第29話《決断》
作戦内容はその名が示す通り、一か八かの賭けのような作戦だった。
要点は三つ。
・機人の広範囲センサーによるケモノ発生源の特定
・機人中心とした防人による大規模進行
・機人によるケモノ発生源の破壊
要点全てが穴だらけだ。詳細な手順は長々と記載されていたが、結局は機人に全てを擦り付けているだけ。優助に恨みでもあるのではと、疑えてしまうような内容だった。
実際、恨まれていても仕方がないとも思う。
「ああ、狂ってるだろうな」
優助は、その言葉の中に含みを感じた。ただ書類を見せるだけではない。特に意図がなければ、わざわざ呼びつけることもせずに断っているはずだ。
「俺が気になったのは、ここだ」
正人は資料の表示をめくり、ひとつめの要点を指差した。
「ケモノの発生源?」
「そうだ。計画自体は狂人の発想だが、ここだけは的を射ていると思ったよ。あくまでも結果論だけどな」
機人にはケモノが獣状生体兵として記録されている。周辺情報も含め、久美から正人へと報告されていた。
それを知った上での発言だというのは、容易に想像できる。だからこそ、密室での会話なのだろう。
「あれが獣状生体兵であるなら、生産場所があるはずだ」
人間はケモノの生態の多くを知らない。危険が伴うために満足な研究もできず、停止した個体を解剖する程度の事が限界だったからだ。
人を食い消化する器官や強靭な筋肉を持つことは知られているが、繁殖方法は長らく謎のままだった。生殖器感らしきものは見当たらず、雌雄があるのかどうかすら不明だ。
そもそもが、巫女の祈りで動きを止める原理すら説明できる者すらいない。それについては、機人からのヒントを元に、久美が調査中だ。
「その仮説を確かめろと?」
「そうだ。そのために俺はこの狂った作戦に乗ろうと思う。ただし、失敗して逃げ帰る前提だ」
「そういうことか」
正人が優助だけを呼び出した理由はそこだった。
作戦が失敗すれば、動員された大量の槍持ちは全て命を落とすだろう。機人を駆る優助は、彼らを見捨てて逃げ帰る事になる。
兄の優しい眼差しは『耐えられるか?』と問うようだった。拒否権があると暗に告げる視線を避けるため、優助はゆっくりと目を閉じた。
今の自分は槍持ちではない。だからといって人間でもない。特別と言えば聞こえはいいが、酷く中途半端な位置にいる。
世間や特殊運用室での扱いは間違いなく人間だ。しかし、優助の心根は未だ槍持ちだ。作られたもの故に命は軽く、使い捨てだという感覚を持ち続けている。
正人の優しさは、優助に選択を迫る。槍持ちとしての生き様を続けるか、過去と決別して真に特別な存在となるか。
瞼の裏に少女の姿が映る。結論は既に出ていた。
優助は少しだけ間を置き、人間でも槍持ちでもない道を選択した。
「わかった。でも、意図的に見捨てることはしない。それは認めてほしい」
「そうか」
個室を出る優助に、正人はそれ以上問うことをしなかった。
作戦への参加と、その真意を伝えられた格納庫メンバーの反応は一様だった。全員が無言で機人や機材に張り付き、黙々と仕事を再開した。優助も納得した上でそれに倣った。
機人の整備については概ね目処が着いていた。四十七パーセントに落とさざるを得なかった出力も、五十パーセントまで復帰している。それ以上は未知の技術が多すぎて、現状では整備が不可能との判断だ。
それでも、多少なら無理ができるという安心感を持つことができる。戦闘中の心配事が減るというのは、とてもありがたい。
今回の作戦には、一部の整備担当も同行する。危険だと優助は反対したが「それはお前も同じだ。抱え込むな。仲間だろうが」と、斎藤に叱られてしまった。
そして、もうひとつ心配の種が、祈りの力を補充するための備品だ。
持ち出し物のリストにそれを見た時、優助は恐怖を覚えた。命の危険が付きまとう場所に、彼女を連れて行く。想像すると冷や汗が止まらず、格納庫で指示を出している正人に見直しを嘆願したほどだ。
「だめだ。祈りの補充は必須だ」
「室長ね、優助君のストッパーって意図もあるんだよ」
即答した正人を指差し、久美が舌を出す。その直後、後頭部をはたかれ「セクハラー」と喚いていた。
「優助、優助」
二人のやり取りを唖然として見ていると、肩を叩かれる感覚がした。振り向くと、理保が頬を膨らませている。
正人と久美はいつの間にか姿を消していた。
「私は絶対に行くからね。そして、優助にお説教があります」
「え?」
体を理保の方に向き直る。優助には彼女が怒っている理由がわからなかった。
「私はね、確かに優助に助けてもらったけど、全部を守ってもらってるわけじゃないの。そりゃ、あの子で戦うのは優助にしかできないから仕方ないよ。でもね、それが私だけ何もしない理由にはならないよ」
「ああ、そうか」
優助はようやく気付く。皆を守り戦うのは自分だけだと思っていた。しかし、そうではない。
心が砕けそうになった時、理保はいつも寄り添ってくれた。優助もまた、守られていたのだ。
理保だけではない。特殊運用室の人々も同じだ。互いが互いを支え合うという概念を、やっと理解できた気がした。
「あのね、この前は恥ずかしくて言えなかったけどね、ちゃんと言うね」
「ん?」
「私が優助のお世話をして楽しい理由」
優助は以前した質問のことを思い出す。その時は誤魔化された答えを、今聞かせてもらえるらしい。
理保は頬を赤らめ、しきりに体を揺すっている。原因は不明だが、鼓動が高鳴り激しく緊張した。
「好きだよ」
一言発して、理保は踵を返し駆け出す。格納庫中に「きゃー」という声が響いた。
職員全員が振り返る中、優助の頭の中は真っ白になっていた。
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