第4章『真相』

第36話《針》

 ボロボロの装甲車が壁にたどり着いてから一週間。作戦の終了が正式に告げられてから三日。ササジマ市はようやくの平静を見せていた。

 ただし、それはあくまでも表面上のものだ。全容を知る優助は、全く落ち着いた気分にはなれなかった。


 乾坤一擲作戦の目的である《ケモノの発生源の特定とその破壊》は、完全に失敗した。しかし、公にはそう発表されていない。

 帰還してから一昼夜眠った優助が聞いたのは、耳を疑うような公共のラジオ放送だった。それが今でも繰り返し流されている。


『我ら守護神たる機人は、二百体ものケモノを全滅させました。人類の勝利は目前です』


 確かに機人は大量のケモノを屠った。しかし、事の本質とは違っている。

 ケモノが何かに操られていて、その正体を掴めないまま帰還した。本来伝えるべき情報を伝えず、聞こえの良い事だけ声を大にしている。優助にとって、その違和感はあまりにも気持ち悪かった。


「優助の言いたいことはわかる。ただ、今はこれでいい」


 斎藤と優助の報告を聞いた正人はそう言った。無駄に不安を煽るべきではないということだ。

 兄の言葉は理解できるのだが、納得まではできなかった。人間の大衆は、そこまで能天気なのだろうか。

 食い下がろうとする優助に、正人は天井を見上げまま告げた。


「たぶん、お前の思っている通りだ。ササジマ市だけじゃない。人間全体がそうなっている。だから、何とかしないといけないんだ」


 思い詰めたような、呆けたような表情を見せられてしまっては、それ以上何も言えなかった。


 機人は格納庫の整備員により、可能な限りの整備を受けた。しかし、歪んだフレームまでは交換できない。結局のところ、出力を下げる対応が限界だ。

 それでも機人は現状で充分以上に戦える。とりあえずの都市防衛であれば、何とかやり過ごせるだろう。


 再び統率の取れたケモノの群れに突撃するのであれば、話は別だ。相応の対策と準備が必要になる。

 その対策のため優助はここ数日、格納庫の二階にある研究室に入り浸っていた。久美、斎藤、須山、そして付き添いを自称する理保が、広くない部屋で膝を突合せている。


「やっぱり、これだね」


 久美が画面を指差す。劣化のため四分の一ほど映らなくなっている大型の液晶モニターには、機人のカメラが撮影した戦闘中の映像が映し出されていた。

 画面の中のケモノには、通常の個体にはない特徴があった。吐き気がするような映像を何度も何度も再生し、集団行動をする全てのケモノに確認できた。


「こいつは、たぶん《槍》だね」


 久美の言葉に、全員が首を縦に振った。人間でいう首の根元あたりに、長さ十センチ程の細長い棒状のものが見える。先端が針のように尖っているそれは、銀色に鈍く光っていた。


「材質も槍とほぼ同じだったな。大きな《針》って程度の大きさだけどな」


 机に置かれたケースの中を見て、斎藤が呟く。

 乾坤一擲作戦の前、都市に侵入してきたケモノにも同様のものが発見されていた。サンプルの内一本は、特殊運用室預かりになっているため、材質の解析をすることができたのだ。


「肉は腐っちゃったけど、頚椎に該当する部分に刺さっていたから、ほぼ確定だね。ケモノはこれで操られている」


 久美の見解は全会一致だった。

 機人の記録によれば、祈りはケモノへの停止信号だ。巫女の発した脳波は、槍が受信し増幅してケモノへと伝わる。

 この針が槍と同種のものということは、集団行動を指示する信号を受信していることになる。戦闘中に、機人が電気信号を捉えたこととも辻褄が合う。

 それならば、こちらにも打つ手がある。

 今の優助は、そこまで理解できていた。目を丸くしている理保には、後から説明をしよう。


「優助君、理保ちゃん、ありがとう。ここから先は私達の仕事だよ。必ず君たちの助けになるからね。んで、斎藤さんと須山さんは覚悟してね」

「任せろ」

「うぇーいっす」


 仲間というものは、これほどにも心強い。


「頼みます。理保、行こう」

「うん、失礼します」


 眼鏡の奥で片目を閉じる久美、力強く手を振る斎藤、歯を出して笑みを見せる須山。三人に頭を下げ、優助と理保は研究室を後にした。

 久美達には久美達の、優助には優助の役目がある。一刻も早く信号の発生源を突き止めたいという焦りはあるが、今できることは限られる。

 優助は更衣室に向かった。着いてこようとする理保は、ドアの外で待っていてもらう。介護されている時に裸を見られているのに、着替えを見られるのは気恥しい。不思議な気分だ。


「機人、出られますか?」

「おー、気を付けてな」

「ありがとう」


 斎藤の代わりに現場を仕切っている整備副長に挨拶をし、優助は機人に乗り込んだ。

 乾坤一擲作戦の失敗により、大量の槍持ちを失ったササジマ市は、防衛力が一時的に低下していた。急ピッチで生産をしているが、それでも元の数を揃えるのに二ヶ月程度の時間がかかる。

 それまでの期間、ササジマ市防衛の大部分は機人で補うことが市議会で可決されていた。特殊運用室長である桜井 正人の提案である。それを受け、直接対応室の坂下室長は大きく歯ぎしりをしたらしい。


 とはいえ、実際に戦うことは今のところなく、壁の上からケモノの様子を伺うだけに留まっている。

 南部のケモノはこれまで通り、無作為に動き回るのみ。そして、特に警戒していた北部には、ケモノの姿自体が見当たらなかった。


「偵察、出ます」


 優助は機人を立ち上がらせ、格納庫を後にした。後部カメラには手を振る理保が映っていた。

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