第24話《夜》
格納庫から外に出て、数歩。周囲には廃墟にはなっているが建造物が多く、ケモノの侵入状況は確認できない。
「跳ぶぞ」
『了解』
軽く呟き、機人へ思考を伝える。情報照射装置により操縦方法は完全に理解しているが、特別な行動をとる時はどうしても声に出てしまう。
優助の意思を受けて、機人は素早く跳躍した。直線を主体とした無骨な金属の塊は、その姿に似合わず身軽で俊敏だ。
上昇時の衝撃に、プロテクターを装着しなかったことを後悔する。約二秒後、高度計は二十メートル近くを示した。現状の出力で可能な最大高度だ。
加速力と重量が釣り合った瞬間、優助は股間あたりに奇妙な感覚を感じつつ、全センサーを稼働させた。ササジマ市の全域が手に取るように把握できる。収集した情報とデータベースを照会して、ケモノの位置を割り出す。
確認できたのは十二体。壁と市街地の間にある耕地を、既に抜けつつある。
急がなければ人口密集地にたどり着かせてしまうだろう。多少無理があるが、街中を突っ切る最短ルートを選択せざるを得ない。
落下中にケモノの進路予測と、接触までの時間計算をさせる。結果は五分弱。
優助は着地の衝撃に歯を食いしばり、脚部ローラーを起動した。
金属の巨人が夜の街を駆ける。道路に二筋の痕が刻まれた。
『前方に建造物を検知。ルート変更を提案。目標への接触時間への影響、十三秒』
「駄目だ。跳べ」
先程の着地時に使用した、脚部衝撃吸収機構の再装填が間に合っていないらしい。無理に跳躍すれば、不具合のある右膝に負荷がかかる可能性を示唆してきた。
最悪の場合、機体の安定稼働のため全体出力を四十七パーセントまで落とすことになると脅してくる。
「知ったことか。跳べ」
『了解』
一秒にも満たないやり取りの後、ローラーダッシュを起動したまま機人は宙を舞った。避難のためだろうか、慌ただしく道を行く人々が見上げていた。
三階建てのビルを飛び越え、着地する。
「ぐっ……!」
電算装置からの宣言通り、伝わる衝撃は大きかった。舗装が割れ、飛び散る。優助は意識を保つのに必死だった。
『右膝フレームの変形を確認。以後出力は四十七パーセントに設定します』
「うるさい」
優助の無茶な意思を受けた機人は、市街地を真っ直ぐに突っ切り、ケモノとの接触予定地点に到着した。都市中心部より数は少ないものの、人間が生活している地域だ。
何度か建物を飛び越えたが、衝撃吸収機構が復帰していたため電算装置から文句は言われなかった。
「そこか」
今となっては粗末に見えてしまう木造家屋の中から、ケモノの反応。恐らくお食事中だ。
腹が煮えたぎるのを感じながら、優助は機人を突進させ、左腕の杭を突き出す。
建物の破損など考慮する必要はない。家主は既に、ただの肉となっているだろう。
杭の衝撃で、壁は瞬時に木片となった。埃の向こうに手応えを感じ、祈りの力を送り込む。光学カメラでは確認できないが、貫かれたケモノは軽く痙攣して動きを止めた。
「次は」
最低でも残りは十一体。杭からケモノを振り落とし、周囲に意識を向けた。
「あ……」
足元に横たわるケモノの口から、何か出ているのに気付いた。人の腕に見えるそれは、槍持ちであった優助にとって見慣れているはずの物だった。
「いや……」
違和感は大きさだ。腕にしては、あまりにも小さい。
「子供……?」
槍持ちも巫女も、防人には子供という概念は存在しない。工場内で一定の大きさになるまで生育されて、揃ったサイズで出荷されるからだ。
だから、子供は人間である証。庇護すべき存在として、自動学習装置により脳へと刻み込まれていた。
優助は絶叫しそうになる自分を押さえ付けた。ここで思考をやめてはいけない。やるべき事が果たせなくなる。
目的は、街を守りつつケモノを排除させることだ。我を忘れて戦うことではない。
そんなことでは、正人にも、特殊運用室の面々にも、そして理保にも、胸を張って顔を合わせられなくなる。噛み締めた唇から血が流れた。
機人のセンサーは、点在している小屋のような建物内に、複数の反応を検知した。合わせて十二体。跳躍して確認したより多いが、排除は余裕だ。
機人の存在に気付いたのか、ケモノ達は食事をやめ外に出てくる。その行動は優助にとって驚きだった。奴らは食事を中断することはないはずだ。
仲間の槍持ちが食べられている最中に、槍を突き刺したことは数え切れない。それでも尚、食事をやめなかったのがケモノだ。
そして、もう一つ優助は驚愕することになる。
「なっ……?」
機人の姿を認めたケモノ達は踵を返し、逃げ出すように走り出した。知能はあるが知性はないと教えられていた。
彼我の戦力を判断し、逃げるという行動を取るわけがない。奴らはそういうものではない。感情を嗅ぎ付け、食欲に正直に人を襲うものだ。
混乱のまま、優助はケモノの後を追う。何もわからないが、目的だけは果たさなければならない。夜の中、銀色の杭は闇に染まっていた。
ケモノを全滅させるまで、それ程の時間を必要とはしなかった。ただ、肉体的な疲労を感じないほど、優助は憔悴しきっていた。
高所から見たササジマ市の全域、子供の腕、食べられる仲間、崩壊する常識、理保の笑顔。それらが巡るばかりで、自動帰還装置を作動させるのが精一杯だった。
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