第41話《出発》

 準備は全て整った。

 特殊運用室が所有する装甲車の荷台には、所狭しと様々な装備が積まれていた。空いているスペースはあるが、それは機人を載せるための場所だ。

 この日のために用意された武装は、そのほとんどが過去に不採用になったものが原型となっている。


 機人に投擲させるため、防人用の槍に補助翼を付けた《ジャベリン》が八十四本。

 同じく投擲する物だが、柄がほとんどない近距離用の《ダガー》を六十二本。

 機人が手持ちで振るう大型の槍である《ランス》は、最大八回まで祈りの力に耐える。それが、三本。

 さらに、ハンマーとクラッカーも多数用意されている。搭載限界ぎりぎりの量だ。

 優助は、まるで針山のような荷台を見上げる。そろそろ機人を起動させる時間だ。


「さすがに壮観だな」


 優助の隣に立っていた正人が、ため息混じりに呟いた。これだけ集めるために、関係各署を駆けずり回っていたのを知っている。


「これでも足りるか、わからない。でも、やれることはやった。俺も、皆も」


 ササジマ市の防衛と兼ねて、各種装備の使用訓練は充分に行った。理保の放つ祈りとの連携も万全だ。

 ただし、向かう先に何体のケモノが待ち構えているか、それは全くの未知数だ。対抗するための準備は、足りないということはない。


「そうだな。生きて帰ってこいよ」

「そのつもりだよ」


 余計なことは口にしない。数日前、正人の話した言葉が全てだった。

 ケモノの全滅に繋がるのであれば、どんな事でもする。ただし、仲間は死なせない。

 そんな矛盾とも言える思いを、二人は胸に抱えていた。


「優助くーん、そろそろー!」


 装甲車から久美の叫び声が聞こえる。間もなく移動開始だ。優助は機人の元へ向かった。


「正人、いろいろありがとう」

「馬鹿か」


 初めて機人に乗った時を思い出す。あの日、正人が優助の話に耳を傾けなければ、結果的には処分されていただろう。

 人間扱いされることも、理保を好きだと思うことも、信じられる仲間を得ることもなかった。だから、礼を言っておきたかった。

 そのまま正人に背を向け、機人の元へ向かう。


「機人、出ます」


 優助の声を受け、最後まで各所のチェックをしていた整備員が離れていく。皆すれ違いざまに、軽く肩を叩いていった。

 そうだ、ここまでは彼らの仕事。ここからは、自分の仕事だ。


 優助が見つめる機人は、これまでとは見た目の印象が大きく変わっていた。

 背中には大量のジャベリンが括り付けられている。腰の後ろにはダガー、そして右手にはランス。両脚横のケースには、入るだけのクラッカーとハンマーが収まっているはずだ。

 手足の動作を妨げない範囲で、可能な限りの武装が施されている。装甲車の荷台と同じく、機人自体も針山と化していた。その姿は、頼もしくも恐ろしかった。


「俺もお前も、必死だな」


 これまで多くの死線をくぐり抜けてきた相棒に声をかける。当然、返事などはない。

 機人へ乗り込んだ優助は、ゆっくりと闇の中へと身を沈めた。体が固定され、脳へと各種情報が送り込まれる。もう慣れてしまった感覚で、違和感は全くない。

 そのまま立ち上がり、荷台に向けて足を進める。背中側に重量が増えているが、自動でバランス調整するよう思考で指示を出した。


『オーライ、オーライ』


 外部マイクを通して送られる誘導員の声に従って、機人を移動させる。装備を踏みつけないよう、操作には慎重さが必要だ。

 続いて、固定用のフックに脚部を引っ掛け着座させる。これで搭載作業は完了した。優助は機人の装甲を開き、外に出た。


「古宮さん、積み込み終わりました」

「お疲れ様ー、中に入って」


 装甲車の中には、斎藤と須山、その部下がそれぞれ二人ずつ。そして、久美と理保の姿があった。今回の遠征メンバーだ。

 針付きを操る存在の調査には、久美や須山の知識は欠かせない。戦闘となれば、装備の整備も必要となる。これが必要最小限の人員構成だった。


「よし、優助君も来たし、行きますか」


 リーダーは正人から指名された久美が務めている。その人選に反対する者は誰もいなかった。

 知識も判断力も意思もある。まさに適任だろう。しかし、事情を知った今は、危うさも感じられていた。


「理保」

「なぁに?」


 隣の席に座った理保を小さく呼ぶ。いつもと変わらない、柔らかな声が返ってきた。


「古宮さん、見ててな」

「うん、任せて」


 優助の手に、理保の滑らかな指が重ねられた。きっと同じように、久美の気負いに気付いてたのだろう。整った美貌は、優しい笑みを浮かべた。


「室長、行ってきまーす!」

「ああ、ちゃんと帰って来いよ」

「お任せあれー!」


 普段と変わらない調子のやり取りは、緊張を隠しているようにも思えた。


「じゃあ、行きましょう。斎藤さん、お願いします」

「はいよ」


 斎藤がレバーを捻り、エンジンを始動させた。電気で動くモーターと併用とはいえ、化石燃料を使用する内燃機関は貴重品だ。

 さらにその燃料も乾坤一擲作戦で使用され、ほとんど残されていない。特殊運用室の発言力が高まった今だからこそ、必要な量を確保できたとも言える。

 震える車体は前に進み、格納庫を後にした。

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