第16話 係長の実家へ

 私と京子は地図アプリを頼りに係長の実家を探した。しかし、住所表記が変わっていたらしく、場所がわからなかった。私たちは迷子みたいにうろうろしていた。

「あの、どうかされましたか?」

 通りすがりの住民が話しかけてきた。年配の女性だった。

「知人の家を探しているのですが、住所表記が変更になっているらしくて、地図アプリで検索してるんですけど、うまく表示されないので迷ってしまって。この住所なんですが」

「あー、その住所はもうずいぶん前に宅地造成のせいで変更になっちゃいましたね」

「えーーー、マジでー。千島っていう名前なんですけど、わかりませんか?」

「千島? あー、千島っていったら、この辺りでも珍しいからね。あなた方が探してる千島さんなのかわからないけど、一軒だけ、千島さんの家なら知ってるけど、そこでよければ案内しましょうか?」

「お願いします」


 私たちは案内されて、20分くらい歩いた。

「ここですよ。千島さん宅」

 朽ち果てた、放置されて人が住んでいるとは思えないくらいの古い住宅に着いた。

「えー、ここ人が住んでるんですかー?」

「たぶん、今はもう誰も住んでないかもねえ」

「京子、この表札、何か書いてあるけど、この名前じゃない? これ、読める?」

「うーん、圭吾って……読める……かなぁ? 読めないかなぁ?」

「圭吾? 圭吾君のお知り合いの方?」

「はい、私たちの上司なんです」

「圭吾君の部下の方? うわさでは圭吾君、警察官になったとか……」

「そうですよー、ほら、私たちT県警の刑事でーす」

 京子は手帳を見せた。

「あっ、刑事さんなの?」

「はい、T県警の香崎といいます」

「磯田でーす」

「そうなの、圭吾君、やっぱり警察官になったのね」

「あの、今は千島ではなくて、村田と名乗っています。私たちの上司の係長の村田圭吾です」

「あぁ、名前を変えたの……」

 この女性は意味深な表情で少し驚いた。

「あの、村田係長のことをご存知なんでしょうか?」

「ええ、昔、私が圭吾君のお父さんと職場でよくお会いしたので、子どもの頃の圭吾君なら知っていますよ」

「お聞かせ願えないでしょうか?」

「……私は昔、漁業組合に勤めてましてねえ。その時、組合員の漁師だったのが、圭吾君のお父さんの荒江らこうさん。仕事上、よく話をする間柄だったの。私の息子と圭吾君はよく一緒に遊んでてねえ。それで私もこちらのお家に何度かお邪魔したことがあるの」

「ふーん、そうなんだー。荒江らこうさん? これで“らこう”って読むのか。“らこう”って変な名前ですねー」

 京子は表札に書かれた古い文字に目を近づけながら尋ねた。

「ええ、何でも、ラッコから取られた名前だとかで……」

「……ラッコ!?……」

「ええ、ラッコ。海にいる動物の、ラッコ」

「ちなみに、どちらの漁業組合に?」

「北網走漁業組合です」

「村田係長の家族は他には?」

「お母さんはその当時すでに亡くなってました。圭吾君はたしか一人っ子で。荒江らこうさんは実の父親ではなくてねえ。お母さんの再婚相手で、圭吾君と荒江らこうさんには血のつながりがないのよ。お母さんの名字がたしか村田だったかしらねえ」

荒江らこうさんは、今はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「……話していいのかしら……刑事さんだから大丈夫よね。それがね、荒江らこうさん、殺されちゃったんですよ」

「えー、マジでー!」

「……殺人の疑いをかけられて、殺されちゃったんですよ。もう20年とか前かしらね」

「……」

 私と京子は驚嘆して顔を見合わせた。

「漁師さんがねえ、一人殺されたんですよ。それで、その犯人じゃないかって、荒江らこうさんが疑われたのよ。でも、すぐに荒江らこうさんも殺されちゃってねえ。警察は当時、事故ということで処理したんだけど。本当は殺されたんだって、みんな言ってましたよ。漁業組合の桜井さんに殺されたんだってね」

「桜井さん? その桜井って、北網走漁業組合会長の桜井さんでしょうか?」

「ええ、そうですよ。今の会長の桜井さん。そんなことになっちゃったもんだからね、圭吾君、高校卒業してから東京の大学へ行ったみたい。それからはこの家に帰ってきてないのかしらねえ」

 京子も珍しく考え込んでいるようだった。

「小春、そんなことがあったなんて……」

「京子、網走署へ行きましょ」

 私たちはこの女性に礼を言ってから、タクシーで網走署へ向かった。

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