第40話《懺悔》
優助と理保の戻った会議室は、正人が一人いるだけだった。促されて席に着いた優助は、続く言葉を待った。
「悪いな呼び止めて。斎藤と須山はこの件知っているから、気にしないでくれ」
「わかった」
どうやら話しにくいことらしい。正人が再び口を開くまで、五分程度が経過していた。
「優助に、理保もなんだが、伝えておく必要があってな。他の連中は、皆知っている話だよ」
「ああ、聞くよ」
こんなに歯切れの悪い姿を見るのは初めてだった。少しでも話しやすいよう、なるべくゆっくりと返事をした。隣の理保も、軽く頷いている。
「ありがとうな」
「いいよ」
「俺はな、ケモノが憎い。可能ならば全滅させたいと心から願っているんだ。そのために、皆に無茶を言っているし、危険に晒そうとしている。その釈明がしたくてな」
優助は内心『そんなことか』と思ってしまった。今は人間の気分を味わっているが、元々はケモノを倒すために作られた使い捨ての存在なのだ。優助だけでなく、理保も同じだ。正人が気にすることではない。
だが、その気持ちは嬉しかった。備品扱いである理保すら仲間と認める度量には、尊敬すら感じる。
「俺の母親は、俺を産んですぐに病気で死んでしまったらしい。だから、俺の記憶にある親は、父親だけだった」
なるほど、と思う。態度のおかしい理由はこれだ。工場で作られた存在に対して、親のことは話しづらいだろう。
「正人、気にしないでくれ。今は正人やここの皆が俺の家族だから」
「そうですよー、話しちゃってください」
「ああ、そうか。わかった」
そこから先は、正人らしく理路整然とした説明となった。最小限の言葉で全てを伝えてしまう話は、聞いていて心地の良ささえ感じるくらいだ。
正人の父親は先々代の防衛部長だった。その考え方は人間としては異端で『防人も人間として扱うべき』と唱えていた。それでも部長という立場にだったのは、周囲との調整能力が群を抜いていたからだそうだ。
「でもな、馬鹿だよあの人は。責任者が気になるからって前線に行くなんて」
ある日、ケモノがササジマ市を襲撃する事件があった。珍しいことではないが、頻繁にあることでもない。
視察として壁の上から防人の戦いを見守っていたところ、ケモノの投げた石が頭に直撃してしまった。それが十年前。
「即死だったらしい。俺は遺体すら見せてもらえなかったよ」
優助にはその理由がわかる。あれは見てはいけない。特に近しい人の場合は尚更だ。
理保や正人がそうなってしまったら、正気を保っていられる自信はない。身内という概念は、心を強くするが脆くもしてしまうものだ。
「それでケモノを恨んでな、何とか復讐しようと考えたよ。でも、防衛部に入ったばかりの俺には何もできなかった。だから、父のコネを駆使して必死に出世したよ。当然、裏では七光りって蔑まれてたけどな」
正人の跡を継いで部長になったのは、人間としては真っ当に優秀な者だった。以降、従来から続く防人を使い潰す方法で、ササジマ市は守られることになる。
「俺は出世ルートから外されてな、ここに飛ばされた。先代部長の息子を無下にはできないから、一応は室長としてな。おかげで、時が来るまで力を溜められたよ。良い部下にも恵まれたしな」
いつか聞いた、斎藤達が正人を慕う下地はこの時にできたということだ。
「で、待ちに待った転機がきた。機人の発見だよ。当時は名前なんてわかっていなかったけどな」
複数の都市が共同で戦力を出し、古い兵器の調査に向かった。優助が以前、市役所で聞いた話だ。
市の財政が揺らぐほどの被害を出して得た結果が、動かない人型の兵器のみ。計画を強く推進していた部長は、辞職に追いやられた。正人によると『人間が自らケモノに対抗する』ことに執着していたらしい。
「で、その後任が優助も知っている柳沢さんだ。元々父の部下でな、子供の頃から知っている」
「ああ、だから」
「そうだよ。おかげでいろいろ便宜を図ってもらえた。動かない兵器の所持権とかな」
市役所で、正人に優しい視線を向けていた男を思い出す。
「そして、機人を運ぶ列車での事件だ。理保、君の管理を担当していた女を覚えているか?」
「はい。不良品なのにとっても優しくしてくれて、私の名前に意味を付けてくれたんですよ。でも……」
「そうか、どんな意味だ?」
正人は遠くを見つめるように天井を見上げた。
担当の女。恐らく列車の中で鍵を落とした人間だ。彼女がいなければ、優助はここにいない。恩人と呼んでも差支えのない相手だ。
「お姉さんは私に『あなたの力は、世界の理を正しく保てる力かもしれない。だから理保なんだね』って言ってくれました」
「あいつ、そんなこと言ってたのか」
「お知り合い、だったんですか?」
上を向いたまま、正人は目を閉じる。すっと一筋、水滴が横顔を伝った。
「彼女はな、
優助は息を飲んだ。彼女を見付けた時には、既に手遅れだった。ケモノに食われるのを目の当たりにしても、戦うことすらできず逃げ出した。
防人である優助が守ることのできなかった人間。それが、正人の婚約者で久美の姉だったのだ。
拘置所での聴取でその経緯は全て話してしまった。当然、正人達の耳にも入っているはずだ。
「あ……俺は……」
恨んで当然の槍持ちを、弟などと呼んでいた。いや、呼ばされていただけかもしれない。
優助は言葉が出てこなかった。喉がカラカラに乾いている。
「優助、大丈夫だ。お前のせいじゃないのはわかっている」
「正人……」
「正直な話をすると、最初は恨んでいたよ。あいつを救えなかったくせに、あいつの形見みたいな兵器を勝手に操りやがって。ってな」
そこまで言って、正人は優助に視線を移した。
「でも、報告書を読んで、改めてお前と会って、それが逆恨みだと気付いたよ。やれることを必死にやっていただけだったんだよな。それは古宮も同じ見解だ」
「ああ、そうだけど……」
「ちょっと違うけど、お互い様だ。俺は俺の復讐のために、お前達の命を使おうとしている。お前は生き抜くために、理保を守るために機人を使った」
正人は優助達を呼び止めた時と同じような、バツの悪い表情を浮かべた。それに気付いた優助は、苦笑いを返した。
「正人、俺はケモノを全滅させたいと思っている。もしそうなったら、防人も解体したいとも思う」
「そうか、なら利害は一致だ。父の影響だろうが、俺も防人という仕組みが気に食わない。俺は命を懸けられないが、それでもいいか?」
「ああ、それに、別の意味で命を懸けてるだろ」
「そうですよ。大人の話はわかりませんのでお願いします」
軽口と共に、自然に笑いが込み上げてきた。知らせてくれたこと、知ってしまったこと、様々な思いが交錯して、今ここにいる。
一通り笑って、優助と理保は会議室を後にした。
「理保、生きて帰ろうな」
「そうだね、弟とその恋人だもんね」
「ばか」
今やるべき事は、機人を万全にすることだ。理保を軽く抱きしめた後、優助は格納庫へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます