第9話 係長を尾行
私と京子は係長の後をつけた。失敗を繰り返さないように、この時は十分な距離を取って尾行した。
係長は人通りが多い場所へ行った。そして小さな商店に入った。私たちは物陰に数分いた。係長が出てこないので、私たちはその商店に近づこうとした。その途端、係長はパンをかじりながら店から出てきた。周りを見回しながら、係長は歩き出した。
ただ当てもなくぶらぶらと歩いている感じがした。それから係長はコンビニに入った。私たちは物陰で数分待った。係長は新聞と缶コーヒーを買って出てきた。あたりを見回してから、また歩き出した。
しばらくして、係長は公園に入った。そこでベンチに腰掛けて新聞を広げて、コーヒーを飲み始めた。私たちは30分くらい物陰に隠れて監視した。それから、係長はまた歩き出した。
だんだんと人通りが少ない所を移動するようになってきた。そして、歩行者が誰もいない場所へ出た。堤防沿いの道で、身を隠す電柱などが何もない道だった。私たちは道の角から係長を監視した。係長はだんだんと遠ざかって行った。そして、係長は突然立ち止まり、海の方向を見てから、通り沿いの店に入った。遠すぎてはっきりとはわからなかったが、「北の海」という看板がかかっているようで、「お食事処」という暖簾が見えた。どうやら定食屋のようだった。私たちは角に隠れてじっとしていた。ずっと待っていたが、係長はその店から出てこなかった。
「小春ー、ちょっと長くない? もう40分は経ってるでしょ?」
「そうね、おかしいわね」
「係長っていつも早食いじゃない? 40分で食べきれない量の刺身でも注文したのかなー」
「京子、私たちも行ってみましょ」
私たちはその定食屋へ入った。テーブルが五つとカウンター席が数席あるだけの小さな定食屋だった。常連客と思われる人が数名いた。しかし、係長の姿はなかった。
「いらっしゃい。どうぞ、好きな席に座って」
店主が声をかけてきた。
「あっ、あの。40分くらい前に、この店に30代後半の男性が来たはずなんですが」
私は警察手帳を見せながら店主に尋ねた。
「いや、来てないね。馴染みの客しかいないよ」
店主はそう言って、客の方に顔を向けた。私は3人いた客を見た。全員が30代に見えたが、係長ではなかった。
「そんなはずないわよー。私たち、確かに見たんだからー、この店に係長が入って行くのー」
「係長?」
「ええ、私たちの上司にあたる方です。確かに私も見ました。係長がここに入るのを」
「いや、見たって言われてもねえ」
店主は困惑した表情で返答した。常連客も不思議そうにしていた。
「今日は俺らしか来てないよ、刑事さん」
常連客の一人が言った。
私たちはおかしいと思いながらも店から出た。店に入ったように見えただけかもしれないと考えた。この定食屋「北の海」の左側は店の駐車場になっており、右側に民家が連なっていた。もう一度、さっきの角まで戻って、「北の海」の方向を見てみた。私たちの見間違いかもしれないと思った。そして店の右側の民家を数件訪ねてみたが、留守だった。
私たちは係長のことを完全に見失った。係長が「北の海」に入っていったのは、見間違いだったのか。それとも、係長は民家のどこかにいるのか。そして居留守を使っているのか。とても不思議だった。私と京子は首をかしげるしかなかった。
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