第19話《帰還》
帰還を待っていたのは、なんとも複雑な表情を浮かべる理保だった。感情を持たされているはずの優助にも、到底真似できないような顔だ。
機人を着座させ、装甲を開く。格納庫の冷たい空気と共に、覚えのある匂いが優助を包んだ。
「おかえり、優助」
「危ないよ」
抱き着いた理保の背中を叩きつつ、軽く嗜めた。装甲が開ききっていない状態で近付くのは、可動部に巻き込まれる可能性があり危険だ。
「大丈夫? 怪我してない? つらい所ない? 動ける?」
そんな心配をよそに、理保は気遣いの言葉を連発する。確かに、初めて機人で戦った後はしばらく動けなかった。それを覚えているからこその態度なのだろう。
今回は戦闘機動の工夫やプロテクターのおかげで、体力を大きく消耗することはなかった。むしろ、精神的な疲労が優助を蝕んでいた。しかし、その事実を理保は知らない。
美しい顔に似合わない慌てぶりが微笑ましくて、優助は吹き出した。疲労感はいつの間にか、どこかに吹き飛んでいた。
「え? どうしたの?」
声を上げて笑ったのは、生産されてから初めての経験だった。理保と出会い機人を操って以来、こんなことばかりだ。
あまりにも可笑しくて、優助は理保を強く抱き締め返した。彼女と共になら、槍持ちでも人間でもない自分にも意味がある気がした。
「え? 何?」
矢継ぎ早に襲ってくる変化の中でも、強制される生き方の中でも、確固たる想いは生まれるのだと知った。
たぶんそれが、約束の答えなのだろう。
「理保、ただいま」
「うん、おかえり」
理保が一番聞きたかったであろう言葉が、ようやく口に出せた。その報酬のように、満足げな声が耳元に届いた。
「そろそろいいか?」
「あっ、室長さんごめんなさい」
遠慮がちな正人の言葉を受けて、理保は機人から離れた。
「従順な備品で助かる」
「はい、どうもです」
格納庫の端へ移動する備品を見やった後、正人は機人に近付いた。身を起こした優助に向かい、声を潜めて問いかける。
槍持ちの損耗が激しすぎたことへの確認だ。
「どうだった?」
「おかしかった。ケモノが連携しているように見えた」
正人は目を見開いた。少しでもケモノを知る者であれば、異常さにすぐ気が付く。それほど重大な事態だった。
今回に限定すれば、ケモノが隊列を組んでいたに過ぎない。槍持ちの数さえ揃えれば、今後もなんとか対応できるだろう。
問題は《ケモノが知能を持った可能性》というところだ。
槍持ちがケモノに槍を突き立てる。それを盾にするように巫女が祈りを捧げる。
これまでの戦法は、ケモノが槍持ちの感情に引かれる習性があるからこそ成り立っていた。もしケモノが戦術的な優先順位を理解したとしたら、当然巫女が真っ先に狙われることになる。
槍持ちではケモノの突進を止めることはできない。その場合、巫女が全て食われた上で、全滅するのを待つだけになるだろう。
優助がもたらした情報は、今後のケモノへの対応に大きく影を落とすほどのものだった。
「勘違いということは?」
「ない。念の為録画もしてある。ただ……」
「今は見られないか」
現状、機人は優助でしか操れない。操れないだけでなく、電算装置に保存された電子情報を抜き取ることも不可能だ。
優助が特殊運用室と共同でそれらを調べようとしていたところで、今回の命令だった。結局は、機人について何もわかっていない。
「お前の言葉だけじゃ、聞く耳は持たれないだろうな」
「だろうね」
いくら人間との扱いになったとはいえ、事情を知る者にとっては所詮槍持ちだ。表面上の体裁は保ちつつも、本心では蔑んでいるだろう。
特に防衛部内で強い影響力を持つ、直接対応室では顕著であるはずだ。これまで槍持ちを道具として扱ってきたのだから、当然のことであり、それが悪いことではない。
優助自身、この数日で忘れそうになっていたが、正人をはじめとした特殊運用室の面々が異端なのだ。
戦いの後、見捨てられる槍持ち達の姿を見て、彼らと自分の立場を再確認した。特殊な立ち位置であるが、根本的に道具であることに変わりはない。
そんな存在の報告を、口頭だけで信用されるとは思えない。
「まずは、映像の出力だな」
「そうなると思う」
「わかった。戻ったらすぐに古宮に協力してくれ。今のうちに休んでおけよ」
正人は格納庫の奥にある椅子に向かい、深く腰掛けた。
「ああ、機人の操縦士は大変お疲れだから、愛玩品兼備品の巫女を部屋に持っていくと通達してある」
そう早口で言い、手元の書類にペンを走らせ始めた。優助はその好意を素直に受け、格納庫を後にした。
個室に到着すると、理保が床に座り自身の太ももを軽く叩いた。
「はいどうぞ」
どうやら、膝枕をするという意思表示のようだ。
確かあの時も同じだった。疲れ果て意識を失った優助は、理保の優しさに身を委ねていた。当時のことを思い出し、顔が熱くなった。
「あ、いや」
「はいどうぞ」
満面の笑みは、戸惑うことを許さない。観念した優助は、その申し出に従うことにした。
柔らかな感触が頭を支える。動き出した列車の振動と共に、優助は気付かないまま眠りに落ちていった。
熟睡するということも、生産されてから初めての経験であった。
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