第31話《蹂躙》

 レーダーが隊列を捉えてから、さらに一時間。機人の望遠カメラにもケモノ達の姿が映った。方陣に並んだケモノ達は、不気味に静止している。

 槍持ちは皆が徒歩で移動しており、車両もその速度に合わせているため、接触にはまだ時間がかかる。


「先行して偵察する。許可を」


 優助は車両の中にいる斎藤へ向かって、通信機を使い呼びかけた。

 今回の遠征では斎藤が特殊運用室のリーダーとなっている。自分が行くと言い張る正人を格納庫メンバー全員が止めた結果だ。

 優助と初めて会った時には、反対を無理に押し切って出てきたらしく、今回は引き下がるしかなかったようだ。あんなに激しく怒る久美は初めてだった。

部下を危険な場所に送り込みたくないというのはわかるが、自身のことも気にかけてほしい。それは優助を含めた、正人本人以外の総意だった。


『だめだ。全体が把握できていない。槍持ちを先にぶつける。最初からそういう作戦だろ』

『了解』


 斎藤の返事に、優助は奥歯を噛み締めた。わかっていたし、覚悟もしていた。だが、直面すると揺らいでしまう。


「だめだ」


 理保へ想いを告げたのだから、そう在らねばならない。あの告白は間違いなく、心の底からの本音だ。ただそれは、無意識に自分自身への戒めにもなっていた。


 更に一時間が経過した。視力のいい者なら、ケモノが肉眼で見えるところまで近づいている。


「斎藤さん、おかしい」

『どうした?』

「ケモノが、全く動かない。まるで何かに操られているみたいだ」


 ケモノが人の感情を嗅ぎつけるのは、通常であれば現在の距離程度だ。しかし、全く動く様子を見せない。

 これは、ケモノに意思が芽生えたのではない。斎藤に告げた通り、優助には何かに操られているとしか思えなかった。


『こっちの望遠鏡でも確認した。確かにおかしい。現場司令部に連絡する』

「了解」


 現場司令部の車両は、安全のため槍持ちによる隊列の中心に配置されている。切り札たる機人を擁する特殊運用室は、全体の最後尾だ。

 現場責任者は当然のように坂下ではなく、権限代行者となる彼の部下だ。良くも悪くも、正人との対比は非常に分かりやすい。


『槍持ちを百、先行させるそうだ。他は一旦待機』

「それは……」

『わかってるよ』


 斎藤の苦々しい声で、優助はそれ以上言うのをやめた。ケモノがどのタイミングで動き出すのかはわからないが、先行した槍持ちは大多数が命を落とす。巫女を連れていないのだから、それは確実だ。

 現場司令部の命令は、良い判断とは到底思えない。槍持ちの命という観点を除いても、戦力の浪費は悪手だろう。


 機人が把握しているケモノは推定二百体。過去に類を見ない大規模な群れだ。異常な行動がなかったとしても、ただそれだけで大きな脅威となる。

 対して、仮に巫女と連携していたとしても、槍持ちがケモノを止めるのには一体につき最低三人。今の槍持ちの総数は五百。この時点で計算が合わない。

 現場司令部は恐らく、ケモノを刺激して引き寄せるつもりだ。しかし、そう簡単にいかないことは充分に予想できる。


 守るものには優先順位がある。優助は湧き上がる感情を押し殺し、望遠レンズの映像に意識を向け続けた。

 槍持ちの先頭がケモノまで百メートル程に近付いた時、蹂躙は始まった。


 これまでのように投石することはない。ケモノの隊列は一糸乱れぬ動きで有機的に槍持ちを取り囲んだ。逃げ道を失った彼らは、鋭い爪と牙に切り裂かれていった。

 引き寄せる作戦は失敗した。ここまでは予想できていた。しかし、続くケモノの行動に、優助は目を見張った。


「斎藤さん、出るぞ。このままじゃこっちも危ない」

『どうした?』


 余裕のない優助の声に、斎藤は慌てて問いかける。


「奴ら、食わない」

『な……』

「命令違反でもいい、出る」


 斎藤が言葉を失うのも無理はない。ケモノは人を食うからケモノなのだ。その食欲という本能で人を襲っていたはずだ。

 だが今はそれがない。何かに操られるように、何かの意思を代弁するように、ケモノは槍持ちをただひたすら殺していた。百の槍持ちなど数分も経たずに全滅するだろう。

 その意思がこちらに向いてしまえば終わりだ。槍持ちを無視し、人間や巫女を優先的に狙われては守りようがない。

 今のうちに少しでも数を減らしておかなければならない。


『わかった。ただし、こっちの護衛が優先だ。理保ちゃんもいるんだ』

「わかっている」


 最後の言葉は、斎藤なりの気遣いだ。感謝しつつも、それを言葉にする余裕はない。


『優助、ちゃんと帰ってきてね』

「ああ、守るから」


 愛しい人の声を受け、優助と機人は荷台から飛び降りた。自分に強く「優先順位だ」と言い聞かせた。

 一刻も早く突入したいが、車両の周囲を守る槍持ちが邪魔でローラーダッシュを起動できない。


「くそっ」


 優助は機人を跳躍させた。これまでの経験を生かし、着地の衝撃には充分に配慮する。整備のおかげか、衝撃吸収は以前よりスムーズになっていた。


「よし」


 槍持ちの隊列を抜け、舗装が朽ちた道路に着地する。ここならばローラーダッシュが使える。


「いくぞ」


 機人の電算装置と自分に呼び掛ける。金属の巨人は最大戦速でケモノの群れに突入した。

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