第20話 予期せぬ展開

 誘拐されたと思われていた相田理恵さんが、青島さん宅にいた。私と京子はしばらく驚きで声が出なかった。

「お二人には謝らないといけません。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 相田さんは私たちに頭を下げて、こちらへ来て、青島さんの横に座った。

「私も謝らないといけないわよね。本当に、ごめんなさいね。お二人をだましてしまって、ごめんなさい……」

 青島さんは深く頭を下げた。

「あ、あの、一体どういうことなんでしょうか?」

「理恵ちゃんをね、かくまってるのよ、北網走漁業組合の連中からね。尾崎君の提案でね。だから村田君も尾崎君も知ってることなのよ」

「えっ、えー! 係長もグルなんですかー!」

「警察はね、何か事件が起きないと動けないでしょ。だから、何か起きる前に、先に手を打ったのよ。理恵ちゃんを守るためにね」

「まさか、そんなことが……」

 私はすごく動揺していた。

「とにかく、相田さんが無事で良かったです」

「ホント、そうよー」

 相田さんは申し訳なさそうにうつむいたままだった。

「あの、相田さん、青島さんがさっきおっしゃってた、21年前の千島荒江らこうさんの事件のことで、相田さんが警察に本当のことを言えなかったってことについて、話していただけませんか?」

 私が言うと、相田さんはチラッと青島さんを見てから、また下を向き、話そうと決意したように見えた。

「……はい。私はあの時、千島荒江らこうさんが海に突き落とされるのを見ました……千島さんを海に落とした人を目撃しました。でも、夜だったし、暗くて、背格好くらいしかわかりませんでした。ただ、毛皮のコートを着ていたのだけは、月明かりでもはっきりとわかりました……」

「……それを警察に話したんですよね。ですが、その後、供述が曖昧になっていった」

「はい……。私の父は漁師で、北網走漁業組合から借金をしていました。事件のすぐ後、桜井さんは、私が余計なことを警察に話さないように、父に圧力をかけてきたんです……それで……」

「理恵ちゃんはね、まだ小学生だったのよ。お母さんが何年も病院に入院しててね……」

「……父が使っていた漁船が故障して、新しいのを買わないといけなくなったんです。でも母の医療費がかかって、生活が苦しくて……でも漁業組合がローンを組んでくれたんです。それから、私が千島荒江らこうさんの事件を目撃して、警察に犯人のことを話しました。次の日にはもう桜井さんが家に来て、私が警察に何かを話したら、漁船のローンを解約すると言ってきたんです。私はその時確信しました、桜井さんが犯人だなって。声とか、背格好とか、雰囲気が、私の目撃した犯人にそっくりだったんです。父は私に、桜井さんのことを警察には話すな、お前は何も目撃していない、わかったなって……」

「それで、供述が二転三転することになったのね」

「小学生が、そんなこと言われて、警察にちゃんと話ができますか? できないでしょ?」

 青島さんが悲痛な面持ちで言った。

「……」

 さすがの京子も無言だった。

「では、漁師の牧田明さんが殺害された事件に関しては、何か知っていますか?」

「その犯人もね、桜井よ。絶対にそうよ。この辺りではみんな言ってるわよ。昔からね」

 青島さんが自信ありげに答えた。

「その根拠になることとかはありますか?」

「牧田さんも北網走漁業組合に所属しててね、漁船の購入のために組合がお金を貸し付けてたのよ。しかも高金利で違法にね。でも、体を壊してから漁に出られなくなってしまって、返済が滞ったのよ。桜井は頻繁に牧田さんの家に借金の取り立て屋みたいに押しかけてね。牧田さんはそのことを告発しようとしてたの。その矢先に、あんなことになって」

「牧田さん殺害に使われたとされたのが、千島荒江らこうさんの包丁だったということですが、そのことについては何か?」

「千島さんも、組合から融資を受けていたみたい。それで、牧田さんと一緒に北網走漁業組合の不正行為を告発しようとしていたのよ。桜井は千島さんの包丁を盗んで、牧田さんを殺した。それから、千島さんも殺した。千島さんは、牧田さん殺害の容疑がかけられたままね」

「……ひっどーい……メチャクチャじゃん……」

「私は、包丁に引っかかるんですが、なぜ包丁だったんでしょうか?」

「ここでは漁師は皆、自分の船に包丁を積んでるんですよ。魚をさばくためですよ」

「そうなんですか。納得しました」

 私は少し笑みを浮かべて相田さんを見た。まだうつむいたままだった。

「私が悪いんです。私が警察にちゃんと真実を話していれば、村田さんのお父さんは亡くなった後も殺人の容疑をかけられたままでいることはなかったんです。村田さんにも多大なご迷惑をかけてしまって……」

「あー、そんなのいいのよー、係長のことは気にしなくても大丈夫よー。でも係長、相田さんのこと、恨んでるかもよー」

 京子は相変わらず饒舌で毒舌だった。

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