第4話《巫女》
声は巨人の奥から聞こえてきた。
「あら、お一人? そっか、緊急事態だものね。パートナーがお迎えに来てくれたのは素直に喜ばないと」
暗がりに人影が見える。小柄な輪郭は、少年か少女のようだった。声からすると、少女だろうか。
「私はね、リホって言うの。理を保つと書いて理保。いい名前でしょ」
名前に意味があるということは、まともな人間ということだ。きっと、ケモノが逃げてここに隠れていたのだろう。
理保と名乗った少女は、ユウスケに向かい歩き出した。薄暗い照明に当たり、徐々にその姿がはっきりする。
幼さを残しつつも美女と断言できるような、非常に整った顔つきをしていた。長く伸びた緑の黒髪も美しい。
淡い色のゆったりとした衣装を着ているため、体型は不明だが、恐らく理想的な曲線を描いているだろう。
「巫女か?」
遺伝子操作で作られる巫女は、麗しい見た目に調整されることが多い。その理由は簡単なものだ。
巫女がいなければケモノの処理ができない。必然的に、巫女以外の男たちは命を賭して守ることになる。
そんな巫女の見た目が醜ければ、命を張って守る意気も弱くなる。だから、生産段階で外見に気を遣った調整がされている。
結局のところ、男は単純な生き物だということだ。
「そう! よくわかったね」
ユウスケの問いに、理保は笑顔で応えた。それは、ユウスケの知る巫女とは大きく違う反応だった。
巫女は感情が薄い。人の感情に反応するケモノを近付けないための対策だ。
しかし、この理保はあまりにも感情豊かだった。これではケモノに食べてくださいと言っているようなものだ。
それに、価格は比べ物にならないとはいえ、巫女も槍持ちと同じ生産されたものだ。名前に意味を持つなんて、ユウスケには考えられなかった。
「ああー、名前とか喋り方とか、巫女のくせにって思ってるでしょー」
「あ、いや」
頬を膨らませて、理保はユウスケを指差す。巫女とまともに会話をするのは初めてだ。そもそも巫女は、必要な連絡事項以外は喋らない。
見た目の美しさも、豊かな表情も、まるで別世界の存在に思えてしまう。ユウスケは、たじろぐばかりだった。
「そうよね、普通はそう思うよね。からかってごめんなさい。あなたのお名前を聞いてもいい?」
「あ、えーと」
「ん?」
「ユウスケ」
なんとか名乗ったユウスケに、理保は満面の笑みをみせた。
「ユウスケ! どんな字を書くの?」
「漢字は、ない。名前に意味なんてない」
「そっか、あなたもそうなのね」
理保は途端に目を伏せる。どう考えても巫女とは思えなかった。しかし、外見は巫女そのものだ。
常識外の事態に、ただ混乱するだけだった。この瞬間、ケモノの危機も忘れてしまっていた。
「じゃあ、私が決めていい?」
「え?」
理保は、血と傷にまみれたユウスケの両手を握った。輝く瞳に吸い込まれそうになり、一瞬だけ呼吸ができなくなる。
「私のパートナーなら、名前に意味くらいあってもいいと思うの」
「パートナー?」
「そう、あなたみたいな素敵なパートナーで、私は嬉しい!」
ユウスケは全く理解できていなかった。
立て籠もろうとした場所には、機械の巨人と感情豊かな巫女がいた。名前に意味を持つ巫女は、槍持ちの自分をパートナーと言う。
そもそもパートナーとは何かがわからない。役割を持った同士の共同体のことだろうか。
槍持ちは巫女を守り、巫女は祈りを捧げる。ケモノを処理する道具として、それ以外の関係は存在しない。少なくとも、ユウスケはそう教育された。
「パートナーって」
ユウスケが言いかけたと同時に、室内に衝撃と共に轟音が響いた。
「来たか」
気付かれてしまった。それもそうだろう。理保は素直に感情を表し過ぎたのだ。ユウスケは、そんな簡単な事もわからなくなるくらい混乱していた自分に呆れた。
恐らくケモノ達は、扉に体当たりをしている。そう簡単に破壊される造りではないが、時間の問題ともいえる。突破され食われるか、その前に助けが来るか、今のユウスケには見守る事しかできなかった。
「予定外だけど、仕方ないね。起動の方法聞いておいてよかった」
理保は長い髪を紐でひとつに括り、巨人の横にある設備を操作し始めた。慌てている様子は一切ない。
「ユウスケ、何してるの? 早く準備して」
「は?」
指示を理解できないユウスケは、間抜けな返事をしてしまった。理保の大きな瞳が更に丸くなり、手の動きが止まる。
「まさか、私を迎えに来てくれたんじゃないとか?」
「違う、と思う」
「そうかぁ」
露骨に肩を落とす理保に、かける言葉が見つからない。ユウスケには、彼女が何を求めていたのかすらわからないのだ。
「勝手に勘違いしてごめんなさい。てっきりパートナーさんだと」
しおらしく頭を下げる姿を見て、ユウスケは居ても立っても居られなくなった。
槍持ちしか能のない自分だが、何か役に立ちたいと思ってしまう。いらないと思っていた感情というものが、今は熱くて仕方がない。
「なぁ、俺にそのパートナーってできないか?」
そんな言葉が口から出てきた。
理保が頭を上げる。様々な感情が入り混じった、巫女にあるまじき複雑な表情をしていた。
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