第20話《歓待》

 列車を降りた優助を待っていたのは、耳を塞ぎたくなるような熱狂だった。この世の全ての人間が集まったのではないかと思えるくらいの人だかりが、列車を取り囲んでいる。

 人々は《救世主》《桜井兄弟万歳》《機人の力》等と書かれた旗を掲げ、叫び声を上げている。


「これは……」

「なん、だろうね」


 後ろに隠れた理保の指先が震えている。弱々しい声は、群衆の歓声にかき消された。

 歓迎の類であることは理解できるのだが、とても恐ろしいものの集まりに見えてしまった。


「やられたな」


 優助達に遅れて外に出た正人が、憎々しげに吐き捨てる。


「やられた?」

「ああ、お前は英雄に仕立て上げられたってことだ。ケモノに対抗できる唯一の人間だからな」

「英雄……」


 人間ではケモノに対抗することはできない。可能なのは、巫女と槍持ちという作られた存在だけだ。

 それですら、都市や列車を防衛するのが限界で、ただ耐えているだけに過ぎない。


「機人の存在は、それだけ刺激的だったんだよ。だから、公開は慎重に進めるはずだった。クソがっ」


 正人にしては珍しい、露骨な悪態だ。


「じゃあ、これは予定外?」

「ああ、たぶん直接対応室の独断だ。俺らが出ている隙を狙ったんだろうな」


 恐らく直接対応室は、特殊運用室を快く思っていない。機人を調査研究されることで、ケモノへの対抗手段が見つかるのを恐れている。 防衛部内での力関係が変わることになるからだ。


「急な出動は、そういうことか。映像の出力を急がないと」


 意図的に早急に存在を公表することで、戦いに使わざるを得ない状況を作り上げたのだろう。人々の期待と要求が高まれば、のんびり機人を調べる余裕などなくなってしまう。


「そうだな。これは、まずい」

「え、二人とも何言ってるの?」


 理保の驚きも無理はない。まともな感覚では辿り着かない結論だ。

 優助は自分が変化させられた事を認識していた。きっかけは機人の情報照射装置だ。

 出荷前の自動学習装置のように、単純に操作方法を入力されただけではなかった。思考の深さや理解の広さなど、脳機能自体が飛躍的に向上していた。


 槍持ちは、意図的に物事を深く考えないよう教育されている。自身の扱いに疑問を抱けば、簡単に命を捨てる行動ができなくなってしまう。

 周囲からの扱いだけではなく、内面までもがこれまでとは違う。その点も含め、優助は既に槍持ちではなくなっていた。


「とりあえず、室まで戻るぞ。迎えが来るはずだ」


 迎えの電動トラックは一時間後、人混みをかきわけるようにして到着した。貴重品であるゴム製タイヤを使った車両は、非常に珍しい。


「もしかしたら何人か轢いているかもしれません」

「笑えないぞ、おい」


 運転している斎藤の冗談は、なかなかにキツかった。


「よし、載せてくれ」

「了解」


 格納庫としていた車両から機人を移動させ、トラックの荷台へと載せる。激しく手を振る群衆に見送られながら、タイヤが巻き上げる土煙と共に駅を後にした。

 機人の中からその光景を見ていた優助は、彼らのために戦うという実感を得られないままだった。


 程なくして、トラックは特殊運用室に到着した。迎えに出てきた斎藤の部下に誘導され、格納庫へと機人を着座させる。

 装甲を開き外に出た時には、既に主要メンバーが集まっていた。

 正人、久美、須山、斎藤、四人の視線が優助に向く。備品扱いである理保は、格納庫の隅にある椅子に座っていた。


「優助君、お疲れ様ー」


 手をひらひらさせながら、久美が声をかけた。須山と斎藤も、それぞれに手を上げて挨拶をしている。

 同じ手を振るという行為でも、駅に集まった人々と久美達では、受ける印象は大きく違った。

 たぶん、機人の操縦士として見ているのか、優助という個人を見ているかの違いだろうと思う。ふと《仲間》という言葉が優助の頭に浮かんだ。


「事情が変わった」

「事情が?」


 正人は列車を降りた時以上に、苦々しい顔をしている。あれよりも酷い事態が存在するのかと、優助は変に感心してしまった。


「晩餐に招待されている。列車の修理に成功した祝賀だそうだ」

「祝賀? 晩餐?」


 列車での指示通り、戻り次第すぐに映像を出力するための作業を始めるのだと思っていた。優助は思わず目を丸くした。


「成功の立役者を讃えたいとの名目だ。奴ら、とことん邪魔をする気だ」

「ということは、直接対応室が主催?」

「そうだ。俺とお前と、あと古宮が呼ばれている。三時間後だ。事情を知らない方々も多数来賓されるんだと。無茶苦茶しやがる」


 正人と優助だけでなく、久美まで名指しするということは、機人を調べさせないためだと容易に想像ができる。恐らく、晩餐の場でも何かしら無茶なことを押し付けようとするだろう。

 それに、それ以外にも大きな問題が存在している。事情を知らない者が多数参加するとなると、優助は槍持ちであったことを自然に隠さねばならない。


「俺、晩餐なんてわからないぞ」

「わかってる。だから、今から付け焼き刃をするぞ。休んでる暇はない」

「正装するのめんどくさいですよねー。メイクなんて久しぶりだし」


 優助は正人に引きずられるように、格納庫から事務所の方へと向かった。それに久美が続く。


「えっと、優助、頑張ってね?」


 理保の控えめな応援が耳に残った。

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