第15話《再会》

 優助を振り返った少女は、慌てたように椅子から立ち上がった。その勢いで座っていた折り畳み椅子が倒れ、倉庫内に大きな音が響いた。


「優助!」


 名を呼び目を輝かせ、優助へと駆け寄る。拙い走り方が愛らしくも見えた。


「理保」


 そのまま飛び込んできた華奢な身体を受け止め、彼女の名を呼んだ。再び会えるとは思わなかった。無事でいてくれればそれでいいと考えていた。

 しかし、腕の中の温もりを感じ、優助は自身の本音を理解した。


「会いたかった」


 だから、素直な気持ちが出てきた。こんな言葉を使うのは、初めてのことだった。


「私もだよ、優助」


 震える声と共に、背中に回された腕に力が入るのがわかる。優助は、そっと艷やかな黒髪を撫でた。

 理保が落ち着くのを待って、優しく肩を押す。少し離れたことで、その顔がよく見えた。泣いたような笑ったような、巫女にあるまじき複雑な表情を見せていた。

 優助は、彼女の中に吸い込まれてしまいそうな気分だった。遺伝子操作で作られた美貌だからではなく、理保という普通ではない個体だから、そう感じるのだと思う。


「ちょっと、恥ずかしいよ」


 頬を赤らめ、手で顔を隠す仕草も、優助の胸を高鳴らせた。これは、恋と呼ばれるものだろう。植え付けられた知識と自分の感情が、ぴったりと一致した気がした。


「おーい、お二人さん、そろそろいい? 室長が困ってるよ」


 久美の声で我に返り、理保から距離を取った。近くにいたいのに、つい離れてしまう。感情と行動が一致しないのも、初めての経験だった。


「そろそろ説明するぞ。まず会わせてからと思っていたが、ここまでとは」


 ひとつ咳払いをした正人が、目を逸らしながら口を開く。

 優助はなぜだか、逃げ出してしまいたくなっていた。


「俺が管理する《特殊運用室》は、合わせて六十三人の組織だ。お前達を入れると六十五人になるな」

「え、私も数に入れてくれるんですか?」


 理保が驚いた素振りを見せる。通常、防人は人間とは別に数えるものだからだ。


「まぁ、便宜上だよ。うちの連中は防人の扱いに慣れていないからな」


 正人は再び視線を逸した。照れ臭い時には目を合わせないのが、彼の癖なのだろう。


「続けるぞ」


 特殊運用室はその名の通り、特殊な機材を運用するための部署だそうだ。

 表向きには、対ケモノ用に開発された新兵器の評価や運用方法の検討を主に行ってきた。こちらは、これまで良い成果が出ていなかったらしい。

 例えば、槍を電磁誘導で発射する装置は、命中精度が悪く不採用となる。槍をケモノに突き刺すには、腰のあたりを絶妙な角度で狙わなければならない。そのため、狙撃するようなものは、結果として無価値とい扱いだ。

 結局は、槍持ちが命を捨てて直接突き刺す方法が最も効率的だと証明することになるだけだった。


「あんなもの、失敗するってわかってたからな。うちの本来の目的は、過去の兵器の調査と運用の研究だ」

「だから、俺がここに?」

「ああ、あれの研究も兼ねてだ。お前の扱いは多方面からゴネられて大変だったけどな」


 ササジマ市で受け入れると決まった当初から、機人の取り扱いは特殊運用室の案件だった。しかし、その強さを目の当たりにした別部署から横槍が入る。

 文字通りケモノへ直接対応している《直接対応室》だ。防人への委託を主に行っている部署であり、所属の人間がケモノに対峙することは殆どない。作戦指揮らしきものはやっていると聞いたこともあるが、優助が槍持ちをしていた時、その存在を感じたことはなかった。


「槍持ちはこっちの扱いだとか、直接戦わせるならばうちの物だとか、うるさくてな。動くとわかった途端にあれだから腹が立つ」

「はいはい、大変でしたねー。でも本題続けてくださいねー」


 愚痴めいたことを言う正人の肩を久美が叩く。思い出して怒っていたようだ。


「ああ、悪い」


 紆余曲折あったものの機人の所有権は元々の予定通り、特殊運用室のものとなった。防衛部長である柳沢の発言が大きかったらしい。優助の取り扱いについては、別枠で市議会を通し決定される。

 後に久美から「優助君の扱いでね、室長ね、部長と一緒に市議会へ直談判したんだよ」と耳打ちされた。


「理保はどんな扱いでここに?」

「名目上は、あれに祈りを補充する備品として引き取った。市議会としては、お前に対する人質という意図もあったようだがな。俺が見る限り、どちらかというと、これは報酬だな」


 正人は優助と理保を交互に見る。こころなしか、口の端が上がっているようにも思えた。


「私、報酬なの?」


 単純な問いなのだが、すぐに答えることができなかった。優助にとっては、まさに報酬だ。だが、理保にとってはどうなのだろうか。

 持ち主が変わることに過ぎないのか、それとも別の感情を持っているのか。その答えが怖くて、下を向いた。


「あ、ごめんね。巫女が言ったら変な質問だったね。ただね、もしね、私が報酬だと思ってくれるのなら、嬉しいなって思って」


 覗き込むように、理保が視界に入る。その表情を見て、優助は自分の心配が杞憂だったことに気が付いた。それどころか、逆に理保を傷付ける態度であったことも理解できた。


「いや、俺にとってこれは報酬だよ」

「そっか、良かった」


 やはり笑顔が似合う。巫女としては不完全だが、それこそが彼女が彼女である証だった。


「もうひとつ、感動の対面をしてもらうぞ」


 そう言った正人は倉庫の奥に進み、幌をめくって手招きする。優助と理保、そして久美が続いて幌を潜った。


 優助の世界が変わった要因はふたつある。それらが同時に発生したため、名に意味を持ち、人間として扱われることになった。

 守りたい存在と出会ったことと、それを成すに足る力を得たこと。前者は傍らに立ち、後者が目前に鎮座していた。

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