第13話《部長》

 自分は人間の扱いを受けるらしい。

 理保という奇妙な巫女を守るため、あれを使った。ただそれだけのことが、優助の在り方を大きく変えることになってしまった。


「質問の許可を、もらえないでしょうか」

「ああ、答えられる事なら答えよう。人間には質問する権利がある」


 柳沢は、穏やかに見える笑みを浮かべた。既に優助は人間になっているらしい。


 ずっと抱えていたが、黙っていた違和感がある。それを口にすることは、後戻りができなくなるのと同義だったからだ。

 桜井も、査問部の担当達も、そして防衛部の部長である目の前の男も同じだ。彼ら人間は機人の事を知らない。

 情報照射装置から送られてきた情報も、誰もが何ひとつ知らなかった。ぽかんと口を開けた間抜け面を見せるばかりだ。

 だからこそ、今ここで聞いておかなければならないと思った。もう後戻りもなにもない。


「機人とは、なんですか?」


 一瞬、空気がひりついた気がした。いくら目を鋭く細めても、答えられるはずがない。

 表向きは人間と言われたが、槍持ちは槍持ちだ。下等な物に向かって、知らない、わからないと言えるだろうか。

 柳沢の真意をはかるための賭けだった。ここで怒りを買えばそれまでだ。万が一、話に応じるならば、この後の要求も通る可能性が出てくる。


「なぁ、正人」

「桜井です」


 二人は親しい間柄のようだ。ただし、砕けた様子の柳沢に対し、桜井の態度は固い。


「もしかしたら、部長の言っていた事は正しかったのかもしれないな」

「部長はあなたです」

「いや、私にとっての部長は部長だけだよ」


 頭上で交わされる会話は、他人が踏み込むようなものではなかった。優助は聞かないふりをする。


「ああ、悪いな」

「いえ」


 視線を優助に落とした柳沢は、小さく深呼吸をしたようだった。


「今更だ、正直に答えよう。我々はあれの名前すら知らなかった」

「そうですか」

「あれはな、発掘したものなんだよ」

「部長」


 止めようとした桜井を手で制し、柳沢は話を続けた。


「各都市の防衛部は、防人以外の手段を常に探している」


 ケモノへの対抗手段として、現在最も有効とされているのが巫女の祈りだ。火薬を使った小火器はまるで効果がない。そもそも、火薬そのものが貴重品で、武器としての活用はできない状況だ。

 だから、防人は必要不可欠な存在だ。しかし、都市の人間達はそれに代わるものを探しているらしい。


「防人が不要というわけではないが、代替手段は必要だからな。それはどこの都市でも同じことだ。だから、過去の遺物に頼ることになった」


 古い記録によると、フジサンという山の麓に軍事施設がある。そこでケモノに対抗できる新兵器が、かつて開発されていた。

 そんな不確か情報を頼りに、四つの都市は共同で調査団を結成した。一万を超える防人を護衛にした、大規模なものだったらしい。


「そこで見つけたのが、あれだ。そのためにたくさんの人間が死に、防人もほぼ消耗したよ」


 多大な犠牲を払い、なんとか最寄りの都市まで持ち帰ったのが、金属の巨人一台とその周辺設備だった。

 しかし、各都市よりすぐりの技術者でも、装甲を開く以上のことができなかった。

 別の場所から発掘した《祈りの力を保管する装置》とそれに連動した《杭》を取り付けるのが精一杯だったそうだ。


「それで、どうにもならないからと、ササジマ市まで運ぶことになった。うちは古い機械の情報が比較的多いからな。しかしその途中で、君がよく知るあの事故だよ」


 優助が護衛として乗っていたのは、ササジマ市に向かう列車だった。バッテリーのトラブルで停車しなければ、機人は今頃ここで研究されていたのだろう。

 そして、ユウスケは優助になることなく、どこかで命を落としていただろう。


「何かの運命かもしれんな。嫌いな言い方だがね。これで回答になったか? それ以降は君の方が詳しいだろう」

「もうひとつ、教えてもらえませんか」

「この際だ、いいよ」


 先程までの取り繕った柔和さは消えていた。その代わりに、どこか吹っ切れたような強い瞳が優助を見つめている。


「理保、あの巫女は?」

「ああ、君が惚れている巫女か」

「惚れ……」


 優助が狼狽えたのを見計らったように、柳沢は立ち上がった。腰を伸ばしながら、桜井に顔を向ける。


「ここからは私でなくてもいい。なぁ正人」

「桜井です」

「後は色々任せた。市議どもに報告せねばならんことが多くなって頭が痛い」

「は。行くぞ」


 桜井に肩を叩かれ、優助も立ち上がる。


「失礼しました」

「失礼、しました」

「おっと、待った」


 揃って部屋を出ようとした際、柳沢が二人を引き止めた。


「なんでしょうか」

「名字を伝えるのを忘れていたよ」


 人間の名前は、名字と名に分かれている。名字には、人間として受け継いだ歴史があるという意味がある。

 そのため、識別のためにだけ名付けられる槍持ちや巫女には必要のないものだ。

 優助はその逆だ。人間であるために、後付であっても名字が必要になる。


「優助君、君は今日から桜井 優助だ」

「は?」

「え?」


 桜井と優助は同時に声を上げた。


「防衛部特殊運用室の桜井 正人室長は、孤児院の少年を弟として引き取り育てた。弟は兄に報いるため特別な才能を発揮し、発掘された兵器を操った。これが議会の考えたお涙ちょうだいストーリーだよ」

「弟とは……」


 重々しく呟き、大きな右手で顔を覆う。


「これからよろしく頼むよ、桜井兄弟」

「失礼しました」


 桜井は優助の手を引っ張り、素早く退室して扉を閉めた。

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