第7話《激昂》

 右腕の杭は厚い扉ごと、三体のケモノを貫いた。機人の電算装置は瞬時にそれを判断し、祈りの力を送り込む。

 祈りを捧げられたケモノはそれぞれに動きを止め、引き抜いた杭からは赤黒い体液が滴った。扉には、丸い穴が穿たれていた。


「出口は、どこだ?」


 機人の大きさでは、この扉を使うことはできない。外に出てケモノを排除するには、別の出口を探す必要があった。

 レーザーセンサーで、部屋の中をくまなくスキャンする。ここに機人があるのだから、何かしらの出入り口はあるはずだ。

 返ってきた情報は、端の方にシャッターらしきものを発見したと告げていた。

 ケモノ対策だろう。金属の板で頑丈に補強され、そのままでは開放ができないようになっている。


「そこか」


 センサーが示す位置まで移動する。

 どう見ても壁としか見えない場所に、左足で前蹴りを入れた。衝撃音と共に、金属板もろともシャッターが吹き飛ぶ。


「理保、行ってくる。必ず守る」


 隅にうずくまってくれている理保に、スピーカーを使い一声かける。頷いた様子を確認したユウスケは、列車の外に飛び出した。


 線路脇の坂に着地。バランスを崩さぬよう、膝を曲げて衝撃を吸収する。

 電波式のレーダーと赤外線センサーを併用し、周囲へ再度索敵をかけた。作戦目的から優先度を判定し、敵性体として設定したケモノ情報にマーキングする。

 今回は理保の保護が最優先の目的だ。彼女が隠れている車両に近い敵から、順に処理していく必要がある。

 状況に応じて、狙うケモノは刻々と変わるだろう。対処は早いに越したことはない。


「ローラー起動」


 声を出す必要はないのだが、思考だけで操作するのは感覚的に不安だった。

 両足の爪先と踵、計四輪装備された車輪が高速で回転する。最初の目標は正面に二体だ。

 ユウスケの機人は、前方へ弾かれるように加速した。


「ぐぅっ」


 反動で体が背中側に押し付けられる。内部の空気圧式クッションが保護してくれるが、衝撃を完全に抑えるものではない。ユウスケは歯を食いしばって耐えた。

 眼前にケモノが迫る。こちらの速度に対応できず、辛うじて視線を向けただけの体勢だ。

 ユウスケは両腕を構え、そのまま突撃する。杭はあっさりと、ふたつの胴を貫通した。

 間を置かず、杭を経由し祈りが送り込まれる。二体のケモノは痙攣の後、動きを止めた。


「よし、いける」


 速度を緩めないまま、刺さったケモノを振り落とす。

 ユウスケの意識には、列車を中心とした作戦エリアの情報がリアルタイムで送り込まれている。

 線路のこちら側と反対側から四体ずつ、理保のいる車両に接近していることも、はっきりと把握できていた。

 電算装置より、優先度の更新が告げられた。


 優先順位の入れ替わった敵を排除するため、反転することを意識する。機人はユウスケの意思を受け、左に傾きつつ左車輪の回転速度を下げた。

 遠心力で吹き飛びそうになるが、重心を計算調整する。その結果、最小限の回転半径で方向転換に成功した。機人の性能であれば、この程度は当然のことでもある。


「やらせるかよ」


 全ての杭を前方に向け突進し、祈りを捧げる。こちら側は四体同時に仕留められた。

 次は線路の反対側だ。のんびりと列車を回り込んでいては、対応に間に合わない。


「ならば!」


 ユウスケは機人を更に加速させ、列車に衝突する寸前で足を踏み切った。下に押し付けられるように重くなった後、頼りない浮遊感が全身を包む。

 飛び上がった際の振動を受け、両膝に刺さっていたケモノだったものは落下していた。

 跳躍が頂点に達したところで、列車に迫る四体の姿を確認する。都合のいいことに、二体ずつに分かれて仲良く走っていた。


「そこ!」


 両腕に引っかかった肉塊を、それぞれに投げつける。高速で飛来するそれに気付くこともなく、計六体のケモノは四肢を飛び散らせた。

 ここまで損壊してしまえば、祈りは必要ない。まるで、投石を受けた槍持ち達のようだ。あまりにも不愉快な既視感だった。


 列車の脇に着地した瞬間、警告情報が送られる。ただし脅威度は低く、回避は不要だ。石つぶてが装甲を叩く感触すら、機人の中には伝わってこない。

 石を投付けたのは、脅威とすら呼べなくなったケモノだ。同じような顔をして、同じような行為をする怪物。

 顔を潰され、腕が吹き飛び、体に穴の空いた仲間達や、生きたまま食われる人々の姿が頭をよぎる。ユウスケは激昂した。


 列車を取り囲むケモノ達へと、感情に任せて襲いかかった。それを受けたケモノは、ユウスケへと殺到する。

 突き刺し、踏み潰し、捩じ切った。

 まるで、自分自身が獣にでもなったようだった。

 それでも、気持ちは一向に晴れない。怒りと暗然たる思いは増すばかりだ。

 薄い灰色をしていた機人の装甲は、ケモノの体液を浴びて赤黒く染まっていた。


 機人の起動から二十分とかからずに、四十五体いたケモノの処理は完了する。


「理保……」


 疲れ果てた体は言うことを聞かず、機人の操作もままならない。電算装置の提案通りに、自動帰還機能を使用した。

 朦朧とするユウスケの脳裏には、理保の顔が浮かんでいた。

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