第16話《特殊運用室》
倉庫と言うよりは、格納庫だった。様々な機械設備に囲まれた機人が、装甲を開いたまま腰を下ろしている。全身を汚していたケモノの体液は綺麗に拭き取られ、薄い灰色の表面が照明を反射していた。
「お疲れ様です!」
機人の周りにいた数人が正人に気付き、直立して挨拶をする。それに触発され、格納庫内にいた人々の視線が集まった。
「おう、ご苦労さん。それを動かせるやつを連れてきたぞ。ただし今日は見学だけだ」
周りに聞こえるよう、正人が大きめの声を出した。閉鎖された室内では、正人の少し高い声はよく響く。
「ここには俺と古宮を入れて十二人が入っている。さっきも言ったが、この中の連中は信用してくれていい。お前達の事も知っている」
逆を言うと、ここから出たら油断をするなということなのだろう。
「とりあえず、中心メンバーだけ紹介する。おーい、須山、斎藤」
「はい」
「はーい」
正人に呼ばれ、機人の近くにいた二人の男が小走りでやってきた。
一人はすらっと細長く、もう一人は背は低いががっしりとした肩幅をしていた。体型に個性があるのは、人間である証明ともいえる。
「
ハキハキとした早口と共に、須山は体同様に細長い右手を差し出した。繊細でしなやかな指に見えた。
「で、俺は
しゃがれた声で名乗る斎藤の掌は肉厚だった。指は多数の細かい傷と染み付いた油汚れで、黒っぽくなっている。それは、常に槍を握り締めていた優助の指と、少しだけ似ていた。
「この二人と、古い機械専門の古宮で、こいつの研究と、できる限りの整備をしていく。互いに協力してくれよ」
「よろしくねー」
正人に紹介された久美も、にこやかに手を出す。
三人と握手を交わした後、優助は自分が名乗っていなかったことを思い出した。
「桜井……優助です。形の上では、正人の弟となっています。よろしく、お願いします」
その瞬間、須山と斎藤の表情が固まる。近くで見ていた久美も同様だ。正人は顔を片手で覆った。
優助と理保だけが、頭に疑問符を浮かべていた。
「し、室長、弟?」
肩を震わせながら、久美が呟く。固まっていた顔は、段々と緩んでいるようだった。
「お、お、お、弟って」
久美が吹き出したのを合図にするように、三人は声を上げて笑いだした。
正人が慌てて事情を説明するも、場が落ち着くまで十分近くの時間を要した。
「部長も、なかなか、やりますね」
肩の上下が止まらないままの久美は、息も絶え絶えの様子だ。須山と斎藤も震えが収まっていない。
何がそんなに面白いのか、優助には理解できなかった。
「今日のところはここまでだ。優助には明日から本格的に参加してもらう。作業に戻ってくれ」
正人の指示を受けた三人はそれぞれ手を振り、機人の元に戻っていった。具体的な言葉にはならないが、優助はその光景を好ましいと感じた。
「皆さん、仲良しでいい場所ですね」
「まぁ、そうとも言うか」
弾んだ声を出す理保は、自らの感情を表すのに長けているようだ。
正人も好意的に受け止めているのが不思議であった。上位から下位への指揮系統は、絶対的なものという知識がある。気軽な会話など、できないはずだ。
「正人は、あれでいいの?」
「うちはこれでいいんだ」
「そっか、これでいいんだね」
優助は正人の言葉に、胸の内が温かくなるのを感じた。理保への想いが持つ熱とは違う、ほんのりと柔らかい気分だった。
「次は、お前らの寝床に案内する」
特殊運用室の所有する敷地には、職員が生活する宿舎として使われる建物がある。元々が集合住宅として建造されていたため、苦労なく活用できているそうだ。
新兵器の操縦士とその所有物という扱いで、優助と理保に一室があてがわれることになっていた。
「数え方が気に入らないだろうが、結果的にはこれが良いと判断した。わかってくれ」
一室と呼ぶが、その中は複数の部屋に分かれていた。小さい部屋でも、槍持ちが十人は寝泊まりできそうな大きさだった。
二人で使うにしても、明らかに持て余してしまう空間だ。ただ、人間にとってはこれが普通なのかもしれない。
「家具も、とりあえず暮らせるようになっているはずだ。自由に使っていい。まぁ、しばらく使っていなかったから、まずは掃除でもしててくれ」
そう言った正人は仕事が残っていると、部屋を出ていった。優助達に断った上で、外から鍵がかけられる。
正人はバツが悪そうな顔をしていたが、当然の対応だと思う。
「じゃあ、お片付けとお掃除しよっか」
正面の廊下を見渡した理保が袖を捲る。
「お片付け? お掃除?」
言葉の意味はわかるが、具体的に何をすればいいかは見当が付かなかった。これまではケモノを指して言っていたが、これが本来の使い方なのだろう。
「そっか、そうだね。教えるから一緒にやろ」
優助は理保に引っ張られ、玄関に上がった。実は、靴を脱いで室内に上がるのも初めての経験だった。
「私ねー、不良品だったから、こっち方面で売られる予定だったんだよ。だから、家事とかいろいろ自動学習装置で知ってるの。たまたまだけど役に立ったね」
床に薄く積もった埃を履きながら、理保はにこやかに語る。
巫女の中には、突然に祈りの力を失う個体がある。理由は知らされていないが、再び力が戻ることはない。
そうなってしまった巫女には、防人としての価値がなくなってしまう。遺伝子操作で作られた美貌はまだ売り物となるため、愛玩用として人間に売られるそうだ。
理保は生産時から感情を持ってしまっていたため、巫女として使えず《こっち方面》で売られる予定だった。しかし、祈りを保管する装置への適性が認められたため、都市に売却されることになる。
「運が良かったね。おかげで優助にも会えたし」
窓ガラスを雑巾で拭きながら、理保は微笑んだ。
「うん、そうだね」
優助は揺れる三編みを見て、これで良かったと思う。そして、この生活が続いてほしいと願った。
使い捨ての槍持ちと不良品の巫女は、本当の人間のような感情を持ち始めていた。
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