第5話《この子》

 パートナーという言葉が何を意味するか、ユウスケは知らない。それでも言ってしまったのだから、どんなものでも受け入れるつもりだった。

 槍持ちには無理だと言われれば、それはそれまでのこと。例え死ねと言われても、別に後悔はしないだろう。いつか死ぬのであれば、不思議な巫女の役に立ってみたいとも思っていた。


「助けて、くれるの?」

「俺にできることなら」


 すがるような、責めるような視線を受け、ユウスケは頷いた。


「うん、わかった。ありがとう。そうね、やってみないとわからないものね」


 理保は礼と独り言の後、再び設備へと向き直る。ユウスケはどうしていいかわからず、後ろ姿を見守ることしかできなかった。

 扉を叩く衝撃音は、断続的に続いている。ほんの少しだが、分厚い扉が歪んでいるようにも見えた。


「ユウスケ、起動するから少し離れてね」


 柔らかい指示に従い、数歩後退する。起動とは、まさかこの巨人が動くとでもいうのだろうか。

 理保の手元を窺うと、操作盤にある透明のカバーのようなものを開いていた。


「これで、よし、と」


 小さな掛け声と共に、理保はカバーの奥にあるボタンスイッチを叩いた。

 数秒後、金属で囲まれた室内に、唸るような低い音が響く。発生源は、金属の巨人だった。


「動くのか?」


 ユウスケは、思わず呟いた。これが動いてケモノを蹴散らしてくれるなんて、あまりにも出来過ぎた話だ。


「実はね、私もここまでしか知らないの」


 いつの間にか、理保はユウスケのすぐ側まで来ていた。腰の後ろで手を組み、覗き込むようにユウスケを見つめる。

 彼女の大きな丸い瞳に、飲み込まれてしまうような気がした。


「研究員のお姉さんが優しくてね、移動中にね、こっそり起動の方法を教えてくれたんだ。途中で列車が止まっちゃって、外を見てくるって出て行ったんだけど、この様子だと……」


 理保は、揺れる扉の方に目をやった。

 研究員のお姉さん。恐らく、先程ケモノに食われていた女だろう。ユウスケは何も言えず、口をつぐんだ。


「ユウスケは優しいんだね」


 無言の理由を察した理保は、目を伏せた。人が食われて死ぬのは珍しい話ではないが、悲しいものは悲しい。ましてや、自分に良くしてくれた相手ならば尚更だ。

 そんな当たり前の感情を持つ理保は、やはり巫女としては異端に見えた。


「この子の手足に杭があるでしょ?」


 気持ちを切り替えたいのか、理保はその場に座り込み、唐突に説明を始めた。《この子》と言われた金属の巨人は、これまでより少しだけ優しげに見えた。

 ユウスケも理保に合わせて腰を下ろす。


「あれね、槍なんだよ。しかも、ただの槍じゃない」


 槍持ちが持つものとは比べ物にならない太さの杭を、理保が指差す。それが意味するのは、この巨人はケモノを処理するためのものということだ。


「背中の箱にね、私の祈りが保存できるようになってるの。祈りを使い切ったとしても、また保存し直せるんだよ。仕組みは知らないけどね。だから、この子は巫女がいなくてもケモノを止められる」


 力強い金属の四肢を持ち、槍と同等の太い杭を四本持つ。そして、巫女なしでケモノを処理できる。それだけ聞いたならば、世界を救う存在に思えてしまう。

 ただし、その救世主は低く唸るのみで、動き出す様子はない。


「でも、動かないね。きっと、これを動かす人が私のパートナーだったんだろうね」

「知らなかったのか?」

「うん。結局は私も巫女だから。祈りを保存するのに適していたってだけだよ。なんなら、不良品」


 理保は儚い笑みを浮かべ「わかるでしょ?」と続けた。

 それを見たユウスケは、馴染みのない感情が湧き立つのを実感した。彼女には笑っていてほしい。今のような無理をした笑みではなく、心からの笑顔が見たいと強く思った。

 巫女としての外見に惹かれたのだろうか。それとも、別の理由か。

 伝えたいことはあるが、言葉にならない。こんな、もどかしいという気分も初めてのことだった。


 とにかく声をかけようと、口を開きかけた時だった。巨人の放つ唸り声が、ゆっくりと低い音から、高く早い音に変わった。

 音量はさほど大きくないので、不快にはならない。だが、何かが始まるような予感がする音だった。


「なんだ?」


 二人は立ち上がり、巨人に駆け寄った。その周りは、まるで暖房があるかのように暖かい。巨人は熱を発していた。


「ユウスケ、これ」


 理保が操作していた設備を指差す。槍持ちのような立場では滅多に目にすることのない、液晶のモニターが点灯している。

 そこには『暖機完了 搭乗口開放』と表示されていた。


「搭乗口?」


 ユウスケが訝しんだ瞬間だった。警告するような甲高い音が鳴る。そして、巨人の表面を覆う金属が動いた。

 腕、脚、胴それぞれが開かれ、中の空洞が顕になる。ちょうど人が一人すっぽり収まるような形をしていた。


「ねぇ、これって」


 ユウスケのボロ布のようになった袖を、理保が掴む。


「そうなん、だろうな」


 扉への衝撃音は続いている。時間はあまり残されてはいない。

 巨人の頭部にある一つ目が『どうする?』と問いかけているようだった。

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