第38話《ハンマー》

 機人が振り回した金属球は、先頭を走るケモノの右脚に直撃した。脛に該当する部分が、おかしな方向に折れ曲がった。

 ケモノの下半身は、強固な鱗と弾力性のある皮膚で覆われている。そのため、折れた骨格が皮膚を突き破って露出することはない。


 この武器は、特殊運用室内では《ハンマー》と呼ばれていた。ソフトウェアを担当する須山が「これはハンマー以外とは呼べませんよ」と強く主張したためだ。

 どうやら、彼が所持している古い資料に似た武器があり、それがハンマーと呼ばれていたらしい。一般的なハンマーとは大きく形状が違うが、特に反対する理由もなく通称とし採用された。


 片足の支えを失ったケモノは、走ってきた勢いのまま激しく転倒した。後続の二体がそれにつまづき、同様に地面へ体を擦り付ける。

 さらに続いてきた二体は前進を止め、迂回するように進路を変えた。一旦は放っておいても問題ないだろう。ササジマ市まではまだ距離がある。


 優助は引っ張り戻した金属球を右手で受け止め、倒れたケモノへと接近する。背中側の首の付け根、そこに針が刺さっているかの確認だ。

 倒れたケモノの背中を踏み、動きを止める。そのまま少し屈んで、左手で暴れる頭を押さえつけた。

 硬い体毛から、銀色に鈍く光る突起が見えた。研究室で見たものと同じ、針だ。


「正人、針付きを確認した」

『了解、続けてくれ』


 目の前では、先程転倒した二体が起き上がろうとしている。優助は機人の右手を操作し、ハンマーを振るった。

 片方の背中に金属球を直撃させ、背骨部分を砕く。もう一体には、腹部へと左腕の杭を突き刺し放り投げた。祈りの力は、あえて送り込まない。

 その二体にも針の存在が確認できた。針付きと断定できたのは計三体。身体機能を著しく損傷させたケモノは、それぞれ地面を這うようにもがいている。


 優助は機人の手を使い、足元のケモノから針を引き抜いた。赤い体液が飛び散ったが、動きを止めることはなかった。

 踏みつけていた背中から足を離し、自由にする。通常のケモノであれば、敵性の存在である機人に襲いかかってくるはずだ。


「どうなる」


 片足で立ち上がったケモノは、機人を無視してササジマ市に体を向ける。そして、右足を引きずり真っ直ぐに歩き出した。時折転倒するが、止まりはしない。

 残り二体からも針を引き抜き観察する。こちらも同様に、ササジマ市の方向へと体を這わせ続けた。優助は、冷静に冷酷にその姿を機人に録画させると、杭を突き刺し祈りを送り込んだ。

 抜き取った針は、右脚のケースに回収する。


「次だ」


 優助は呟くと同時にローラーダッシュを起動させ、走り去ったケモノを追った。

 数分走ったところで、ケモノの後ろ姿を捉えた。想定通り、直線的にササジマ市へ向かっている。


「やるか」


 左脚のケースから《あれ》取り出す。少しの凸凹が付いた円筒型のものは、機人の掌にちょうど収まるくらいの大きさだ。名称はまだ与えられていないため《あれ》と仮に呼ばれている。

 優助は機人の親指で円筒の上面にあるボタンを押し、走るケモノに向けて投げつけた。電算装置がカウントダウンを告げる。


 三、二、一


 前を走るケモノの頭上で、カウントがゼロとなった。機人のセンサーは《あれ》から強力な電波が放射されたのを確認した。

 ケモノを操っていると想定されるのは、以前に機人が捉えた電波信号だ。それと同じ周波数を使い、針付きへの撹乱を目的としたものが《あれ》だ。

 ただし、あくまでも机上の理論のため、本当に効果があるのは定かではない。針付きが現れたことで初めて、実地試験が実施されることとなった。


「どうだ?」


 優助の独り言に合わせるように、先行するケモノは動きを止めた。急に足を止めたため、激しく地面へと倒れ込んでいる。どうやら、何かしらの効果はあったようだ。

 後続のケモノは、それを飛び越えそのまま走り続けた。


「ちっ」


 試験のためとはいえ、これ以上は行かせられない。倒れたケモノを尻目に、ローラーダッシュの速度を上げた。


「待てよ」


 追い付くと同時に背中から杭を突き刺し、祈りを送り込んだ。杭に引っかかったままのケモノを振り払い、急制動をかける。

 機人の電波センサーは、倒れたケモノの方向から例の電波を捉えていた。


「そうか……」


 撹乱を察知して、再度の命令を行ったのだろう。それはつまり、どこかで何者かがこの状況を見ているということだ。

 電波を受けたケモノは、素早く起き上がり走り出す。優助はその頭を、振りかぶったハンマーで横から殴りつけた。

 充分に勢いの付いた金属球を受け、ケモノの頭は砕けると同時に引きちぎれ宙を舞った。通常のケモノであれば、これで動きは止まるはずだ。


「こいつは……」


 優助は思わず驚嘆した。首から上を失っても、そのケモノはふらふらとササジマ市を目指し歩きだしていた。

 これまでは、頭部にある脳に該当する部分に記憶していると考えられていた。しかし、その仮説は誤りだった。電波信号による指令は、ケモノの体全体を操っているようにみえた。

 優助は杭と祈りで、首なしのケモノを停止させる。憎むべきものなのだが、なぜか哀れに感じてしまった。


「正人、試験終了した」

『ああ、お疲れ。戻って報告を聞かせてくれ』


 今回の試験には大きな収穫があった。

 追加武装は針付きに対しても効果があること。《あれ》は一時的には有効だが範囲や持続時間に課題があること。

 そして、方法は不明だが針持ちの状況はモニタリングされていること。


「帰還する」


 通信機に向け返事をする。

 理保の笑顔と、彼女が作る食事が恋しかった。

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