第30話《北上》

 機人のカメラから見える景色は一面瓦礫だった。かつて都市が広く続いていたことを物語っているように、建造物の名残が並んでいた。


 作戦はケモノの発生源を特定するところから始まる。優助も目を通した作戦資料は、読み物としては非常に面白みのあるものだった。ケモノに脅かされている市議会や市民には、大変に受けが良かったことだろう。

 ただし、初手から決め手に至るまで、殆どの手順が機人に頼りきりだ。あらゆる責任が特殊運用室に擦り付けられている事実に、改めて苦笑した。


 無茶苦茶な作戦ではあるが、優助としてはとりあえず指示に従うつもりでいる。正人ともその認識で擦り合わせ済みだ。

 作戦自体は失敗する前提ではあるものの、現在の手順だけは確実にこなしておく必要がある。ケモノに発生源が存在するか否かという情報は、今後の都市防衛には重要な要素となるからだ。


 この作戦自体は急ぎ過ぎている。しかし方向性だけなら間違っていない。今の問題を根本的に解決するには、ケモノを根絶やしにすべきだと優助は考えている。

 都市防衛の安定化を目指している様子の正人とは、唯一意見の相違がある部分だと感じている。ただ、衝突を懸念して正人にはそれを伝えていない。

 ケモノの発生源を突き止めなければ、どちらの考えも成り立たないのは確かだ。まずは目の前の課題に取り組もうと、優助は今後の行動に意識を向けた。


 乾坤一擲作戦に動員された一団は、朽ちた舗装を踏みしめ北へ進む。特殊運用室からは、優助と機人およびその備品、そして斎藤をリーダーとした整備員が数名同行していた。

 室が所持する装甲輸送車に増設された荷台には、優助を乗せた機人が着座している。移動中にも周囲を探査するため、屋根や壁はなく、青空の下むき出しの状態だ。


「優助ー、そろそろ休んで」

「ああ、もう時間か」


 レーダーからの情報に意識を向けていた優助は、理保の声を受け、機人を待機状態に切り替えた。まだ疲労はしていないが安定稼働のために、無理にでも休んでおく必要がある。

 開いた装甲から這い出し、愛しい少女の姿を肉眼に映した。飾り気のない作業服ですら、彼女が身に纏えば美しい。


「お疲れ様、優助」

「ありがとう、理保」


 微笑んだ理保から水筒が手渡される。受け取る際に指が少し触れ、二人揃って照れ笑いを浮かべた。


「なんにもないねー」

「そうだな、昔は都市が続いていたんだよな」

「ねー、昔はすごいね。ケモノはいなかったのかな」


 優助は荷台の隅に腰を下ろし、水筒に口をつけた。気付かない内に乾いていた喉が、心地よく潤っていく。

 寄り添うようにして隣に座った理保が、会話を続ける。あの時の返事をしなければと思いつつ、バタバタと過ごしてしまったことを優助は後悔していた。


「こっち向きが怪しいんだよね」

「うん、必ず何かはある」

「優助達、色々調べてたもんね」


 理保が言うのは出立する前のことだ。

 作戦の前段として、都市を囲う壁上から機人の広域レーダーよる探査が実施された。壁に乗るのは、高所である方が探査範囲を広げられるからだ。

 壁上からの探査範囲は約二十キロメートル。二日間をかけて全方位を確認してわかったのは、ササジマ市周辺にケモノの発生源は見当たらなかったということだった。


 それと同時に、各地にケモノの群れが点在していることが把握できた。大半が十から二十ほどの小規模なものだった。

 その大多数は、うろうろと無作為に歩き回っているだけだ。ただし、北側の群れだけが特異な行動をとっていた。

 ケモノ達が、明らかに隊列を組んで立ち止まっている。レーダー範囲から外れてしまい全容は把握できていないが、少なくとも何かが起きようとしていることは明白だった。


 晩餐会の夜、ササジマ市に侵入してきたのも北からだった。方角の辻褄は合う。それを根拠とし、槍持ち五百人を擁する大規模な調査部隊は組織された。


 急遽集められた防人達には、当然のように詳細な説明はない。彼らは、わけもわからず長距離の行軍を強いられていることになる。

 食料をはじめとした物資や、長距離を移動する体力のない巫女は、防衛部の輸送車両と槍持ちが人力で引く荷車に載せられていた。

 優助は槍持ちの姿を見る度、自分に誓ったことを何度も反芻した。


「理保、そろそろ戻るよ」

「大丈夫?」


 水筒を受け取った理保は、立ち上がる優助を見上げた。顔には『複数の意味で心配しています』と書いてあるようだった。


「うん、大丈夫。俺は決めたから」

「何を?」


 立ち上がった理保は、首を傾げた。長い髪が、さらりと揺れる。


「槍持ちとか人間とか、気にするのはやめたんだ」

「そっかぁ」


 理保は納得したように頷く。たぶん、その言葉の真意は理解してないだろう。だから、はっきりと伝える必要があった。


「俺も、好きだよ」

「えっ」


 目を丸くする理保から逃げるように、優助は機人に入り込んだ。あまりにも照れくさく、このタイミングでしか言えなかった。

 フラフラと車内に戻っていく理保を機人の中から見送った後、優助は意識を切り替えた。多少ふわふわとした気持ちは残っているが、集中を欠けば皆の命に関わる。


 荷台からのレーダー有効範囲は約十キロメートル。出立から三時間ほど経過した今、機人はケモノの隊列を捉えつつあった。

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