第28話《情報》
機人が暴走する危険のある代物だと周知されたのは、特殊運用室にとっては好都合だった。市議会から防衛部に対しては『原因の究明とその対策が成立するまで、機人の運用は禁ずる』という指示が出ている。
都市へケモノが侵入した場合は機人を使うという意見もあったが、民主主義的な多数決により却下されていた。槍玉に上がった防衛部は、哨戒の槍持ちを増やすことでなんとか体裁を保っている状態だ。
防人の経営者へ払う追加費用で、直接対応室の予算は大赤字らしい。「身から出た錆だな」と、正人は不機嫌そうに呟いていた。
「だからー、研究し放題ということだよー」
子供のようにはしゃぐ久美の元、優助は機人を外部起動装置で遠隔操作していた。念の為、中に入った履歴は残さないようにしている。それに、全快していない状態で動かすのには不安が付きまとう。
幸いにも、電算装置のみであれば操作を受け付けてくれた。登録した優助の指示であれば、無条件で従うようだ。
ケモノの異常行動を録画した映像を出力するのには、さほど時間を必要としなかった。結局はデータ形式の話だ。優助にとっては単純なことだったが、周囲からは大きく感心されてしまう。
情報照射装置によって入力された以上に、知識の応用ができるようになっていた。自身でも、奇妙さを感じる時が少なくない。
特殊運用室、特に格納庫の職員は、そんな優助を恐れることも過剰に讃えることもしない。自然体に仲間の一人として接してくれている。備品扱いである理保にも同様なのだから、驚きだ。
運命共同体のようであった槍持ちの仲間とは違う、人同士の信頼関係のようなものがある気がしていた。
出力した映像をどう使うかは、正人の領分だ。機人と防人の戦略的な運用を提案すると言っていたが、詳細は聞かされていない。
その後も仕事は変わらず、機人の調査だ。詳細な機能、各種性能、整備方法など、優助しか知らないことが多すぎる。それらを整理しまとめることで、現実的な機人の運用を検討していくのが主な目的だ。
「組織なんだから、共有と分担が必要なんだよ」
貴重品どころの話ではない携帯型コンピュータを操作しながら、須山が飄々と語った。
「そういうもんですか」
「そう。気は進まないが、体を張るのは優助しかできないからな。せめてそれ以外は俺達でやりたい」
口調とは裏腹に、須山の目は真っ直ぐだった。
「でも、それ以外ができるようになるまで、頼りっきりなんだけどな」
膝を叩いて笑う須山につられて、優助も声をあげた。
機人を調査した結果得られた副産物として、ケモノの情報があった。人々の間で《ケモノ》と呼ばれているあの怪物は、機人の電算装置では《獣状生体兵》と呼称されている。
さらに、優助から指示をする前から敵性体として登録されていた。それらから、機人が製造された段階で、既に人間はケモノと敵対していたのだと想像できる。
「つまり、あれは過去、何かしらの兵器だったんじゃないかなって仮説が立つわけだ。で、機人はそれに対抗するために試作されたと」
久美は印刷した資料に何やら書き込んでいる。あまりに特殊な字体は、優助には読むことができなかった。
正人が言うには「古宮は賢いし優秀だが変人だ」だそうだ。
「ということは、巫女の祈りは生体兵器を制御するための信号なんじゃないかとも考えられないかい?」
「ああ、背中のあれ、機人は停止信号保存装置って」
「おお! 仮説の域は出ないけど、こいつはもしかするかもね!」
久美はずれた眼鏡を直すと、再び資料に謎の文字を書きなぐった。
理保との暮らしは、真新しいことだらけだった。介護されていた時ほどではないが、生活のほとんどに人の手が加わっている。それも、作業としてではない。
「優助、お疲れ様」
「優助、何が食べたい?」
「優助ー」
優助の身の回りを世話する理保は、楽しそうで幸せそうだった。どうしても気になって、その理由を聞いてみたことがある。
質問に対して理保は「それはさすがに秘密だよー」と誤魔化すように答えた。それ以上は聞けず、優助は自分と同じ気持ちであってほしいと願うばかりだった。
そんな穏やかな生活が、一ヶ月ほど続いた。戦いもなく、理不尽な暴力もなく、清潔で、空腹にもならない。何より、大切に想う相手が存在し、すぐ近くにいる。槍持ちであった時には考えられないような生活だった。
幸福や感謝という感情を身を持って知った優助は、同時に罪悪感も覚えていた。『自分だけがいいのか?』という思いは、心の隅で常に燻っている。
体も全快し、機人の情報も整理できた頃、戦いは再び優助へ迫ってきた。
「優助の意見が聞きたい」
市役所から帰ってきた正人は、室長用の個室に優助を呼び出した。痺れを切らした市議会に、でっち上げの暴走対策を報告しに行った直後だ。
大きめの執務机には《作戦概要》と、表紙に書かれた冊子が置かれている。
作戦名 《乾坤一擲》
起案はササジマ市 防衛部 直接対応室だ。
「読んでも?」
「ああ」
優助だけに伝えようとしていることに不穏さを感じ、慎重にページをめくった。紙の擦れる音だけが個室の空気を揺らす。
読み終えた優助は、冊子を静かに机に置いた。
「正気か?」
作戦は、そう評することしかできない内容だった。
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