第35話《仲間》 ~第3章『脈動』完~
どれくらい眠っていただろうか。優助が目を覚ました時、外は既に闇だった。
簡易ベッドから感じる振動から、装甲車両はどこかに向けて移動してることがわかる。おそらくは、ササジマ市に向けて帰還中だ。
「おはよう、優助」
「うん、おはよう」
傍らに座っていた理保が、優助に気付き微笑んだ。目を閉じる前のことを思い出し、少し照れくさい。ただ、それ以上の大きな安心感と満足感が、疲れ果てた自分を包んでいるように思えた。
「斎藤さん、優助起きました」
「おう、起きたか」
狭い車内の小さな作業台に向かっていた斎藤が視線を向ける。報告書を書いているのだろう、大きな体の手元には紙とペンが見える。
「ここは?」
「帰り道だよ。あと三十分もしないくらいで壁が見えるはずだ」
「そう、ですか」
荷台に着座する機人は、警戒待機モードに設定してある。引っ張り出される直前に、なんとかその指示だけはできた。
優助が起こされなかったということは、機人がケモノを察知しなかったということだ。今のところではあるが、安全に移動できていることに安堵する。
「この報告書がやっかいでな。寝たままでいいから、いろいろ教えてくれ」
わざとおどけて見えるよう、斎藤は大げさに肩をすくめた。これから話しにくいことを話す優助に対しての、彼なりの配慮だった。
「優助、お水はいい?」
「ああ、あとでもらうよ」
「いつでも言ってね!」
理保は水筒を口に含む仕草をしてみせた。その気持ちは嬉しいのだが、緊急事態でもない限りあれは恥ずかしい。
「機人の記録は見た。俺も優助の見解が正しいと思う」
「どこを指していましたか?」
「さっきの戦場から北東に五キロくらいのところだ」
戦闘中に捕捉した電波信号は、意外と近くから発信されていた。それがケモノを操ってるのだとしたら、すぐにでも調査しなければならない。
「あのまま、向かうべきでしたね」
「おいおい、無茶言うなよ。お前も、俺らも、ボロボロなんだぞ」
斎藤の言い分は正しい。護衛の槍持ちは全滅、装甲車も無事ではない。そして虎の子の機人は操縦者が倒れている。
そんな状態で強行して、ケモノに出会いでもしたら誰も助からない。最終的な被害はわからないが、それくらい優助でも理解できる。
「だから、悔しいです」
「優助はよくやってくれたよ。俺達や理保ちゃんが生きてるのはお前のおかげだ」
「はい」
優助は天井を向いた。顔に涙が伝った。
悔しいという感情を初めて抱いたのは、口に出してから気付いた。泣くのも、初めてだった。
「じゃあ、機人で出てからのことを一通り教えてくれ」
「はい」
斎藤は見ない振りをしてくれた。今は事務的な態度がありがたい。それとは対照的に、大げさにおろおろしている理保は愛おしかった。
優助は問われるままに、戦闘中の出来事を伝えた。
槍持ちを襲っていたケモノが、スイッチを切り替えたように機人を取り囲んだこと。
機人を破壊しようとせず、動きを止める作戦行動をとったこと。その隙に別の集団が、人間の本隊に向かったこと。
やむを得ず機人のリミッターを強制解除したこと。無理をした結果、機人の性能を落としてしまったこと。
「機人は集団戦に向きません。一撃離脱を繰り返す戦法が最も有効ということがわかりました」
「無敵ってわけじゃないんだな。そこは俺らも甘かった」
「それもありますが、ケモノの行動です」
優助は話題を元に戻す。あと五キロ届かなかったことがいつまでも気になってしまう。
もう少し、もう少しだけ機人に乗れていたのなら、あの犠牲にも価値があったというのに。
「そいつは帰って検証だ。何度も言うが、あれ以上は無理だ。現場司令部からの撤収命令には俺も賛成だ」
「もっと情報が手に入ったかもしれなかった。あんなに死んだのに」
直接ではなくとも、機人越しに感触はあった。既に命はなくとも、命は助からなくとも、優助は同胞を潰したのだ。
救えた命もあるが、救えなかった命は多い。
「また出直そう。お前は休まないといけない。体も、心もだ」
「はい。ただ、もうあの数を相手にはできないかもしれない」
「そのために俺らがいるんだよ。独りでやるのはやめてくれ。機人の使い方も、強化も考えてる」
叱る風な言葉ではっとした。
優助は今まで自分だけが戦っているつもりだった。戦場はいつも独りだ。瞬間的に助け合った相手は、次の瞬間肉塊になる。
それは機人に乗るようになってから、より強くなったように思える。この特別な兵器に乗れるのは自分だけ。だから自分がなんとかしなければならない。
機人のことも同じだ。自分が無茶をして性能を落としたのだから、見合った戦い方をしなければならない。そうでなければ、皆が死ぬ。
「前も似たようなこと言ったがな、直接の戦いでは役に立たないけど、まぁ仲間扱いしてくれや」
そう言ったきり、斎藤は報告書に向かって黙った。
「斎藤さん」
「あ?」
「顔に似合わず照れ屋なんですね」
「うるせー。お前の兄貴に言ってやれ」
生産されてから初めての冗談は、頼れる仲間に向けてのものだった。
「理保」
「んー?」
「水、ほしい」
「任せて!」
一眠りしたおかげでもう手は動かせるが、それはわざと言わなかった。理保の唇を感じる言い訳がほしい。そんな些細な隠し事だ。
生産されてから初めてのわがままは、愛しい少女に向けてのものだった。
~第3章『脈動』完~
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