第44話《疑念》

 機人が振り回したハンマーが、針無しの頭蓋を砕いた。赤黒い液体が周囲に飛び散る。優助は息付く暇もなく、ローラーダッシュで次のケモノへ向かった。

 先制攻撃により獲得した優位性は、残り半数となっても持続していた。多少は消耗しているものの、優助と機人への負担はあの時の比ではない。


 包囲しようと走り出す針付きを追いかけ、その背中にハンマーを叩き込む。吹き飛ぶ後ろ姿に向けて、手持ちでは最後となるダガーを投げつけた。

 ランスはとうにへし折れ、ハンマーもそろそろ鎖が引き千切れそうだ。装甲車には予備の装備が積載されているが、補充に向かえば理保達に危険が及ぶ。


 残った武装は、壊れかけのハンマーがひとつとクラッカーが二個。そして両腕の杭だ。

 ケモノは残り四十を切った。不測の事態さえなければ、余裕で処理できるだろう。優助は脳に送り込まれる作戦指示に従い、機体を加速させた。

 振り抜いた拍子に壊れたハンマーを捨て、手近の針付きに杭を突き刺した。祈りの力を受け痙攣する姿は、もう見慣れた光景であった。それを機人のカメラ越しに見つめつつ、優助は妙な胸騒ぎを感じていた。


「古宮さん、変だ」

『変って?』

「上手く、いきすぎてないかな」


 言葉を交わしながらも、ケモノの処理は継続する。次第に胸騒ぎの正体がはっきりとしてきた。

 簡単すぎるのだ。装備と戦術が整っているとはいえ、苦戦らしい苦戦がない。


『そうは感じないけど、優助君はそう思うのね?』

「はい。例えば、俺達の戦力を測っているとか」


 クラッカーで動きの止まった針付きを杭で処理しつつ、反対の腕で近付いた針無しを貫いた。この混成というのも気になる。

 何かしらの意図があったのか、それとも単に数が揃わなかっただけか。その答えは出ないまま、至極予定通りにケモノの殲滅は完了した。

 結果として、胸騒ぎはただの杞憂であった。しかし、納得のできない何かが、優助の中には残り続けていた。


『優助君、気になるかもしれないけど、一旦戻って。補給と休息は義務だよ』

「了解」


 装甲車に戻った機人は、整備員達により簡易整備が行われる。その後は各種武装の再装備だ。

 久美の言葉通り、優助と理保には休息をとることが義務付けられている。いつでも戦える体勢を整えておくことは必要だ。

 簡易ベッドに寝転がったまま、優助は低い天井を見上げる。仕切り用の布に囲まれたわずかな空間ですら、槍持ち時代よりは高級な寝床だ。


「優助君、そのままで聞いて。理保ちゃんも」

「はい」

「はーい」


 布一枚隔てた操縦席兼司令室から、久美と理保の声が聞こえる。


「目的地まではもう少し。あと三十分もしないくらい」

「もう、到着なんですね」

「そう、順調すぎるんだよ」


 久美が安易な判断をしていない事に、優助は安堵する。とはいえ、予想も対策もできないというのがなんとも歯がゆい現状だ。


「私の予想だけどね、たぶん目的地で待ち構えてる。さっき優助君が言ったように、戦力を測った上でね」

「ああ」

「機人のレーダーで辛うじてわかったんだけど、そこはどうやら前時代の建造物のようなんだ」

「建造物?」


 理保がオウム返しに声をあげる。優助も同じように思っていた。前時代の建造物は、そのほとんどが劣化により瓦礫となったと聞いている。

 都市の中には、前時代から残っている建物はある。それでも、補修に補修を重ねて何とか形が残っている状態だ。あの市役所もそのひとつらしい。

 人の手が入らずに、今も残っている。優助には想像ができなかった。


「その中に、ケモノを操っている存在がいるのかもしれないと?」

「仮説の仮説だよ。だからそれを確かめに来た。そして、その存在は私達を待っている」

「確かに、そう考えると、あれだけの数を捨て石にした理由にもなりますね」


 久美の仮説で、優助の疑問は概ね解決できそうだ。混成だった理由も納得できる。


「今回は機人だけなのがバレましたね」

「たぶんね。針無しの配置もそれだったんだろうね」

「どういうこと?」


 通常の、針無しのケモノは何らかの方法で人の感情を嗅ぎとり襲いかかる。感情を発する存在が多ければ多いほど、その狙いは分散していく。

 その特性を、槍持ちの存在を確認するセンサー代わりに使ったということだ。モニターしている針付きを通じて、針無しの動きを把握すれば、こちらの編成は大まかに把握できるだろう。

 先程の戦闘では優助の感情のみに反応していた。たった一人でケモノを蹴散らす存在など、機人とその操縦士しか存在しない。


「と、いうことだよ理保ちゃん」

「なるほどー。じゃあ、機人への対策を持って待ち構えてるんですね」

「そうなるだろうな」


 どんな対策かは予想もつかない。だが、不安ばかりも言っていられない。優助は自分を鼓舞するように、拳を握り締めた。


「信じてるよ、優助」

「ああ、こちらこそ頼りにしてる」


 布の隙間から理保の手が伸び、傷だらけの拳に指を添えた。優助は、その根拠のない説得力を信じてみようと思った。


「おう、終わったぞ」


 荷台に繋がる窓から斎藤の声が聞こえた。装甲車の運転は、須山に代わっている。


「了解」


 望遠カメラを使えば、例の建造物を拝めるかもしれない。優助は体を起き上がらせ、機人へと向かった。

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