第3章『脈動』

第23話《制御不能》

 着座した機人の中で、優助は閉じていた目を開いた。


『数は多くないらしいが、詳細は不明だ』


 通信機から聞こえてくる正人の声は、普段より早口だ。ケモノが都市内に侵入するという異常事態に、動揺しない者はいないだろう。


「了解、こちらで探す。外に出るぞ」

『いや、まだだ』


 返答をした優助もまた、焦りを感じていた。一刻も早く飛び出さなければ、大惨事は免れない。

 優助の知る人間は、ケモノとは戦えない。仮に槍を持ち、巫女がいたとしても無理だと断言できる。都市は、あまりにも平和なのだ。

 だから、防人や自分のような存在が必要になる。使い捨ての道具や得体の知れない兵器で、辛うじて成り立っているのが都市の現実だ。


 伝令を聞いた正人達は晩餐会の会場から飛び出し、着替える間もなく機人を起動させた。プロテクターの用意はできなかったが、この際仕方ないと判断した。

 それと平行で久美の指示により、理保が祈りの力を補充する。流れるような連携作業だった。

 万端とはいえないが、出動の準備はすぐに整った。しかし、機人は未だ特殊運用室の格納庫から動けずにいる。


『連絡はこないのか!?』


 通信機越しに正人の怒声が聞こえた。無理もない。優助も叫び出したい気持ちだ。焦燥は募るばかりで、行動には移せない。

 動けない理由は、ササジマ市の組織構造だ。

 防衛部では、ケモノへ対応する行為の全権を直接対応室が握っている。つまり、坂下の許可がなければ機人は戦えないということだ。それどころか、格納庫から出すことすら越権行為とみなされる。


 ケモノ侵入を告げる伝令のすぐ後、直接対応室は防人を手配した。経営者を問わずに、総動員宣言をする慌てようだった。

 槍持ちの感情を刺激して、ケモノを呼び寄せろとの指示も聞こえてきた。

 正人も優助も、それは違うことを知っていた。しかし、これまでの防衛方法が通用しなくなりつつある事実を知るものは少ない。


 壁の端にある物見台は、夜通し見張り番として槍持ちが配置されている。人間よりも視力が高く、夜目も効くからというのが名目だ。

 ケモノの姿が認められると、詰所から槍持ちたちが排出される。そして、その感情に引き寄せられたケモノを槍持ちと巫女が排除する。

 この基本的な流れは、ケモノをおびき寄せることが前提になっている。もし奴らが意図を持って行動するのであれば、簡単に破綻してしまう防衛方法だ。


 走り抜けてしまったケモノを追いかけても、その足に槍持ちは追いつけない。ましてや、戦うことが前提にない巫女は論外だ。

 そんな当たり前のことを、防人の運用をする直接対応室が気付いていないわけがない。人命よりもメンツを優先したのか、想定を超える無能集団なのか。


「正人、もう待てない」


 優助は外部スピーカーを使い、呼びかけた。


『待て』


 正人は正人で、我慢の限界が近い様子だ。感情を押し殺したような低い声が返ってきた。

 優助は、考えていたことを口に出す決意をした。


「正人」

『だめだ』

「違う。案がある」


 音声の外部出力を限定指向性スピーカーに切り替えた。これで正人以外には聞こえない。


「ケモノを察知した機人は今から暴走する。俺は自動運転を制御しきれない」

『ああ』


 正人は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐにニヤリと唇を歪めた。どうやら意図は伝わったらしい。


『わかった。俺は始末書の用意をしておく』

「さすが室長」


 優助は機人を立ち上がらせ、外へと繋がる大扉に向かって足を進めた。

 不意に動き出した機人に、職員達がざわめく。


「あー、機人が勝手に動いてしまった。これでは仕方ないから、外に出すしかないな」


 通信機でなく、外部マイクが正人の声を拾った。実にわざとらしい台詞だ。特殊運用室の中心人物達は、それで全てを理解したようだ。


「それは危ない、大扉開きます」

「機人の道を開けろ」

「防衛部に詫びの一報入れます」


 それぞれがそれぞれの判断で、成すべきことを成す。優助から見ても、他の人間とは明らかに違う行動だった。

 機人の動力は平常、無整備での許容稼働時間にもまだ余裕はある。祈りの力も充填済み。これならば充分に戦える。


「優助っ!」


 大扉が開ききるのを待っていると、理保の声がした。列車防衛に出動した時と同じ、悲鳴のような声だ。

 優助は限定指向性スピーカーの音声を、理保へと向けた。


「大丈夫、俺は俺のまま、理保の所に帰ってくるよ。まだ、掃除の続きもしてないからな」

「優助……」


 後部カメラが捉えた理保は、泣いているのか笑っているのか判別つかない顔をしていた。優助は、それを素直に美しいと感じた。

 理保のために帰ってくるというのは、人間を守るよりも尊い行いに思えた。


 格納庫の扉が完全に開いたのを確認し、機人を歩かせる。吸い込まれそうな闇が広がっていた。

 機人による夜間戦闘は初めてだ。しかし、問題にはならない。光学カメラを暗視モードに切り替え、各種センサーも夜間稼働させる。優助の脳には、昼間と変わらない周囲の映像が送り込まれてきた。


「制御不能の機人、出動する」


 外部スピーカーを使い、格納庫に向けて宣言する。


「がんばれよー」

「ちゃんと帰ってこいよー」

「お掃除ねー」


 複数の声援に見送られ、優助は闇の中に足を踏み出した。

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