第27話《信頼》

 優助が意識を取り戻してから七日が経過した。全快と言うにはまだ痛みは残るものの、体を動かすことに不自由しなくなってきた。医者からの絶対安静指示も解除され、日常生活程度なら問題ない。日常とは何かと疑問にも思って久美に聞いたところ、人間は戦い以外を日常生活と呼ぶらしい。

 理保は少し寂しそうだったが、優助は約束を果たせることが嬉しかった。


 三日目までは食事はおろか、排泄まで助けを必要とする有様だった。つまりは要介護者だ。

 正人が仕方なく看護師を手配すると言った際、室内に設置されていた理保が強く拒否をした。「私が全部やります! ちゃんと教育も受けてます!」とのことだ。

 備品が意見すること自体が異常事態であるが、正人はあっさりと了承した。関係者以外は極力入れたくないというのが理由だった。


 もうひとつ、理保の経歴も関係している。払い下げ品として販売される巫女は家事から介護、夜の生活に至るまで、人間の世話に関する事項を自動学習装置で教育されている。意思をもつ備品の主張通り、任せてしまっても安心ということだ。

 ただし、優助は兄の半笑いの顔を見て、それ以外の理由も強いことを察した。証拠のように、他の主要メンバーも同じ顔をしていた。


 優助にとって、他人に身の回りの世話をされるのは未経験のことだ。初対面の人間を相手に気疲れすることは避けたい。厳しいとされている事情聴取に耐えることも、きっと辛くなるだろう。

 優助は、理保や正人達の提案を感謝して受け入れた。ただし、その日のうちに選択を後悔することになる。


 理保が常に近くに居ることは、単純に嬉しい。しかし、食事、清拭、排泄などの世話を全て任せる事には大きく抵抗を感じた。

 逃げ出したいような、胸が苦しくなるような感情。該当する言葉は《恥ずかしい》だった。

 嬉しいと恥ずかしいが共存した生活を三日間過ごした。入れ代わり立ち代わり、事情聴取は続いたが、人間扱いされている時点で全く苦にはならなかった。

 優助の目に映る理保は終始楽しげだった。


 四日目には、短時間であれば自力で動けるようになった。医者は回復が早いと目を剥いていた。

 身体機能を意図的に強化されている槍持ちは、怪我の治りが早いらしい。それが知られていないのは、槍持ちを治療するという概念がないからだろう。


 回復に伴い、療養生活は少しずつ変わっていく。絶対安静は変わらないものの、せめて排泄くらいは自分で行いたいというのが優助の心情ではあった。対する理保は、露骨に不服そうだった。


 そして七日が経過し、宿舎に帰ることを許可された。ようやく約束を果たす時が来たと、優助は内心大きく張り切っていた。


「優助はゆっくりしてないとだめ」


 しかし、その希望は叶わなかった。


 徒歩移動くらいは許可されたため、翌日から優助と介護用備品の理保は特殊運用室へ通う指示を受けていた。


「待ってたよー、優助君!」


 格納庫に到着するなり、久美が大声を上げる。優助を見つめる職員の視線は、好意に溢れていた。

 彼等を代表するように、斎藤が幅広の体を揺らし駆け寄ってくる。優助に抱き着こうとしていた久美は、備品によってがっちり防御されていた。


「おかえり。体はもういいのか?」

「はい。まだ痛みはあるけど、とりあえず歩くくらいには」

「そうか! おっと」


 優助の肩を叩こうとした斎藤の太い腕は、途中で停止していた。気遣いがありがたい。


「今日は室長が留守だから、俺がここの代表みたいで恐縮なんだがな。礼を言わせてくれ」

「礼?」

「そうだ。あの時、俺達の言葉を代弁してくれたんだ、お前が」


 あの時というのは、待機を命じられていた時のことだろう。斎藤の話を聞く限り、職員全員が無断出動を望んでいたことになる。


「代弁、ですか」

「そうだよ。だから、ありがとう」


 斎藤の言葉を皮切りに、格納庫全体から歓声が上がる。皆、作業の手は止めず思い思いの言葉を優助に向けていた。

 いつかの駅のように熱狂的なものではなく、優助個人に向けた、温かみのあるものだった。


「いや、俺は、思った通りにしただけで……」


 考えもしなかった光景に、優助は言葉に詰まる。


「それだよ。お前は真剣にあのバケモノから人を守ろうとした。だから俺達も全身全霊でお前をサポートする。あ、もちろんこれまでも全力のつもりだったが、それ以上って話な」


 優助にはこの歓迎の理由がわからなかった。意見が合ったというだけで、ここまで喜ばれるものなのだろうか。

 そもそも、自分が槍持ちと知っていながら歓迎した人間達だ。何かが本来の人間とずれているのかもしれない。


「いや、でも俺は槍」

「そんなことはどうでもいいんだよ」


 言葉を遮られた優助は、黙って斎藤や周囲の人々を見つめるしかなかった。


「少なくともここの連中は、防人が気に食わないんだよ。それしか対抗手段がないことにだけどな」


 斎藤によると、格納庫のメンバーは皆、防衛部の爪弾き者らしい。優秀ではあるものの、防人の運用に異を唱えたため、左遷された身とのことだ。


「そしたら室長に拾われてな。あの人照れて怒るから言わないが、皆恩を感じてるよ」


 だから、正人には全幅の信頼を寄せている。そして、その正人が連れてきた優助にも期待していたそうだ。元槍持ちという事にも、大きく興味をそそられていたらしい。


「そしたら、あの暴走事件だ。気に入るしかないじゃないか。槍持ちだの人間だの、関係はない」

「そう、ですか」


 曖昧に頷く。説明を聞いてもよくはわからなかった。斎藤は小さな目を更に細め、少し身を引いた。


「とはいえ、情けないが俺達はお前に頼るしかないのが事実だ。まずは、あれを起動させてくれ。な、優助」

「はい」


 優助は綺麗に磨かれた機人に向かい、多少痛む足を踏み出した。

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