第49話《ケモノ》

 望遠カメラが捉えた装甲車は、文字通りケモノに囲まれていた。ざっと見て二十体程度だろうか。広域レーダーも破損しているのか、正確に数を把握することはできない。


「古宮さん!」


 優助は通信機に向けて叫んだ。無事でいてくれと、願うような気持ちだった。


『優助君! よかった!』


 久美の声に、心から安心した。それでも、危機的状況は続いている。


「向かっています。もう少し待ってください」

『うん、理保ちゃんのおかけでなんとか大丈夫だよ』

『あとで、褒めてね……』


 いつも元気な理保が、疲れた様子で応答した。普段は無理をしてでも、疲れを表に出さないようにしている。それを見せてしまうのは、そろそろ限界が近いことを知らせているのと同義だ。


「ああ、もちろん」

『ふふ、嬉しい……』


 優助は最高速度でローラーダッシュを稼働させた。風圧で左腕が吹き飛ばされそうになるが、必死に耐えた。

 大量に括りつけてあった装備は、先程の戦いでほとんど脱落してしまっている。残されたのは、右腕の杭とハンマーがひとつ、そしてクラッカーが二個あるのみだ。

 今の機人には左腕がない。複数の装備があっても片手で持ち替えるのは、隙を作るだけになる。主として使う武器は、どれかひとつになるだろう。


 電算装置から戦闘計画がいつくか提示された。生身がむき出しの左腕を庇いつつ戦うのは、なかなかに厳しそうだ。

 装甲車の乗員保護を最優先として、優助は採用する計画を選択した。まずは取り付いているケモノの排除からだ。


「行くぞ」


 ハンマーは装甲車に当たってしまう可能性があるため、クラッカーは装甲車の電子機器に影響があるため、それぞれ使用できない。

 ならば、使うものは必然的に決まる。

 優助はローラーダッシュの勢いのまま、ケモノに杭を突き刺した。機体全体に衝撃が伝わる。

 祈りの保存装置は、幸運にも破損を免れていた。杭に貫かれた三体に祈りを送り込みつつ、姿勢を低くして別の二体に足払いを仕掛けた。


『理保!』


 情報照射装置を使い、直接理保に指示を出す。久美達を経由していては、祈りのタイミングが遅れると判断したからだ。

 当初想定していた通信方法ではなかったが、ケモノの生産施設で知った使い方をした。理保は理解してくれるだろうか。


『あ、はい!』


 一瞬戸惑った様子を見せるものの、転ばせたケモノに対し的確に祈りを送り込んだ。この連携ができるのであれば、なんとかなりそうだ。

 装甲車を殴り続けるケモノ、機人に掴みかかろうとするケモノ、そこはまさに乱戦だった。こちらに向いた鋭い爪は、明らかに左側を狙っていた。


 片腕での戦闘は、想定よりも困難だった。攻撃の手数が減るだけでなく、庇うという行為は優助の神経をすり減らす。

 これまでは、自身の防御については無視できてきた。しかし今は、左腕を傷付けられるわけにはいかない。大きな傷を負えば戦闘不能に直結する。

 提示された計画通りに行動しているが、優助の精神的疲労は段違いだった。次第に思考力が低下していることが自覚できた。


『獣状生体兵の指揮用電算装置へのハッキングを提案』


 針付きのケモノであれば、司令を出す電算装置があるはずだ。機人のハッキングによりそれを手中に収めれば、窮地を脱することができるだろう。


『承認する』


 機人からの提案に対しても、優助はまともな判断ができなかった。結果的にどうなるかを熟考せず、安易に承認してしまっていた。


『了解、ハッキング開始』


 八体目のケモノを蹴り飛ばした時、優助の脳に大量の情報が送り込まれてきた。人に理解できるよう、時系列に合った言語情報に変換されている。しかし、試作二式をハッキングした時以上の量と内容は、優助を激しく困惑させた。


 遥か過去、前時代と呼ばれている時代には、人間同士の争いがあった。

 肥大した科学技術は、広範囲での破壊兵器を産んだ。しかし、自らまでも滅ぼす可能性があるそれらの兵器は、実際に使われることなく抑止力として存在するのみだった。

 抑止力による表面上の平和を壊したのは、とある国が開発した生体兵器だった。様々な動物の遺伝子を組み合わせ、人間などものともしない強靭な生命力と戦闘力を持たせていた。


 電波通信によって遠隔操作される生体兵器は、次々に地続きの国へと侵攻していった。距離の離れた場所や、海を越える必要がある場合は、生産設備ごと大陸間弾道ミサイルに搭載して送り込んだ。

 侵略を進める側と、防衛する側。世界は大きく、ふたつの勢力に分かれることになった。


『優助!』

『理保……』


 理保の悲鳴が情報照射装置から伝わってきた。優助は自分のミスを痛感した。

 装甲車の司令室を経由せずに、直接理保へと通信したこと。逆流する可能性を考慮せず、ハッキングを許可したこと。

 恐らく理保も、優助と同じ状態になっている。突然送り込まれた情報を受け止めきれずに、酷く混乱しているはずだ。


『優助……見ちゃった』

『うん……』


 指揮用電算装置へのハッキングは、数十秒で完了した。針付きのケモノが一斉に動きを止める。この瞬間から、優助の意のままに動かせるだろう。

 人が持つような意思はなく、生物としての本能すらない。これは謎の生物ではなく、過去の人間が生み出した、ただの兵器だった。



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