第39話《準備》

 初回の接触以降、針付きの襲撃が四回発生した。合計五回全てが、少数で真っ直ぐに進行するというものであった。それが何の目的なのか、ケモノを操っている存在の意図は不明のままだ。

 しかし、これを機に特性の把握や対策検討について、飛躍的に進んだことは確かだった。

 針を抜いたとしても、ケモノからはその指示が消えずに動き続ける。仕組みは不明だが、針にて受信した命令信号は体内へと保存されるということだ。

 そうなると、命令を強制的にリセットする《あれ》は非常に有効となる。一時的とはいえ、針付きの行動を制限することで、戦況を優位な状態に持っていけるからだ。


 効果範囲が狭かったという課題は、分裂式にすることで解決された。円筒だった形状は、細い六角柱を七本束ねた形状となった。

 機人が握り潰した後に投げることで、空中で十四の破片に分かれる。それぞれの破片間に、強い電波を発生させる方式だ。これならば、最大で直径十五メートル程の効果範囲となる。


 大きく形状を変えた《あれ》は、完成を機に正式名称を《対針付きケモノ用手投げ式電波撹乱装置》と名付けられる。ただし、戦闘中に呼ぶには長いため、《クラッカー》と呼ぶことになっていた。

 これもハンマーと同じく、須山の資料からの引用だ。優助を含む特殊運用室の面々は、必死で訴える彼の勢いを抑える気にはならなかった。


 ハンマーとクラッカー以外にも、機人が使用するオプション装備は充実をみせていた。そのほとんどは、これまで特殊運用室が評価して不採用となった新兵器がベースとなっている。

 不採用の理由であった命中精度や威力の問題は、機人が使うことによって解消された。結果論ではあるが、特殊運用室が地道に仕事を続けてきた成果である。


「そろそろ、行こうかと思っている」


 会議室に主要メンバーと重要備品を集めた正人は開口一番、呟くように告げる。それが何を意味するのか、全員が理解していた。


 乾坤一擲作戦で失った槍持ちと巫女の緊急増産は、一旦完了した。これからは通常のペースでの生産となる。

 通常のケモノであれば、これまで通り都市の防衛ができるようになった。さらに、針付きが現れた場合の対策も整えてある。

 特殊運用室から直接対応室にデータを提供して、槍持ちが使える大きさに簡略化したクラッカーを製造中だ。


 優助が正人から聞いた話によれば、直接対応室の坂下室長は過労のため入院中らしい。ため息混じりに、少し悲しそうに話していた兄が印象的だった。

 代理を務めるのは、乾坤一擲作戦で現場指揮を務めた男だそうだ。あれを見たならば、安易な判断はしないと期待してもいいと思う。


「目標は、針付きをに司令を出していると思われる場所の調査と、可能ならば破壊だ。今回は俺達だけでやるつもりだ。まずは率直な意見を聞きたい」


 正人は指を組み、周囲を見回した。これまで数ヶ月やってきた準備は、全てこのためだ。

 反対するつもりは毛頭ない。優助は、自然と拳に力が入っていた。


「室長、いいですか?」

「ああ、古宮」


 沈黙を破ったのは、久美だった。ずれた眼鏡をゆっくりと直す。いつもの飄々とした笑顔はない。


「今回は、私も同行させてください」


 それはあまりにも危険だ。優助は、反対の声を上げようとする。しかし、立ち上がった久美の表情が目に入り、慌てて言葉を飲み込んだ。

 強い意志を込めた瞳で、正人を睨むように見つめている。譲る気は全くなさそうだった。


「言うと思ったよ。命、懸けられるな? それと、俺は行かないからな」

「え……? あ、はいっ」


 拍子抜けしたように、久美は椅子に座り直す。

 優助は、正人が一瞬だけ優しげな視線を向けたのに気が付いてしまった。たぶんこれは、知らないふりをした方がいいと思った。


「斎藤、須山、優助と理保は機人の装備案。古宮は進行ルートの検討だ。四時間後に再度集合。昼飯も食っておけよ。では、一旦解散」


 正人の号令を受け、五人は会議室を後にした。

 相対するケモノの想定と、持っていく装備の検討。それに、巫女である理保との連携も整えなければならない。

 やることは多いが、不思議と充実はしていた。命懸けだとしても、自分達で全てを決められるのには、悪い気はしなかった。


「ねぇねぇ、優助」

「ん?」

「ちょっと耳貸して」


 格納庫へ向けて歩き出してすぐ、理保に肩を叩かれる。そのままの勢いで、優助の耳元に唇を近付けた。

 同じ作業服を着ているのに、同じ石鹸で体を洗っているのに、心が高鳴る匂いがする。一緒にいるのが当たり前になったが、慣れることはなかった。


「室長さんと久美さんって、何かあるのかな?」


 耳打ちに背中がざわつく。理保が体を離したタイミングで、優助も似たことを考えていたのを思い出した。

 辺りを見渡し、他の三人の姿が見えないのを確認して声を潜めて返事をする。


「なんかは、ありそうだよな」

「お付き合いしてたりとか?」

「いや、それはないだろ。どちらかと言うと、兄といも……」


 言葉の途中で、優助は背後に気配を感じた。反射的に振り向く。

 会議室のドアから顔を覗かせた正人が、どこかバツの悪そうな顔でこちらを見つめていた。


「正人?」

「優助、あー、理保も一緒でいいか。少し話がある」


 兄は、小さく手招きをした。

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