第46話《侵入者》
過去の繁栄を偲ばせる廃墟を進んだ先に、それは姿を見せた。朽ち果てつつあった通路は唐突に途切れ、全く別の構造物へと繋がっていた。
元々あった施設をくり抜いて、そっくり入れ替えたような印象を受ける。ここまでと違い、人間が生きていた名残は全く感じない。
人為的に作られたとしか思えないが、あまりにも無機質だった。
壁と天井が正確な正方形を形作り、機人が辛うじて通れるような大きさの通路を構成している。金属とも有機物とも表現できない材質は、時の流れを感じないほどに真新しく見えた。
奥からは微かな振動を感じ、機械の駆動音のようなものも響く。求めていた何かがあるのは確実だろう。
自分達はそれを確かめるため、ここまでやってきた。しかし、これはあまりにも異質すぎる。優助は、先へ進むことに感覚的な恐怖を覚えてしまっていた。
『……くん! 優助君!』
「は、はい」
『大丈夫?』
「なんとか」
久美の叫び声を受け、何とか我に返る。ここで立ち止まっていてはいけない。意を決し、機人の足を踏み出させた。砂埃は立たない。
直線的な狭い通路は、長くは続かなかった。突き当たりが扉のようになっていて、うっすらと照明の光が漏れている。
「扉のようです」
『開けられそう?』
「見てみます」
機人の手で軽く押してみるが、開く様子はない。レーザーセンサーを使って周辺を確認しても、取手やレバーに該当するものは見当たらなかった。
「破壊するしか……ん……なんだ……?」
久美に向け提案しようとした時だった。優助の脳に突如として言語情報が送り込まれてきた。
何を言っているのか理解できない。しかし、言語であることだけは、なんとなくわかった。《外国語》という、今は失われた概念が頭をよぎる。
『どうしたの?』
「ちょっと、待って……そうか」
それが機人の情報照射装置を経由した通信だと理解するまで、数秒の時間を要した。送り込まれる言葉の意味は不明だが、伝えようとしている内容は感覚的に理解できる。
機人の電算装置が外国語の意味を聞き取り、優助にわかるようにしているのだろう。『自動にて翻訳中』という前提条件が脳にちらつく。
「入るにはパスコードを入力しろだそうです。そうでないなら侵入者とみなすと」
『どういうこと?』
「俺もわかりません。ただ、情報照射装置へ直接通信をするような相手だったというのは、わかりました」
だから、今からやることはひとつ。遠慮などいらない。なぜなら、機人と自分は侵入者だからだ。存分に警戒してもらおうか。
「古宮さん、押し入ります」
『あー、そうなっちゃう? 大丈夫?』
「ええ、そうなりますよ」
久美の心配を受けても、ここは止まれない。
優助は機人を操作し、目の前の扉を蹴りつけた。先程触れた時に強度は確認済みだ。機人の力であれば破壊できる。
想定通り、扉は簡単に吹き飛んだ。光量の弱い照明が機人を照らした。自動的に暗視モードのレベルが調整される。
「ここは……」
扉の奥は広い空間になっていて、円筒状の設備らしきものがが所狭しと並んでいた。数えられるだけで約二十。それぞれ人が一人、余裕を持って入れる程度の大きさをしている。
機人が蹴飛ばした扉の残骸がぶつかったのか、円筒の一部が破壊され転がっていた。少し粘度のある液体と共にはみ出しているのは、見知ったシルエットだった。
「ケモノ……?」
優助の知る姿とは違い、腕や脚は細く、体毛が少なく、鱗も薄い。しかしそれは、確かにケモノの形をしていた。
「そういうことか」
驚きよりも納得が先だった。
ケモノはここで作られている。自然発生した存在ではなく、機械設備で製造されていた。槍持ちや巫女と同じように、何者かの手によって意図的にだ。
これは、今すぐにでも破壊しなければならない。優助は直感的にそう判断していた。
「古宮さん」
一応宣言をしておこうと通信を送る。ただし、どんな返事があっても破壊することは決めていた。
久美だけでなく、特殊運用室の皆は反対しないという確信がある。それでも、意志だけは伝えておきたかった。
「古宮さん?」
返事がない。通信機の不調とは考えづらい。何かとても嫌な予感がした。引き返すという選択肢が頭に浮かぶ。
その時、再び情報照射装置から情報が送り込まれてきた。今度は警告ではなく、最後通告だった。『侵入者を排除する』とのことだ。
排除できるならしてみろと思った直後、振動センサーが反応した。続いて後方のカメラが黒い影を映し出す。危険を察知した機人は、優助の操作を待たず自動で回避行動をとった。
左足のローラーを緊急駆動、右足を軸として百八十度のターン。急激な遠心力が優助を襲った。
「ぐっ……」
歯を食いしばりつつ、周囲に注意を向ける。機人の電算装置がした判断は適切だったようだ。
数瞬前まで機人がいた場所を、黒い人型が高速で通り過ぎていく。こちらに突撃しようとしたのだろうか。その勢いのまま、いくつかの円筒をなぎ倒して停止した。
「そうきたか……」
黒い巨人が、製造途中のケモノを踏み潰し立ち上がる。優助へと振り向いたその威容は、機人によく似ていた。
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