第6話《機人》

 ケモノを処理する力を持つ巨人は、その体内に人を迎え入れようとしている。そして、この場にいるのは少年と少女の二人。

 得体の知れない物への恐れはある。しかし、選択肢はそこに存在しなかった。


「乗ってみる」

「できるの?」

「わからないけど、やってみるよ」


 わざわざ『搭乗口』と表示までされているのだ。ならば、そもそもこれは人が乗り込む物なのだろう。

 万が一ユウスケが操ることができれば、この場を生き延びられるかもしれない。操れなかったとしても、当初の予想通り扉を破ったケモノに食われるだけだ。


「ユウスケ」

「ん?」

「ありがとう」


 不意にかけられた言葉に、ユウスケは自身の頬が熱くなるのを感じた。

 表面の金属は熱を持ってはいるが、触れない程ではない。手頃な突起に手をかけ、巨人の中に身を沈めた。不思議と、ユウスケの体型に合わせたかのようなサイズの空洞だった。


『搭乗者を確認』


 声が聞こえた。無機質な、男とも女とも取れない声。音ではなく、脳に直接入ってくるような言語情報だった。

 ユウスケはそれに覚えがある。生産された直後の自動学習装置と同質のものだ。


『本機体は搭乗者が未登録です。初期搭乗者として登録しますか?』

「初期、搭乗者?」


 そのままの意味で捉えるなら、この巨人は未使用品ということになる。そして今、ユウスケを登録するかと問いかけている。

 どこの誰が作った物かは知らない。人間の物を勝手に使用したとあれば、ユウスケは持ち主から処分されることは確実だ。

 槍持ちは人間に使われる存在であって、許可なく人間の物を使ってはならない。


 だから何だ。

 少しだけ身を起こし、理保を探した。美しい巫女は、心配そうにこちらを見つめている。

 それだけで、最後の覚悟が決まった。彼女を救えるのなら、それがいい。結果的に命を落とすとしても、きっと後悔はない。


「登録してくれ」


 ユウスケは巨人の中で、呟いた。


『解除は分隊長以上の権限が必要になります。よろしいですか?』


 この巨人の本来の姿は、組織だって活用する物のようだ。ただ、この状況ではそんな質問に何の意味もない。


「ああ、やってくれ」

『ユーザー登録 開始します』


 その言語情報と共に、ユウスケの脳へと大量の情報が流れ込んできた。


 正式名称『五八式機動兵員強化人型装甲服』

 略称『機人』


 半永久電池は、正常範囲内で稼働中。

 電算装置のデータ欠落部分は修復率約八十パーセント。

 基本操作は、人工筋肉での強化トレース方式に設定。

 脚部ローラー等、該当部位が人体にないものは、電算補助のもと脳波にて個別操作とする。

 機体状況やセンサーからの各種情報は、情報照射装置により脳への直接入力とする。

 腕部と脚部に装着されている規格外装備品は、形状から打突兵器と判断し、攻撃動作を機体側から提案する。

 背部に装着されている規格外装備品は、獣状生体兵への停止信号保存装置と推定されるため、残量表示および打突兵器との連携を調整する。

 左肩部と右膝部に動作不良箇所があるため、安定稼働を優先し、全体出力を五十パーセントに落とす。


 否応なしに流れ込む情報を、ユウスケは当たり前のように受け入れていた。今ならば、この《機人》を手足のように扱えるだろう。

 理保の言っていた杭は後から取り付けられた物らしい。それでも、祈りとの連携も含めた使用方法の提示がされた。もしかしたら、製造当初から規格外の装備品を想定していたのかもしれない。


『最終調整 開始します』


 機人の各関節部分が、ユウスケの関節位置に合わせ微調整された。これで、完全にユウスケ専用に設定されたことになる。


「装甲閉じろ」

『了解』


 開いていた各部装甲が閉じられる。周りが闇となった。

 同時に空気圧によるベルトで締め付けられ、ユウスケの体は完全に機人の内部に固定される。


「外部情報、入力開始」

『了解』


 目を閉じたユウスケの意識に、頭部メインカメラが映した映像が投射された。厳密には異なるのだが、視界の縁には各種センサーが捉えた様々な情報も認識できる。


「よし」


 人工筋肉の力を使い、尻餅をついた状態から機体を立ち上がらせた。視線が一気に高くなる。

 眼前には理保の姿が確認できた。さっきよりもさらに浮かない表情だ。ユウスケの姿が見えなくなったことで、不安が増しているのかもしれない。


「理保、聞こえるか?」


 外部スピーカーを起動させ、理保に話しかける。


「ユウスケなの? その子を動かせたんだね」

「ああ、機人って言うらしい」

「わかるんだね」

「たぶん、だいたいわかる」


 扉を叩く激しい衝撃音は、今も続いている。

 ユウスケは熱源センサーの情報から、扉の向こうに三体のケモノがいることを把握した。

 外観からの強度計算によると、八分後に扉のヒンジ部分が破壊される可能性が高い。


 列車の外に四十二体のケモノを確認する。周囲にいるケモノは合計で四十五体。保存してある祈りで充分に対処可能な数だ。

 機人の半生体装甲には、奴らの爪や投石では傷ひとつ付けられない。単純に戦うだけならば、何の工夫も必要なく終わるだろう。

 ユウスケは複数提案される行動方針から、理保の安全が最優先となる項目を選択した。


「理保、設備の奥に隠れていてくれ」

「わかった。気を付けてね」

「ああ、問題ない」


 理保の退避を確認したユウスケは、振動を続ける扉の前に立った。右腕を振りかぶり狙いをつける。


「さぁ、やろうか」


 機人は、分厚い扉へ杭を突き刺した。

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