第18話《約束》
列車の修理が始まって一時間半が経過した。だいぶ苦戦しているようだ。エンジニア達が発する焦りの感情を嗅ぎつけたのか、ケモノ達が集まってくる。
機人の熱源センサーが捉えたケモノの数は、約二十。対して、こちらは槍持ち百四十と巫女が十五。この数の差であれば、優助が参加せずとも充分に対処可能だ。
槍持ちの三分の一は投石や爪で命を落とすだろう。待機との命令がなければ、いますぐ飛び出して蹴散らしてしまいたかった。
窓がない車両内の格納庫からでは、電波式のレーダーやレーザーセンサー、光学カメラは使用できない。熱源と音紋という不確かな情報を組み合わせ、なんとか外の状況を探っていた。
機人の電算装置が編集した情報は、優助の脳にリアルタイムで直接入力される。詳細な配置まではわからないが、双方の数の減り方くらいならば把握ができた。
槍持ちとケモノが接触して数分。優助は異常に気付き始める。槍持ちが命を落としていく速度が早すぎるのだ。反面、ケモノは殆ど減っていない。
「正人、おかしい」
「どうした、優助」
装甲を開いたままの機人から、正人を呼んだ。手短に事情を説明する。
「わかった。確認する」
優助の話を聞いた正人は、格納庫の壁に備え付けられている電話機に向かった。その間にも槍持ちの数は減り続け、既に三分の一程度になっていた。
正人は電話の相手と揉めているようだ。
「ならば、こちらの判断でやらせてもらう!」
捨て台詞のような怒鳴り声の後、受話器を叩きつける音が聞こえた。
「優助、出番だ」
正人は明らかに苛ついていた。その理由は優助にもなんとなくわかる。
判断が遅すぎるのだ。
「了解」
感情を極力殺して、短く返事をする。機人の装甲を閉じ、戦闘モードで稼働させた。
体が固定されると同時に複数のセンサーが捉えた情報が脳に送り込まれてくる。機械の巨人が、まるで自分自身のように感じられた。
「優助っ!」
「理保、危ないぞ」
立ち上がった機人へと理保が駆け寄る。あまり近いと蹴飛ばしてしまいそうだ。
「あのね、優助は優助のまま帰ってきてね。それで、またお掃除しようね」
必死な叫びのような声を受け、優助は自分が今ここにいる理由を再確認した。自然と口角が上がるのを感じる。
「約束だ」
外部スピーカーで素直に返事をする。
「うん」
約束したのだから、守らねばならない。必ず理保の元に帰る。
「よし、ハッチ開けるぞ」
正人が理保の手を引きつつ、操作盤のボタンスイッチを押した。これ以上は危険だ。モーターにより、内壁の一部がゆっくりと上方向に開いていく。
スピーカーを使わずに、優助は呟いた。
「行ってくる」
車両から飛び降りるのと同時に、全センサーを稼働させ周囲の状況を確認する。
まずは何が起きているか把握する必要がある。それに応じて、次の行動を選択しなければならないからだ。
「これは……」
優助は思わず驚愕の声をあげた。
ケモノは複数で固まり行動することがある。ただし、あくまでも習性の範囲内だ。明確な意思や知能があるわけではない。
そのはずだった。そうだと教えられていた。
優助の目前、つまり機人のセンサー有効範囲ではこれまでの常識が覆されるような惨状が広がっていた。
明らかに前衛と後衛に分かれ、それぞれが別方向から槍持ちを追い詰めるように攻撃を仕掛けている。
ケモノが四体で横並びに隊列を組み、断続的に石を投げている。
三体のケモノが、一人の槍持ちに対し交互に爪を振り下ろしている。
それは異常な光景だった。
人を食うために襲ってくる動物であったからこそ、ケモノには対抗できてきた。しかし、奴らが理性と意思を持った怪物であるならば、今の方法ではただ蹂躪されるだけだろう。
「しかし……」
優助はローラーダッシュを起動させる。 加速した機人は、遠方から投石している四体へと瞬時に迫った。
「ここから潰す」
突進の勢いを利用し、両腕両脚の杭をそれぞれケモノへと突き刺す。同時に祈りの力を流し込み、動きを停止させた。
腰や膝のプロテクターは、優助の体をしっかりと守ってくれている。以前のような無茶さえしなければ、体力の消耗はだいぶ抑えられそうだ。
「次っ」
槍持ちの損害は、爪や牙によるものよりも、投石によるものの方が多い。優助は後衛となっているケモノの排除を優先ターゲットと設定した。
ローラーダッシュで、切り裂かれ噛み付かれている槍持ちの横を通り過ぎた。いつかの自分と目が合った気がした。
「くそっ」
あまりの不快感に吐き気がする。正人が『頼む』とまで言ったのはこのことだったのだろう。槍持ちは今の優助にとっては同類ではない。同類と思ってはいけない。
機人がケモノを全滅させるまでの間に、槍持ちは残り六人になっていた。その六人も腕がなくなっていたり、片目が潰れていたりと、無傷ではなかった。
費用対効果の関係で、槍持ちは基本的に医学的な治療はされない。大きな怪我であれば、列車に回収せず破棄するのが当たり前だ。
『修理が終わったらしい。帰還してくれ』
「了解」
後から取付けられた無線の通信機から、正人の命令が聞こえる。返事をした後、自動帰還機能を使い、ケモノの体液に塗れた機人を列車に向かわせた。
脳へのセンサー情報入力を最小限に設定し、優助は目を閉じた。
「俺は、何だ?」
その疑問に答える者は誰もいなかった。
理保との約束だけが、優助を支えているようだった。
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