大きく悪化する。五八式の起動試験を待たず、日本という国は壊滅した。


『優助君、それはどういうこと?』

「針付きのケモノを操っているモノの正体は、前時代の電算装置でした」


 思考の整理が付いた優助は、久美から届く再度の問いかけに、言葉を慎重に選び答えた。言い方を間違えれば、あらぬ誤解を与えることになる。 


「今、機人を使い、その電算装置を掌握しました」

『掌握?』

「はい。建物の中は、ケモノを生産する設備がありました。そこから、針付きへ指示を出していたようです」


 聡明な久美らしくないオウム返しに対し、これまでの経緯をかいつまんで説明した。ただし、進化体の存在については、触れることができなかった。それは優助にとって、初めての隠し事だった。


『ねぇ優助、言わなくていいの?』

『言えないよ。言ったらたぶん、このままではいられない』

『それは、そうだけど……』


 情報照射装置から、理保の不安が伝わる。優助も同じ心持ちだった。

 遥か過去のこととはいえ、この事実は現在の社会に大きな影響を与えるだろう。秩序を壊しかねない言葉を口にする覚悟が持てなかった。


『とりあえず、危険は去ったのはわかったよ。まずは戻っておいで。お疲れ様でしょ?』

「はい、帰投します」


 久美の優しさに、優助は罪悪感を募らせた。

 機人が装甲車の荷台へ足をかけたとほぼ同時に、突如の轟音と振動が辺りを包んだ。


「なにが?」

『優助君、建物が……』


 優助は視線を音の先に向ける。先程まで調査していた建造物が、砂煙を撒き散らしながら崩壊していた。試作二式との戦闘がきっかけだろう、朽ちかけた巨大施設はその姿を失った。同時に、かつての繁栄を奪ったもののひとつが、瓦礫の中へと消えた。


『優助、どうしよう』

『ごめん、俺にもわからない』


 それは、真実の証拠が闇に消えたことと同義であった。

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