第45話《施設》

 望遠カメラが映し出すそれは、巨大としか表現できないような建造物だった。少なくとも、優助は初めて目の当たりにする大きさだ。


『まだこんな大きさの建物が残っているなんてね』


 装甲車には、機人のカメラ映像が共有されている。通信機越しの久美も、それを見て驚いているようだった。ただし、優助とは違う驚き方をしていた。


「昔は、他にもあったということですか?」

『うん、私も記録でしか知らないんだけどね。もっと大きいのもたくさんあったらしいよ』

「もっと……」


 あれより大きいなんて、優助には想像すらできない。前時代というのは、あまりにも恐ろしい時代だと思う。

 聞かされた何もかもが、理解の範疇を超えていた。


 現在の文明は、その前時代の名残のようなもので成り立っている。

 当たり前に使われている槍持ちや巫女の生産設備や自動学習装置も、その原理を知る者はいない。制御用の電算機から提示される方法に従ってメンテナンスすることで、辛うじて稼働状態が保たれているという状況だ。

 そんな綱渡りの中で、それが綱渡りと気付いている人間は多くない。優助が人間扱いされるようになってから知らされた、人間達の実情だ。


 レーダーと望遠カメラで調べる限り、ケモノの姿は確認できない。中に潜んでいるのか、それとも本当に壊滅させてしまったのか。


『まだ生体センサーは使えないよね? 近付くよ』

「はい」


 装甲車が割れた舗装の上を進む。カメラへと映る建物が、徐々に鮮明になってきた。

 所々が崩れ落ち、内部が見えている部分がある。そこから判断すると、どうやら三階建てのようだ。天井は高く、機人が全力で跳躍しても届かないだろう。

 それぞれの階層は機人が悠に動ける高さがあるように見える。とはいえ、機人が入れば自重で崩壊してしまいそうだ。


「古宮さん、そろそろ先行します」

『そうだね。気を付けて』

「了解」


 今のところケモノ姿はないが、危険がないとは言い切れない。機人による先行偵察は必須だ。


『念の為、理保ちゃんにも準備してもらうよ』

『優助、私をしっかり使ってね』

「ああ、了解」


 斎藤達により再び完全装備になった機人を、荷台から立ち上がらせる。優助はローラーダッシュを起動させ、目的地へ向かった。


「ここは、なんだ?」


 建物の周囲は、平たい広場のような場所に囲まれている。かつては全面が整備されていたのだろう。朽ちた舗装がその名残を示していた。

 一階には、大小の入口とおぼしき開口部が点在している。多少屈めば機人でも通り抜けられるような高さだった。明らかに人間が使う施設だ。

 ここがケモノの本拠地なのだろうか。


 外周を一通り確認したが、ケモノの姿は見えない。それぞれの入口からレーダーやレーザーセンサーを照射したが、内部の形状が少し把握できただけだった。

 外からでは、これ以上の収穫はなさそうだ。崩落の危険はあれども、内部へと入る必要があると感じる。

 ここに来た目的は、針付きを操る存在の調査だ。それが達成できなければ、全てに意味がなくなる。


「古宮さん、中に入ろうと思う」

『崩れない?』

「わからないけど、外からじゃ何もわからないから」

『そうかぁ』


 暫く思案した後、久美は大きく息を吐き出した。


『わかった、行ってきて。ただし、危険を感じたらすぐに引き返すように。建物の様子はこちらでも確認しておくから。通信は常にオープンで、情報共有も戦闘時同様にリアルタイムでね』

「了解」


 中央にある最も大きい入口から、建物内部に足を踏み入れる。崩れている部分から陽光が入っているが、中はほぼ真っ暗だ。

 闇と静寂に支配されている空間へ、ゆっくりと侵入した。機械の巨人が歩を進める度に、埃と砂が煙となり舞った。それは、長い月日の眠りを起こす証明でもあった。


 優助の感傷を他所にして、機人の電算装置は自動的に各種センサーを暗視状態へと切り替える。昼間と同様とは言えないものの、とりあえずの視界は確保された。


「ここは……」


 機人のセンサーを経由して、脳へと周囲の情報が送り込まれる。優助には、自分の目や耳や肌で感じたのと同じように認識される。

 風化してボロボロになっているが、在りし日の名残が確かに感じられた。人間が歩いていたであろう通路、何かが並んでいたであろう大小様々な棚。

 そこはきっと、人々の集う巨大な施設だった。


 久美の言葉を思い出す。かつてはこれと同等以上の建物が多く存在していたらしい。つまり、前時代の人々はこれらの施設を当たり前に活用していたのだ。

 そして、理由は不明だが、一部の名残を残して消え去った。ケモノに怯える世界はそうして始まったと聞かされている。


「とりあえず何もありません。奥に進みます」

『こっちでも見えてるよ。ゆっくりね』


 中央入口の奥は、少し広い空間になっていた。そこを中心として放射状に三本、幅広の通路が伸びている。

 広場に入った時、機人の振動センサーが反応した。機械が駆動する際の振動のようだった。

 この施設の設備が今も稼働しているとは到底思えない。恐らく、針付きを操っている存在だ。


「古宮さん」

『うん、こちらでも把握したよ。注意して向かってね』

「了解」


 針付きの正体に迫る。もしかしたら、ケモノとは何かを知ることにもなるかもしれない。それは、槍持ちとして作られた自分や、巫女である理保の意味に通じることになる。

 優助は、無意識に唾を飲み込んだ。

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