第9話《拳銃》
昼間は暑いくらいだったが、夜はまだ冷える季節だ。優助と理保は、二人でひとつの毛布に包まり、朝を迎えた。
「おはよう。優助」
「おはよう。理保」
薄っすらと目を開く理保を見て、優助の胸は熱くなる。何度味わっても、奇妙な感覚は収まらなかった。
「優助」
「何?」
「このまま二人でいられたらいいのにね」
「そうだね」
願わくば、理保の言うように、この瞬間が永遠に続いて欲しい。命を捧げることを前提に生産されたはずの優助は、生きていくことを望んでしまっていた。
槍持ちとして、巫女として、あまりにも異質な思考であった。
そんな二人の安寧は、あっさりと破られることとなる。
日が昇りきる少し前、待機させていた機人から警告音が発せられたのだ。
優助は素早く機人に滑り込み、状況を確認する。一晩しっかり休んだおかげで、体調は万全だ。
「もう来たのか」
機人のセンサーが探知したのは、対向する線路の振動だった。振動の波形から、列車が走行していると推定される。
連絡が途絶えた列車を捜索しているのだろう。通常の半分程度の速度で、目的地だった都市の方向から向かって来ている。
「機人か」
事故からまだ丸一日も経っていない。少なくとも、優助の経験上では考えられない素早さだ。
この列車にある特別なものといえば、機人と理保だ。ケモノを軽く蹴散らす存在ならば、一刻も早く回収したいのは理解できる。
ただし、その列車がケモノを引き連れている可能性も考えられない。今の速度であれば、ケモノの全速力より少し早い程度だ。
機人のセンサーで状況を詳しく確認するため、格納庫の中から出る必要があった。
「理保、外に出る。待っていて」
「危ないことしない?」
「それは約束できないけど、必ず戻る」
優助は機人の装甲を閉じ、稼働させた。風除けとして立て掛けていた金属板を動かし、昨日破壊したシャッター部より外に出る。
外は快晴だった。
跳躍し、高所から長距離レーダーを作動させた。探知した情報は、人に理解しやすいように整理され優助の脳に送り込まれる。
三両編成の列車がこちらに向かっているのが認識できた。電動機関車両、防人が詰め込まれた車両、機人を回収するためと思われる車両。
機人のためだけに急遽用意されたのが非常によくわかる車両編成だ。あと十分程で、こちらの車両を視認できる距離まで近付いてきていた。
中にいる人々の感情を嗅ぎつけて、ケモノが列車に並走している。今は接近されていないが、機人回収のために停車すれば、取り囲まれててしまうのは明白だ。
熱源センサーで把握できる防人は
槍持ちが百五十人、巫女が十人といったところか。
通常の列車護衛と比べて、かなり大規模な陣容になっている。最初からケモノの襲撃を想定して、この数を用意したのだろう。
「やるしかないだろうな」
背部の箱に残った祈りの力は、残り三分の一程度。そして、探知したケモノは十三体。
無駄遣いをしなければ、充分に対処可能な数だ。
機人の力を使えば、槍持ちの損害を減らせる。上手くいけばゼロになる。ならば、戦わない理由はない。
「理保、戦うことになりそうだ。蓋をしておくから、隠れていてくれ」
「優助、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
格納庫に厚めの金属板を立て掛け、蓋をした。人の力では動かすことのできない重さだ。これで一旦は理保の安全を確保できる。
優助は戦闘態勢のまま、列車とケモノを待った。
「行くか」
望遠なしで、向かってくる列車が視認できた。
光学式メインカメラ、電波式レーダー、レーザーセンサー、赤外線センサーを併用し、列車に追いすがるケモノの数を調べる。
「十三体だな」
先行で探知した通りの数だ。
機人から提案された戦闘プランを承認する。
ローラーダッシュを起動し、優助はケモノの群れに飛び込んだ。
結果、迎えの列車が到着するのとほぼ同時に、ケモノの排除は完了した。
最後のケモノを杭から抜き捨てたタイミングで、停車した車両から槍持ち達が飛び出してくる。死を日常と認識し、淀みきった眼差しの集団だ。
ただし、彼らが相対すべき存在は、既に動きを止めていた。その代わりに、ケモノの体液を浴びた金属の巨人が立っている。
そんな異質な光景に、百五十人に混乱が伝播していく。わけもわからず、槍を突き立てる者もいた。
昨日までは、優助もその中の一人だった。自分が今の機人を見たとしても、きっと同じ反応をするだろう。
「あ、俺は」
説明のために声をかけようとした時、何かが弾けるような乾いた音が聞こえた。槍持ち達が体を震わせ、動きを止める。
優助にも聞き覚えのある、火薬式の拳銃が弾丸を撃ち出す際の音だ。
生産設備がほぼなくなってしまった今、火薬は貴重品だ。ただし、兵器としての需要はあまりない。
人が手に持てるサイズの物では、ケモノに対して効果が薄いからだ。都市の防壁には部分的に大型の火器が使われているが、ケモノからの防衛は防人がその大半を担っていた。
現在での主な用途は、槍持ちに対する躾だ。反抗の意思を見せた者や指示に従わない者に対して、容赦なく弾丸が放たれる。
半ば戯れのように撃ち抜かれることもあり、ケモノと並んで死の象徴であった。
そんな拳銃の音がするのであれば、つまりはそういうことだ。
槍持ち達の奥で、身なりの整った男が上空に銃口を向けている。
「なぜ動いている?」
機人の指向性マイクが、男の戸惑った声を拾った。
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