第48話《情報照射装置》

 機人の電算装置は、優助が言葉の意味を理解していないことを察知した。すぐに必要な情報が脳に送り込まれる。


 電子攻撃。

 敵性体の電波発信や受信を妨害する行為。撹乱や欺瞞等の複数手法がある。


 サイバー攻撃。

 敵性体の電算装置が持つ情報の窃取や破壊等を行う行為。主に通信へと割り込むことによって実行される。


 それらに加えて、電子防御等を含めた総称を電子戦と呼称する。


 情報照射装置により、機能を活用する上で必須となる知識を瞬間的に理解した。

 同時に、これまでの接触で判定した黒い機人の情報も提示された。相手の電算装置は、優助の機人のそれよりも大きく劣った性能をしているようだ。

 万全であればという前提ならば、機械的な性能も上であった。そして、電子的な性能も勝っている。

 黒い機人は恐らく旧式なのだろう。その事実は、かつては複数種類の機人が存在したことを証明していた。


「そうか……」


 前時代の発掘兵器である機人には、優助の知らない機能が多数存在する。そのひとつが今になって提示されたことには、ある程度納得がいく。

 機人はどうあっても機械に過ぎない。いくら優れた性能を持っていたとしても、操縦士が求めない情報は提示されない。だから誰も知らなかった。

 電波や電算装置を扱う戦闘など、ケモノと戦うには必要のないものだ。そして、今それが必要になったというだけの話だ。


 電子攻撃とサイバー攻撃。双方の準備は整っているらしい。無力化までの手順が提示された。あとは操縦士が許可を出すだけだ。

 機械に操られているようで不愉快だが、他に有効な手段がない。それに、不用意な逡巡は命取りだ。眼前の黒い機人は、すぐにでも体当たりができる姿勢をとっている。


 あれに乗っている者は、なんらかの理由で自由がきかないのだと想定される。そうでなければ、体当たりなんて自滅的な戦法はとらない。

 このまま戦闘すれば、優助も相手も衝撃に耐えられず命を落としてしまうだろう。哀れな操縦士を救うという観点でも、機人からの提案は良いものに思えた。

 機人から提示された手順は大きく三段階。二段階目の成功率が高くないが、現実的な範囲内だ。


『実行を許可する』


 優助は電算装置へ向け念じる。戦法の提示から、約一秒が経過していた。


『了解、電波妨害装置を起動、敵機への指揮系統を遮断』


 機人の復唱が脳に響く。いつの間にか、黒い機人は敵機と呼称されていた。


 これまで敵機を操作していた電波信号は、機人が発した妨害電波によりかき消された。人の身でも理解できるよう加工された情報が、優助に結果を認識させた。第一段階は成功したようだ。

 しかし、敵機は動きを止めなかった。限界まで曲げた膝を伸ばし、飛翔するように突進してくる。

 ここまでの行動は予想通りだ。即時的な操作は遮断されたが、保存された命令は残っている。


「ふっ!」


 一時的に各モーターの出力を上げ、突進を受け止めた。敵機の首を左の脇に挟み、両腕で腰部分を抱えるようにして押さえ込む。フレームが軋む音が、優助の耳に直接響いた。

 ここまでが第二段階。計算では十二秒の膠着が限界だ。それ以上となると、機人自身が耐えられない。

 こんな無茶をするのは、第三段階のために機体同士が接触する必要があるからだ。これから敵機の電算装置をハッキングする。


 解析の結果、敵機の電波通信路は一箇所だけと判明した。それは今、先程の電波撹乱で使用不能になっている。

 残された方法は、機人の情報照射装置を使うことだと提案される。至近距離ならば、敵機の電算装置に割り込むことが可能らしい。


『ハッキング開始。コンピュータウイルスを検知、並行して駆除実行』


 コンピュータウイルス駆除のため、想定よりもハッキングに時間がかかっていた。二十秒が経過したところで、左の肘関節が耐久の限界を超えた。フレームが嫌な音を立てる。

 搭乗者保護のため、二の腕部分から下の装甲が展開された。むき出しになった生身の左腕を抜き出した瞬間、機人の左腕はあらぬ方向へと曲がり脱落した。


「くそ、まだか!」


 情報照射装置を使用しているため、優助の脳にもハッキング中の情報が流れ込んでくる。呼称、機能、製造年月日、用途、搭乗者、戦争。そして、人類の人為的進化。


「な……」


 その情報は、優助を驚愕させるには充分すぎた。抱えきれない事実を、強制的に認識させられる。

 優助の動揺とは無関係に、機人は敵機の電算装置を完全に掌握した。それに伴い、拘束を振りほどこうとしていた動きも停止する。電波通信路を閉鎖させたため、電波妨害を解除しても再度乗っ取られる心配はない。

 優助は敵機、黒い機人、正式名称『試作二号式機動兵員強化人型装甲服』へ、装甲を開くよう指示を出した。その目で確かめたかったのだ。


「……よお、同胞」


 試作二式の中に操縦士の姿はなかった。しかし、遥か過去、そこにはきっと優助の同類がいた。

 証拠を示すように、人の形を失って久しい白い粉末が中を舞った。


「理保……!」


 感慨に耽っている余裕はない。それはケモノ達を片付けた後だ。

 優助はローラーダッシュを起動させる。風を切る左腕がどうにも心細かった。

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