第10話《交渉》 〜第1章『発端』完〜
男の疑問は当然の疑問だろう。
ただ、当人である優助ですら、それに答えることはできなかった。機人が反応した理由も、搭乗者登録ができた意味も、全く理解していないのだ。
動かせてしまった。わかるのはそれだけだ。
拳銃を持った人間がいる以上、迂闊に姿を晒すのは死に直結する。人間の物を無断で使ったと発覚すれば、その場で処分されても不思議ではないからだ。
「どなたかは存じないが、それを動かしているならば、どうか私の話を聞いてほしい」
あまり近付いては危険だと判断したのか、男はその場から動かずに大声を張り上げる。
口調から、機人の中にいるのは自分と同じ人間だと思っている様子だ。人間が槍持ちに取る横柄な態度とは大違いだ。
「私は、ササジマ市防衛部の
素直に応じるのはまずいとは感じつつも、このまま黙って切り抜けられるとも考えにくい。優助は腹をくくった。
「俺は優助。槍持ち、です」
できる限り丁寧に返事をした。人間を相手にするのは初めてのことだった。どんな言葉遣いで話せばいいのか、いまいちわからない。
その言葉を聞いた桜井は、優助を取り囲む槍持ち達をかき分け、足早に近付いてきた。
「槍持ちがなぜ、これを動かしている? 顔を見せろ」
拳銃を突き付けられ、対話は詰問へと変わった。
指示に従い装甲を開けば即時に射殺されるかもしれない。運良く撃たれなかったとしても、多少命が長続きするくらいだろう。
「ケモノを処理するために使いました。顔を見せたら撃ちますか?」
「槍持ちが質問するな。いいから顔を見せろ」
機人の装甲を開かない限り、拳銃は脅しの道具にすらならない。この場の生殺与奪は優助が握っている。
槍持ちだからと見下す態度を崩さない桜井は、その事実に気が付いていないようだった。
優助としては穏便に事を進めたいと思っている。自分の命は置いておいても、理保だけは保護されるように誘導しなければならない。
槍持ちとして生きてきたため、頭を使うことは得意ではない。しかし、今はケモノとの戦い以上に必死だった。
「これはもう、俺以外では動かせません。搭乗者登録をしてしまいましたから。俺を殺すのは構いませんが、ケモノに対する戦力が減ることは理解してください」
「な……」
半分は嘘だ。搭乗者として登録できるのは一人だけと確認したわけではない。しかし、その言葉は桜井を動揺させるには充分だった。
「それと、あっちの車両に巫女がいます。これに祈りの力を補充するのには、彼女でなければなりません。保護してもらうよう、要求します」
「槍持ちが人間と交渉しようというのか」
切れ長の目を釣り上げ、桜井が睨む。以前は恐ろしく感じた拳銃や人間の言葉も、今では取るに足らない物に思えた。
命は機人に登録した時点で捨てた。今最も恐ろしいのは、理保が傷付くことだ。
「はい。この機人の力に頼ってのことです。彼女を無傷で保護してください。約束してもらえれば、大人しく機人を明け渡します」
「キジン? それの名か?」
桜井が的外れな疑問を口にする。まるで、機人という名を知らなかったようだ。
「はい、登録の際に表示されました」
「そもそも登録とは何だ?」
「これを動かした時に登録を要求されました。ケモノが巫女に迫っていたため、仕方なく無断でやりました」
優助の回答を聞いた桜井は、考え込むように口を閉ざした。暫く黙った後に出てきたのは、優助が予想もしなかった言葉だった。
「わかった。貴様とその巫女の安全は保証しよう。この通りだから、信用してくれ」
腰のホルスターへ拳銃を戻し、両手を挙げた。普通に考えて、人間が槍持ちに対してする行動ではない。
桜井の豹変した態度は、機人にはプライドを捨てるだけの価値があるということを示していた。
「巫女のいる車両は金属板で穴を塞いでいます。移動させる許可を」
「ああ、好きにしろ。後でまた来る」
桜井のお墨付きを得て、優助は機人を理保のいる車両へと歩かせた。周りの槍持ち達が、慌てて道を開ける。
桜井は乗って来た列車へと踵を返した。
「理保、出てきて」
金属板を退かし、スピーカーから理保に呼びかける。
「優助、大丈夫なの?」
「ああ、一旦だけど、理保の安全は保証するって」
「私じゃなくて、優助のこと」
頬を膨らませ機人のメインカメラを睨む。理保とはこういう少女だった。だからこそ、守りたかったのだ。
「俺も、大丈夫」
「そう、本当に?」
「列車で来た人間はそう言ってたよ」
「うん、わかった」
渋々承諾して、理保は車両から足を踏み出した。段差でふらついた華奢な身体を、優助の操作を受けた機人が支える。
そのタイミングを見計らったように、数人の人間と共に桜井が姿を見せた。引き連れているのは護衛のようで、皆拳銃や自動小銃を構えている。
「銃を、下ろしてほしい」
「ああ」
桜井は護衛に手を上げ指示を出し、銃を下げさせた。槍持ちの要求に人間が応える。通常であれば、ありえない光景だった。
「彼女を安全な場所へ。そこまでは機人のセンサーで確認します」
「いいだろう」
半ば脅しであるその要求にも、桜井は躊躇うことなく頷いた。
「ほら、理保」
「また会おうね、優助」
「そうだね」
理保は護衛に囲まれ、列車に向かって歩いていく。何度もこちらを振り返っている様子だった。
客室と思われる個室に一人入ったところまで、機人のセンサーは捉えていた。
「そちらの要求には応えた。後はこちらに従ってもらうぞ」
「はい」
機人を直立させたまま、関節にロックをかける。姿勢が安定するを確認して、優助は装甲を開いた。
「君が、ユウスケか」
「はい、優助です」
桜井の鋭い視線が優助に突き刺さる。しかし、最初に名乗った時の侮蔑するようなものとは少し違っていた。
呼び方が『貴様』から『君』になっていたところからも、態度の変化が伺われる。
「いろいろ聞きたいことがある。まずは、キジンと言ったか? それをこちらの車両に乗せてほしい。君には部屋を用意する。ササジマ市に着くまでは休んでいてくれ」
「わかりました」
槍持ちに個室を用意する。破格の待遇どころの話ではない。異常だと断言できる行為だった。
機人を操ってしまったことで、何かが動いた。生産されてからこれまで生きてきた、槍持ちという単純な立場にはもう戻れない。そう感じながらも、優助は流れに従う事を選んだ。
これから何が待ち受けているのかは予想できない。ただ今は、この絶妙なバランスを壊してしまい、理保を危険に晒すのだけは避けたかった。
〜第1章『発端』完〜
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