第42話《接触》

 積載可能重量ギリギリまで荷物を積んだ装甲車は、土煙を上げながら荒野を進んでいた。ケモノと接触した際に戦いやすいよう、先回の作戦時よりも迂回するルートを選んでいた。

 徒歩移動の槍持ちを随伴させていないため、かなりの速度が出せている。目的地まで約二時間半といったところだ。


 道が違えば風景も違う。あの時ほど瓦礫はなく、朽ちかけたアスファルトと荒野だけが広がっている。

 ケモノの姿はまだない。以前と同程度以上の布陣を想定しているが、今の時点では拍子抜けだ。

 ササジマ市を出て間もなく、優助は警戒のため機人の中で待機をしている。ケモノを感知するまでの間、束の間の静寂が身を包んでいた。


『少し、話してもいいかな? 今のうちしか話せないと思って。あ、理保ちゃんも聞いてるよ』


 不意に、通信機から久美の声が聞こえた。普段の彼女とは違って、言葉のトーンが硬い。

 優助は、軽く息を吐いてから声を出した。


「いいですよ」

『うん、ありがとう。嫌な気分にならないで欲しいんだけどね』

「気にしないで。そんな意図ないでしょう?」

『そうだね、そうする』


 いつになくもったいぶった言い回しをしている。優助には、久美が続いて口にする言葉が想像できた。それは、優助自身の疑問でもあるからだ。


『なぜ優助君だけが機人を使えるんだろうね。それと、理保ちゃんの祈りだけが保存できる理由も』

「俺も、ずっと疑問でした」

『私もー』


 人型をした発掘兵器は、誰が試しても一切反応しなかったらしい。それをあの日、優助はいとも簡単に操った。

 その理由は、優助にもわからない。ただ、その意味はあるのだと思う。優助が機人で戦うことが、様々な人間の思惑を動かしている。

 誰もが思いつくはずの疑問が表に出なかったのは、単に余裕がなかったからではない。優助の想定を裏付ける確かな証拠として、人々は口をつぐんでいた。


『室長にすら言えない仮説があるんだ』

「仮説?」

『恐ろしくて、今しか言えないくらい』


 通信機の向こうで、息を飲む様子が伝わってきた。音声だけでも伝わる程の緊迫感だっだ。


『機人は、槍持ちのための兵器なのかもしれない』

「そうか……」


 これまで機人を動かそうとしたのは人間だけだった。そして、彼らと優助の違いは人間か槍持ちかという単純なこと。

 たぶん無意識に思考から外していた。少し考えれば思い付くような仮説なのに、これまで出てこなかった。


「そうかも、しれないですね」


 想像するだけでも恐ろしかった。

 久美の仮説を実証するのは簡単だ。槍持ちを何人か連れて来て機人に乗せてみればいい。

 そして、仮説が事実だとしたら、優助は皆にどう見られるだろうか。唯一の存在という価値が失われ、再びひと山いくらの消耗品に戻るだろうか。

 人間として生きることになり、様々なものを得た。仲間、家族、守るべき人々、恋人。得てしまった今、それを失うのは何よりも恐ろしいことだった。


『優助』


 思考が空回りしている自覚がある。理保の声もどこか遠くから聞こえているように思えた。


『優助!』

「あ、ああ」

『私はね、優助が好きだよ! きっかけは機人だったけど、今はもうそんなこと関係ないよ! 私は優助のいい所をたくさん知ってるよ! 私の優助は、優助しかないよ!』

「うわっ」


 大音量で響く叫び声で、優助の意識は呼び戻された。理保が放つ、必死の告白だった。

 驚きすぎて、思わず笑ってしまう。危なかった。自分が優助である理由を忘れるところだった。


「ああ、そうだな。ありがとう」

『あー、笑ったでしょー』


 少し怒った声も、優助の心を温かくした。


『ごめんね。そういう意図じゃないからね。理保ちゃん程じゃないけど、私含めてみんな優助君のこと好きだからね。仲間だから』

「こちらこそ、本題から逸らしてすみません」


 仲間に恵まれてよかったと思う。槍持ちでも人間でもなく、ひとつの個体として認識してくれている。それは、心地の良い感覚だった。


『うん、誤解が解けてよかったよ。それでね、理保ちゃんも』

「待った」


 機人のレーダーに反応があった。脳に情報が送り込まれる。


「ケモノだ」


 距離が離れているため、総数はわからない。針付きであるかも不明だ。

 報告を受け、装甲車は速度を落とした。優助は機人をゆっくりと立ち上がらせる。


『数はわかった?』

「もう少し、近付いてほしい」

『わかったよ。理保ちゃんにも準備してもらうね』


 少しずつレーダーが補足するケモノの数が増える。荷台に積まれたジャベリンを、両手で一本ずつ持ち上げた。


『理保ちゃん準備いいよ』

『優助ー、いつでもどうぞー』

「了解」


 少し高台に乗り上げ、一時的にレーダーの有効範囲が広がった。同時にケモノの全容が把握できた。

 直立で停止しているケモノと、その間を縫うように不規則に歩くケモノが探知された。光学カメラでは最大望遠でも米粒のようだ。

 数は想定よりも少ないが、油断はできない。ここで装備を惜しんではいけない。


「数は約百五十。恐らく針付きと針なしの混成」

『了解、いける?』

「あと三十秒で停止してくれ」


 三十秒後、装甲車は動きを止める。荷台に立つ機人は右腕を振りかぶり、逆手に持ったジャベリンをケモノへと向けた。

 光学カメラにもその姿を捉えた。


「停止確認、開始する」

『了解』


 距離確認。人工筋肉の出力調整。

 風速確認。左上に微調整。


「いくぞ」


 優助の呟きと同時に、機人はジャベリンを投擲した。

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