第43話《戦術》

 機人の手を離れたジャベリンは高速で飛翔し、ケモノの胸に深々と突き刺さった。硬い体毛や分厚い筋肉であっても、それを阻むことなどできない。

 続けて左手のジャベリンも投擲する。これも命中。


「二本命中」

『命中確認。処理する』

『祈り、開始します』


 すぐに久美から返事が届く。装甲車内では、理保が祈りの準備をしているはずだ。

 機人の戦闘支援として、理保には祈りの力を補充する他にも役割が与えられている。ジャベリンやダガーが刺さったケモノへ祈りを捧げることだ。


 優助は望遠カメラとレーダーで、二体のケモノが倒れたのを確認した。理保の装備は正常に作動しているようだ。

 彼女は今頃、自動学習装置を改造したヘッドギアを装着しているだろう。それは、機人の各種センサーとリンクし、祈りを届けるべきケモノの位置を脳に直接送り込む。


 運用試験は、都市の防衛に就いていた期間中に実施済みだ。その中で、理保の祈りは他の巫女と比べ物にならない程の有効範囲があることも確認できた。

 通常の巫女が放つ祈りは、槍を使ったとしても視界に入る程度の範囲でしか効果がない。しかし理保は、それの三倍以上の距離までを届かせた。

 例え機人であっても、多数の針付きに組み付かれたら身動きが取れなくなる。可能な限り遠距離戦をする必要があるため、その力は必要不可欠であった。


「動き出した」

『うん、こっちでも把握したよ』


 十二本目のジャベリンを投擲した頃、ケモノがこちらに向かって動き出した。飛来した方向から、こちらの位置をようやく把握したといったところか。

 接敵までにできるだけ数を減らしておかなければならない。武器の使い惜しみはしない。


「そろそろ、離れる」

『了解、優助君。ちゃんと帰ってきてね』

「大丈夫、そのつもりですよ」


 ケモノを装甲車に近付けるのは危険だ。半数ほどジャベリンを使ったあたりで、優助は荷台から機人を飛び下ろした。


『優助、祈りは任せて』

「頼りにしてるよ」


 ランスを片手に持ち上げ、ローラーダッシュを起動する。機人の巨体は、弾かれるように前方へ突撃した。

 各種センサーが地形やケモノの細かな配置を分析した。しかし、情報照射装置からのプラン提案はない。戦術補助機能は解除してある。


 機人からの戦況情報は、装甲車のコンピューターへとリアルタイムで共有されるシステムが構築されていた。それを久美たちが総合的に判断し、戦術上の優先順位を決め指示を出す。

 優助と理保は指示に従い、ケモノの処理を実行する。数ヶ月の訓練の結果、流れるような連携が成り立っていた。


 装甲車からの司令が脳に届く。背負った計十本のジャベリンを全て投擲しろとのことだ。

 機人のローラーダッシュを停止させ、その場に立ち止まった。高速移動中の投擲は、命中精度が著しく悪化するため厳禁だ。


「了解」


 あえて声に出した優助は、ランスを地面に突き刺し、ジャベリンを構えた。

 投擲の対象がマーキングされる。先頭ではなく数列奥のケモノだ。隊列に隙間を作り崩すのが目的だろう。

 指示に従い戦うというのは、今までに比べて数段気が楽だ。もちろん全てを委ねるつもりはないが、それでも、これまでの孤独な戦いとは明らかに違っていた。


「投擲完了、接敵開始する」


 報告と同時に接敵の場所が指示された。真正面ではなく、側面から徐々に数を減らす作戦だった。

 ジャベリンの刺さったケモノはまだ倒れない。適切なタイミングを狙っているということだ。


 優助はランスを地面から引き抜き、ローラーダッシュを再度起動させた。小さく息を吐き、加速の衝撃に耐える。もう慣れたものだった。

 土煙を上げながら迫るケモノは約百体。今の優助達にとっては大した数ではない。

 機人による近接戦闘、最初の獲物は目前だ。


 初手として、長さ二メートルを超える巨大な槍、ランスを横へと薙ぎ払った。三体のケモノの腹が切り裂かれる。傷は深くないが、それで充分だ。

 ランスの仕組みは単純なものだ。その刃先がケモノの体内を通過する瞬間に、機人の背負う祈りが送り込まれるようになっている。

 槍や杭のように深く突き刺す必要はない。活動を停止させるまでに数十秒を要するが、傷さえ付ければそれでいいというのは大きな利点である。


「よし!」


 右手で槍を振り回しつつ、左手は腰に括り付けられたダガーを手に取る。三本を指の間に挟み、手近なケモノへ投げつけた。

 ジャベリン程深くはないが、確実に突き立てられている。問題なく祈りを送り込むことができるだろう。


 初手の挨拶から少し遅れて、針付き達が機人を取り囲む動きをみせた。乾坤一擲作戦の時は、これで身動きができなくなった。あの時のような無茶はもうできない。

 しかし、同じ手は二度は通用しない。襲いかかる針付きの一部には、ジャベリンやダガーが突き刺さったままだ。

 唐突に体を痙攣させたケモノが、その場に崩れ落ちた。二列目三列目が倒れたため、後続のケモノも将棋倒しとなる。


「さすが古宮さん」

『でしょー』

『私はー?』

「もちろん、理保もだよ」

『うん!』


 まだ軽口を言う余裕がある。転がるケモノをランスで切りつけ、優助は次の目標に向かった。

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