第33話《惨状》
製造時に設定されている安定出力は八十パーセント。そして、現状の整備状況下での安定出力は五十パーセント。自身の出力により、自身を破損させないための、言わばリミッターのようなものだ。
今の機人は優助の操作により、それらを完全に無視している。機体各所の人工筋肉は物理的限界まで酷使され、これまでとは比較にならない力を発揮していた。
そうなれば、ケモノの包囲など突破するのは容易い。
左腕に絡みついたケモノの頭部を、右手で握り潰し、そのまま力任せに投げ付けた。巻き込まれたケモノ達は、激しく四肢を飛び散らせた。初めて機人に乗った時以上に、祈りは必要ないくらい粉々だ。
続いて左脚を強く蹴りあげ、組み付いたケモノを吹き飛ばす。引っ掛かったまま鞭のように振り回され、周囲もろとも肉片と化した。
出力の差は約二倍だが、実際の力はそれ以上に感じられた。
「これなら!」
再び飛び掛ってくるケモノを殴りつけ、杭を振り回し、蹴散らす。衝撃の度に、機体各所の損壊警告が脳に響いた。頭を踏み潰しても立ち上がるケモノは、自然発生した生き物とは到底思えなかった。
警告である内は問題ないと決めつけ、意図的に無視をした。この包囲を突破するのが最優先だ。
最後のケモノに杭を突き刺した時、機人の各関節の耐久は限界だった。電算装置からの情報では、一部歪みが発生している箇所もある。特に初起動時から動作不良を宣言されていた、左肩と右膝の悪化が顕著だ。
出力を元に戻したところで、この破損は修復できないだろう。予備パーツも殆どないのだから。
しかし、この状況でこの判断は正しかったと優助は考えている。機人が無事でも守るべきものが守れなければ意味がない。
「よし」
周りが開いたところで、改めて各センサーで周囲を確認する。
ケモノ達は本隊に深く食い込んでいた。槍持が多少防いではいるが、既に現場司令部にも迫りつつあった。
幸いとまでは言えないが、最後尾に配置されている特殊運用室の車両までは届いていない。優助は出力を四十パーセントまで下げると、小さい跳躍を繰り返し、急ぎ本隊後方へと向かった。
理保や仲間達が心配だ。それに、祈りの残量もほぼ空になっていた。
低い跳躍といっても、高さ五メートルは優に超えている。眼下には阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
ケモノ達には、これまであった動物的な隙がなく、ひたすら効率的に槍持ちを殺している。
食事中を狙うなど、以前の戦法が使えていない。投石することは減ったものの、複数で一人を狙うなど、作戦じみた行動が目立つ。
これでは、所詮は人である槍持ちには対処のしようがない。ただ、殺されることで時間稼ぎをしているだけだ。
槍と祈りにより、多少の数は減っている。ただし、それも焼け石に水といった程度だ。
当然、人間や巫女のいる装甲車両も襲われていた。列車と同等の素材で作られているため多少は防げているが、それも時間の問題だろう。
結果的に、この場で今のケモノに対抗できるのは、機人だけだということだ。それでもこの数全てを処理できるかは不明だ。
着地の予想場所は、あえてケモノの頭上を選んだ。機人の重量が直撃すれば、最低でも何かしらの損傷は与えられる。着地失敗のリスクもあったが、数減らしを優先した。
電算装置は優助の思考を学んだのか、警告よりも姿勢制御に集中しているようだ。機械のくせに、よく出来ていると思う。
「見えた」
ようやく目的の車両にたどり着く。着地と同時に襲ってきたケモノに向け、右腕の杭を突き出す。
自身の勢いで深く貫かれたケモノは、祈りを受け動きを止めた。同時に、祈りの残量が空になった。
『優助、大丈夫か?』
機人の姿を認めた斎藤から通信が入る。最初の発言に、優助は思わず笑みを浮かべた。
それは、こちらの台詞だというのに。
「ああ、祈りの補充を頼む」
車両までは、あと少しだ。ローラーを起動し、接近する。荷台では理保が手を振っていた。
「優助!」
「理保、頼む」
荷台に背を向け、機人を停止させた。背部カメラには、理保が手を組み祈りを捧げる姿が映る。それを受け、保存装置の残量が徐々に増えていく。
気は抜けないが、動くこともできない。優助は一時の休息に、大きく息を吐き出した。
こうなれば、もう疑う余地はない。機人の記録にあったように、ケモノとは兵器だ。そして、祈りはその緊急停止信号だ。
機人の背中に取り付けられた保存装置の仕組みがわかれば、巫女を戦場に出す必要もない。
槍にその仕組みを取り入れれば、巫女の祈りを待つこともなくなる。それどころか、槍持ちすら不要になるかもしれない。
人間を守るために生産され、使い捨てのように命を落とす存在が不要になる。その想像は優助にとって、希望と虚しさの両方を感じさせた。
「優助、終わったよ」
外部マイクが理保の声を拾った。物思いに耽っていた間に、補充は終わっていたようだ。
このまま装甲を開いてしまって、直接顔が見たい。できるなら、抱き締めて温もりを確かめたい。
だが、今はそれが叶わない。後で理保に頼んでみよう。きっと困ったように笑って受け入れてくれるはずだ。だから、まずはこの危機を振り払おう。
「ありがとう。行ってくる」
「うん。帰ってきてね。待ってるから」
スピーカーとマイク。機械越しでのやり取りをして、再び優助は機人を走らせた。
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