第34話《殲滅》
脇腹を杭で貫かれたケモノが軽く痙攣した。左腕を振り払った優助は、自分の鼓動だけが聞こえていた。
研ぎ澄まされた集中力で次の獲物を探す。脳に直接送り込まれる情報は、まるで自分を取り込もうとしているように感じられる。
「俺は俺だ」
乾ききった喉から声を絞り出す。
ケモノは残り八十二。大半が点在する装甲車両を殴りつけている。多少の時間は稼げそうだ。この数ならば、先程補充した祈りで充分対処できる。
周囲に動ける槍持ちは二十もいない。数百人が死体か、あるいは瀕死の状態で道路に転がっていた。
「すまない」
機人にとっては、必死に応戦する槍持ちもまた、障害物のひとつだ。優助はローラーダッシュを起動させる。
辛うじて人の形を保っていた亡骸や、辛うじて命を保っていた者は、すり潰され形と命を失った。
障害物が少なければ、機人は本来の性能を発揮できる。
加速した機人は、一方的にケモノの数を減らしていった。再び取り囲もうとする動きを見せるが、もはや止められない。
その際、機人が微弱な電波信号を捕捉した。優助はそれの解析を思考だけで指示する。今はケモノの相手で精一杯だ。
すれ違いざまに杭を突き刺し、現場司令部の車両からケモノを引き剥がす。覗き窓の隙間から、顔面蒼白になった人間が見えた。
初めての死地を彼らはどう思うのだろうか。半分は怒りを込めて、半分は虚しさを込めて、一瞬だけ目を閉じた。
「ぁぁぁ!」
声にならない雄叫びを上げ、目の前のケモノを突き刺す。感情は爆発するほどに昂っているのに、戦況は冷静に判断できていた。
槍持ちを襲っているケモノは後回しだ。装甲車両の強度を判断し、優先順位をつける。
ただし、理保に近付く奴は最優先だ。それで他の装甲車両が破壊されても、歯を食いしばって耐えた。
ようやく全てのケモノを排除した時、機人は真っ赤に染まっていた。
「……ぁ……かっ……」
ケモノの反応が消えたことを確認した優助は、呼吸もままならない。機人の生命維持機能が働き、強制的に横隔膜周辺を刺激した。
「ぐぁっ……」
無理やりに動かされた筋肉に激痛が走る。それが数回続き、なんとか呼吸は安定した。静電フィルターを通した清浄な空気が肺を満たす。
同時に自動帰還機能が作動して、機人は特殊運用室の車両に向かい歩き出した。
『おい優助、生きてるか?』
『優助! 優助!』
通信機が斎藤と理保の叫びを伝えてくる。返事をしようにも、優助は声が出ない。喉が干からびたようにカラカラだ。
そして、何も考えられない。情報照射装置により気を失うことさえ許されず、ひたすらに真っ暗な眼前を見つめるしかなかった。まだ生きていることが実感できるだけ、幸運なんだろうと思う。
機体の振動で、荷台に着座したことがわかった。機人内部に固定されていた身体も解放される。
装甲が開くのと共に、外気が優助の鼻をついた。人の血とケモノの体液が入り交じった、むせ返るほどの悪臭だ。
何時間戦っていたのか、高かった日はもう落ちかけている。既に真っ赤に染まっていた地面は、更に赤く見えた。
「優助!」
悲鳴のような声に、ぼんやりとしていた意識が少しだけ鮮明になった。おかげで、斎藤に伝えなければならない事も忘れずに済んだ。
優助を繋ぎ止める存在は、いつも彼女だった。
「斎藤さん! 早く!」
いつかのように抱き着いて来ないのは、きっとそれよりも必要なことが理解できたからただろう。それは、少しだけ寂しくもあった。
「優助、ちょっと我慢しろよ」
斎藤を含めた三人の男が、優助を機人から引っ張り出した。そのまま抱えられ、車両内部の簡易ベッドに寝かされた。
「優助、お水」
理保が水筒を差し出す。優助にはそれを受け取る力すら残っていなかった。しかし、このままでは話すこともできない。
「本当は、ちゃんとしたかったけど、ごめんね」
なんとか手を動かそうとしていた時、不意に理保が水筒に口を付けた。そして、水を含んだまま、優助に唇を押し当てた。
「んっ……」
理保の唇が少し開き、少しずつ水が口内に入る。優助は驚きつつも、それを喉に流した。
幸いにもむせることはなく、胃に流れ込んでいった。
「ふう、飲めた?」
少し顔を赤らめた理保の問いかけに、優助は頷いたつもりで首を少し傾けた。まだ上手く声は出ないが、突然の出来事に頭が混乱している。
「ああ、もっと欲しい? 恥ずかしいけど、仕方ないね」
再び口移しで水を飲まされる。おかげで、かなり喉が潤った感覚があった。
「ありがとう……」
「いえいえ、どういたしまして」
二度目となると、もう慣れた様子だ。理保はにっこりと笑う。しかし、あまり長時間幸せに浸っていることは許されない。
優助には、急ぎ伝えなければならないことがある。
「斎藤さん」
「おう、なんだ?」
狭い車内で目を逸らしていた斎藤は、優助のただならぬ空気を察したようだった。小さい目をしかめ、簡易ベッドに近付く。
「ケモノを操っているモノの正体が掴めたかもしれません。機人に解析させました。データのロックは解除してあるので抜き出してください」
「わかった」
短い返事で、斎藤は須山の部下を引き連れ荷台へと向かった。後は任せておけばいい。
「理保、少し寝るよ」
「うん、お疲れ様」
優助が目を閉じた時、唇に柔らかい物が触れる感触があった。
「やっぱり、ちゃんとしたくて……」
「うん」
理保の小声を耳にしつつ、優助は眠り落ちた。
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