第51話《決意》 ~第4章『真相』完~

 周囲を覆った砂煙が徐々に晴れていく。優助は既に原型を留めていない瓦礫を見つめ、呆然としていた。元々破壊するつもりではあった。しかし、充分な調査をする前に閉ざされてしまうのは、好ましい事態ではない。


『埋もれちゃったね。調査したかったんだけどね。それに、機人の部品も手に入ると思ったんだけどな』

「ええ……」


 久美の言うとおり、機能を停止させた試作二式は、出入口近くだったとはいえ埋もれている。片腕の機人を使って掘り返すのは、不可能に近いだろう。機人の左腕とは言わずとも、様々な補修部品が手に入る可能性を失ってしまった。


『優助君、さっきケモノを操れるって言ってたよね?』

「ええ、言いました。……そうか」

『うん、そう、掘り出すの。やれないかな?』


 その言葉で、優助は我に返った。そして、思考の幅が狭まっている事実を自覚した。自分達の原点である進化体の真実について、受け止めきれないことが原因だ。

 久美の提案通り、ケモノを使えば危険を無視して瓦礫を掘り返すことができる。生産設備まで辿り着けないとしても、試作二式の回収くらいはできそうだ。


『優助、大丈夫?』

『大丈夫とは言えないけど、今は目の前に集中するよ』

『うん、そうだね』


 情報照射装置による通信は、今のところ誰にも傍受されない。事実を秘密にしている二人は、繋がった脳内で会話するしかなかった。装置の性質上、感情も伝わってしまうため、双方が互いの罪悪感を理解していた。


「古宮さん、やってみます」

『うん、無理なら諦めよう。埋もれて壊れちゃってるかもしれないしね』


 指揮用電算装置が無事ならば、針付きのケモノを操作することができる。瓦礫で破損しているならば、そもそも指示は通らない。試して駄目ならば、それはそれでいい。

 手順は複雑ではない。まず指示したい行動をイメージし、情報照射装置へ伝える。機人の電算装置により機械語に変換された指示は、指揮用電算装置を経由してケモノへ伝わる流れだ。


「とりあえず、歩かせます」

『うん、こちらでも確認するね。おかしな動きをしたら、理保ちゃんに指示を出すから安心して』


 複数の可能性を考えた久美の言葉に、安心を覚える。まずは周囲に直立する十体に、崩れた建造物へ向かうよう指示を出した。


「いけそうです」

『これは……凄いね……』


 一秒と経たない内に、針付きの集団は歩き出した。成功だ。それは生体兵器の指揮用電算装置が、未だ生きていることを示していた。

 指定した場所に到着したケモノは、優助の指示通りに瓦礫を持ち上げ投げ捨てていった。あまりにも従順なその姿は、改めて意思のない作られた存在なのだと痛感されられた。


 残りのケモノも動員し、試作二式を捜索する。その間、優助は様々な可能性を検討した。同時に、自分の中に複数の意識が存在する恐ろしさを、心のどこかで感じていた。


『理保、これを使えば、世界が変えられるかもしれない』

『うん、きっと変えられるね』

 

 防人達の真実を明かし、人間に反旗を翻す。機人と針付きを適切に運用すれば難しいことではない。事前の準備を周到に進めた上での行動であれば、人間を淘汰することさえ不可能ではないだろう。

 想定していた中で最も恐ろしいものを、理保へと伝えた。たぶん、止めて欲しかったのだと思う。


『どう思う?』

『ごめんね、わからないよ』

『そうか』


 理保から伝わってくるのは、困惑だった。生産された直後に不良品として払い下げの対象となった理保は、通常の巫女が受ける扱いを知らない。機人の付属品となってからは、ほとんど人間と変わらない環境だ。

 彼女から感じる意思は、優助の真意を理解することはできないと暗に告げていた。併せて、わからないことに対する、悲しさや寂しさも感じる。理保らしい正直な優しさに、優助の心は少しだけ落ち着いた。


『あのね、教えて』

『うん』

『優助は、それでいいの?』


 その問いかけに、即答する事ができなかった。

 人間が、巫女や槍持ちにしてきた仕打ちを思い出す。それが、自分たちが存在する本来の意味とは違ってしまったことを知った。

 だから、簡単には受け入れられない。『そういうものだから』と思考を停止させていたあの頃とは、何もかもが変わってしまった。


『ゆっくり、考えさせてほしい』

『うん、わかった。私はどんなことがあっても優助のそばにいるよ。それとね、室長さんや特殊運用室のみんなも、優助の味方だと思うよ』


 理保との対話でひとつ気付いたことがある。優助は人間と防人、いや、人間と進化体の双方に立てる唯一の存在だった。

 優助はこれまでずっと、自分のことを槍持ちだと意識して定義するようにしてきた。唐突に今の生活を失い、使い捨てに戻るかわからないからだ。そのため、人間と対立する発想が生まれた。しかし、それは違っていたのだ。


『理保、ありがとう』


 優助は愛する者に、心からの感謝を伝えた。


 程なくして、試作二式が発見された。針付きの各個体から送られてくる視覚情報では、それほど破損はしていないようだ。機体の造り自体は、優助の操る五八式よりも頑丈なのかもしれない。

 ケモノ達を操作し、試作二式を装甲車の荷台に載せる。かなりの重量があり、二体のケモノが下敷きになった。赤黒い体液が、黒に近いグレーの装甲を濡らした。


『理保、まずは、ふたつ決めたよ』

『なぁに?』

『少なくとも人間とは争わない方法を考える。それと、ケモノの力には頼らない』

『そっか、とってもいいと思うよ』


 試作二式を荷台に載せ終えた所で、優助は久美へと通信を繋いだ。


「古宮さん、ケモノへ指示を出している電算装置のソフトウェアを消去します。これは、あってはいけないものです。いいですね」

『そうだね、お願いするよ』


 相手の電算装置へ通信して侵入し、各種データを消去して使用不能にする。機人の電算装置によれば、これをクラッキングと呼ぶらしい。

 例え前時代の高度な機械でも、プログラムで制御されている限りソフトウェアを失えばただのガラクタだ。この場ではケモノの生産や針付きの操作が、再び行われることはない。立ち尽くすように見えるケモノ達へも、停止信号を送り込んだ。

 記録によれば、かつて日本と呼ばれた国に落とされた生産設備は六基。今も全て稼働しているとして、あと五回。それは希望の持てる数字だった。


「さぁ、帰りましょう」


 想定外に重量のある試作二式を積み込んだことで、荷台の積載限界を超えてしまった。そのため優助は、装甲車に乗ることなく帰路につくことになった。


『ごめんね、優助君。帰ったらゆっくり休んでね』

「はい、自動操縦でいくので、なんとか」


  これからのことは帰ってから決めよう。装甲車に随伴するよう自動操縦を設定し、優助は全身の力を抜いた。


~第4章『真相』完~

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