第37話《試験》

 定時の偵察は実にのんびりしたものだった。ローラダッシュの必要はなく、機人は街中をゆっくりと歩行する。手を振る子供たちに向かって、機械の手を振り返す余裕すらあった。

 それも、正人の計算のひとつだ。出勤風景を意図的に見せることは、機人が都市を守っていることを示す格好の宣伝になる。

 以前、道路を破壊してしまったことから、一部の住民から悪印象を持たれていた。それを払拭することは、後々の行動に有利となるらしい。


「形の上では公務員だからな、市民のイメージってのは重要だ」


 優助に指示を出した際、室長は腕を組んでそう語っていた。当初は何を意図しているのか理解しきれなかった。しかし、ここ数日の人々を見ていて、ようやくわかってきた。

 世論を味方につけるということは、自分達の立場を良くするということ。立場が良くなれば、発言力も上がるということだ。


 ケモノ対策の鍵となる針の研究には、膨大な予算とそれなりの時間が必要だ。それを手に入れるためには、防衛部内での立場が重要となる。

 優助は自身と機人が宣伝広告になっていることを快くは思わなかった。だが、これに将来的な価値があると思えば、多少のことと我慢もできた。

 それに、子供たちの笑顔は悪くない。


 優助に与えられた仕事は、一日に各二回、東西南北の壁に上り周囲を探知することだ。近くにケモノの姿が確認できなければ、それで良し。近付いてくる様子があれば都度対応をしていく。

 ケモノ処理と併せて、機人の追加装備の実地試験も実施された。そのおかけで、突撃して突き刺すだけだった機人の戦術も、幅が大きく広がることになった。


 仕事を終えて宿舎に帰れば、理保が料理を作って待っていた。優助にとっては、何よりのご馳走だ。それは実に単調で、実に幸せな生活であった。

 ささやかな平穏は長く続かない。そんなことはわかっている。だからこそ愛おしいのだと、優助は思うようになっていた。


 約一ヶ月後、その時がやってきた。

 機人の広域レーダーは、ケモノの姿を捉えた。ササジマ市の北側、十五キロメートル程の距離だ。五体が隊列を組み、真っ直ぐこちらに向かっている。

 統率の取れた行動から針によって操られていると推測できた。優助は通信機のスイッチを押し込んだ。


「正人、ケモノがこちらに向かっている。たぶん《針付き》だ」

『了解、あとどれくらいだ?』

「このままの速度なら四十五、いや四十分」


 レーダーに映るケモノは、全速力で走ってるようだった。この行動にも、何かしらの意図があるのだろうか。


『これからそっちに向かうが、恐らく間に合わない。一次防衛ラインを越えたら任意で迎撃してくれ。《あれ》の使用を許可する。試験運用を始めてくれ』

「了解」


 正人が都市防衛の補填を引き受けた理由は、特殊運用室の宣伝だけではない。機人の腰に括りつけてある《あれ》の試験運用が本来の目的だ。

 それは針付きのケモノに対抗するために開発した装置だ。正確に効果を確認するには、針付きに対峙する他ない。正人率いる特殊運用室の面々は、この時を待っていたと言える。

 正人に連絡を入れてから十分後、ケモノの隊列はそろそろ一次防衛ラインを越える。優助は機人を操り、壁から飛び降りた。


 乾坤一擲作戦の後、機人の両脚に取り付けられていた杭は外された。戦闘記録を分析したところ使用頻度が多くなく、むしろデッドウェイトとして戦闘の邪魔になっていたこともあるとわかったためだ。

 現在、機人の両脚には金属製のケースが取り付いている。そこには、これまでの運用で効果の高かった追加装備と、今回初めて試験する特殊機材が収められていた。


「正人、試験開始する」

『了解』


 通信機に向けて報告した後、機人の電算装置へ試験内容の記録を指示する。操縦に慣れてしまった今は、機人への指示に声を出すことはない。

 ローラーダッシュを起動ししばらく進むと、各種センサーがケモノの姿を捉えた。壁の上から確認した時と同じく、縦に一列に五体が並んでいる。

 行動から針付きと想定したものの、この距離では針の存在は確認できない。断定のためには、接近してカメラで視認しなければならなかった。


「やるか」


 優助は右脚のケースを開き、中から鎖に繋がれた金属球を取り出した。これまで様々な追加装備を試したが、最終的にこれが一番使い勝手がよかった。

 機人が振り回せば、人の頭より少し大きい程度の金属球は強力な兵器となる。それは

ケモノの頭蓋を容易に粉砕する程の威力を発揮した。長い鎖は、ケモノの動きを制限するのにも応用が利いた。


 通常、鎖は振り回す速度や支える場所によって複雑な挙動をとる。人が使うのであれば、長い修練を必要とするだろう。しかし、機人の電算装置はその全てを計算し、優助の脳に伝えてくる。

 シンプルな得物を高度な制御で操るというアンバランスさを、優助は不思議と好ましく思った。

 ただし、今回はケモノを破壊するためには使用しない。針付きなのを確かめた上で、それを拘束するのが試験の第一歩だ。


 間もなく先頭のケモノと接触する。機人は遠心力を付けた金属球を投げつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る