第17話《命令》

 窓から外を見ると、遠くで朝焼けに染められた山々が動いているようだった。腰を下ろした床から列車の振動を感じる。優助はそのまま腕を組んで目を閉じた。

 起床させられたのは、まだ暗い時間だった。床で眠っていたところを、慌てた様子の正人により揺り起こされた。人間がまともに使うベッドは、柔らかすぎてどうも寝心地が悪かった。


 停車中の列車の回収作戦が発令され、それに機人を参加させることに決まったらしい。ただし、機人は予備戦力としての参加で、列車護衛の主は従来通り防人だそうだ。

 優助に説明士終わった時「直接対応室からの当て付けだ」と正人は毒づいていた。


 理保と共に急ぎ準備し部屋を出て、格納庫で機人を起動させる。以前と同様に動いたことに酷く安心した。

 ここで動かせなければ、優助に存在価値はない。価値がなくなるということは、理保との生活が消え去ってしまうことを意味する。今の優助にとっては、最も恐れていることだ。

 それとは別に、特殊運用室の面々が感嘆するのに対し、妙な心地良さを感じる自分が不思議だった。


 優助に与えられた役割は、防人と共に修理中の列車を護衛することだ。ケモノの相手をするのは、機人を使えば難しくはない。

 直接対応室からの当て付けというのは、任務の困難さではなく、急すぎる指示のことなのだろう。確かに、準備もままならない状態での出発には困らされた。機人の運ぶための車両も用意できていなく、格納庫から駅まで歩かせるのには大変苦労した。

 慌ただしい準備を終えた夜闇の中、機人を載せた列車は発車して、現在に至る。


 正人から聞いたところによると、列車の貨物室には通常り防人が詰め込まれているらしい。数は約百五十。

 優助は数日前の自分を思い出してしまう。

 狭い区画に押し込められて、膝を抱えて座るのが精一杯だった。列車が揺れる度に、隣と肩がぶつかり合うのは普通のことだ。

 何事もなければ、食事にありつける。何かトラブルがあれば、死に向かう。ケモノをおびき寄せる事になりかねないため、移動中は皆で感情を押し殺していた。


 今の優助はどうだ。

 立派な人間用の個室には、清潔なシーツの敷かれたベッドがある。朝食には丸いパンと合成タンパクのハムだ。これまで食べていたドロドロとしたペーストは、もう食事とは呼べないのかもしれない。

 短い間に、自身を取り巻く世界は完全に変わった。真逆になったと表現してもいい。その変転に、優助自身の感覚は全く追い付いていなかった。


 車内に鳴り響く停車準備のサイレン音で、優助の意識は覚醒した。どうやら寝てしまっていたらしい。外は既に明るくなっていた。

 個室を後にして、機人の簡易格納庫となっている車両へ向かう。理保は備品扱いのため、人間用の車両は使えずに格納庫で待機中だ。

 通路を進むと、あの時と同じ作りの金属扉が見える。ポケットから渡されていた鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。


「あ、優助」


 扉を開き中に入る。特殊運用室の作業服を着た理保が、ひとつに括った髪を揺らした。昨日の三編みは久美の手によるものだそうだ。

 作戦指揮として同行する正人の姿も見える。


「おう、いつでも出られるように準備をしろ」

「了解」


 正人の指示に短く答え、機人の元へ足を進める。無機質な機械であるはずなのだが、どこか意思のある存在に思えてしまう。それは、人の形を模しているからなのだろうか。


「優助、上着もらうよ」

「ありがとう」


 羽織っていた上着を脱ぎ、理保に手渡した。

 優助の体は、薄手の合成繊維で作られた《搭乗服》に包まれていた。腰や膝などには、シリコンゴム製のプロテクターが取り付けられている。今では貴重品となった材料を使うのは、戦闘行動時の衝撃を少しでも多く吸収するためだ。

 ただし、実験をする間もなかったため、効果は試してみてのお楽しみである。

 優助は装甲を開いた機人に入り込み、待機状態で起動させた。言葉には出さず、思考のみでの指示だ。


「祈りの補充もしておいたからね」

「これで、いつでも戦えるな」


 情報照射装置を介して、祈りの力の残量を確認する。理保の言うとおり、しっかりと補充できていた。杭の固定も問題ない。


「さっきも言ったが、今回の俺らは秘密兵器扱いだ。ケモノが出ても基本は防人だ。指示のない限りはここから出るなよ」


 機人の中を覗き込んだ正人が、念を押す。優助が感情のまま出ていく事を心配しているのかもしれない。

 それは当然だと思う。人間扱いとはいえ、槍持ちは槍持ちだ。同胞が死んでいくのは、見ていて楽しいものではない。


「命令には従うよ、正人」

「頼む」


 本心からそう言った優助に対し、正人は目を伏せた。


 停車を告げるサイレンから、列車が徐々に減速していく。目的の場所は間もなくだろう。止まり次第、機械エンジニア達がトラブルのあった機関車両の修理をする手はずだと聞いている。その間、ケモノから列車や人間を守るのが防人の役割だ。

 人間である桜井 優助の初陣は、待機をするだけで終わることになりそうだ。念のため、格納庫内からでも使えるセンサーは作動させておいた。

 結果的にその行動が正しかったのは、約二時間後に証明されることとなる。

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