第5話 再びホテルへ

 私たちは海豹ホテルへ戻った。

 1階のレストランで三人で夕食を取った。

「さて、温水プールで泳ぐかなっと。どうだ、お前らも一緒に泳ぐか?」

「私は遠慮しまーす」

「遠慮すんなって、水着なら俺が買ってやるからよ」

「県警のセクハラ相談窓口に通報でいいですかー」

 京子が言うと、係長はしょんぼりと去っていった。


 夜、時計の針が0時を回っていたころ、私は目が覚めたので、こっそりと部屋を抜け出して1階ロビーへ行った。私はちょうどその時、係長がホテルから出て行くのを目撃した。相田さんと逢引でもするんだろうかと考えた。それから、私は自販機で紅茶を買って、眠たくなってきたのですぐに部屋に戻ったため、係長がいつホテルに戻ってきたのかはわからなかった。


 翌朝、係長は自分の部屋に戻っていた。私と京子は係長に挨拶を済まし、11時にホテルをチェックアウトした。空港までのタクシーを呼ぼうとしたら、ホテル入口に到着した車からスーツ姿の男が数名出てきた。その中の一人は尾崎刑事だった。ロビーにあるテレビではちょうどニュース番組が流れていた。私と京子は驚いた。漁港近くで人が死んでいるのが発見されたというのだ。殺されたのは、西網走漁業組合の佐々岡という人物だった。

「ウソ? マジでー?」

 漁港では盗みが多発していると聞いてはいたが、まさかこのタイミングで殺人事件が起きるなんて驚く他なかった。

 そして、先程の男たちが尾崎さんを先頭に、係長を取り囲んで戻ってきた。

「係長! 尾崎さん! 何かあったんですか?」

 私は駆け寄った。

「香崎さん。実は、村田さんに、殺人事件の重要参考人として網走署までご同行いただくことになりました」

「マジでー? どういうこと?」

「おう、磯田、俺にもさっぱりわからん。でも心配しなくてもいい」

「いーえ、全然心配してませーん」

「……」

 係長は悲痛な顔で車に乗り込んでいった。

「京子、私たちも署まで行きましょう」

 空港へ行くはずだったタクシーで私たちも網走署へ向かった。


 私と京子は関係者として網走署の刑事課へ通してもらった。そして尾崎刑事から説明を受けた。殺害現場に、村田係長の名刺が落ちていたということだった。それで重要参考人として事情を訊くことになったというのだ。第一発見者は、北網走漁業組合会長の桜井さんだった。

「被害者が西網走漁業組合でー、目撃者が北網走漁業組合ってー、ややこしいー」

「京子、そんなことどうでもいいのよ……。でも、北網走漁業組合の桜井さんって、昨日、署内で取り巻き連れて文句言ってた人じゃなかったっけ、尾崎さん?」

「ええ、そうです」

「あのイルカの帽子の人ね。あの人、堅気には見えないんだけど……京子、どう思う?」

「あの人、絶対ヤクザよー」

「やっぱりそう思われますか。網走では、桜井さんたちのことを暴力団みたいだと思う方が多いです。あの人、ここ網走では嫌われてるんですよ」

「やっぱ、そうでしょー」

 私は外見で人を判断するのが好きではないが、桜井さんは内面からにじみ出る人間性が普通ではなかった。

 奥の部屋から大きな声が聞こえてきた。

「俺らは税金払ってるんだ! 警察にはちゃんと仕事してもらわないと困る! 全く」

 桜井さんがぶつぶつと文句言いながら部屋から出てきた。前日と同じく、イルカの帽子をかぶっていた。寒いのに半袖シャツだった。そして部下から受け取ったコートを羽織った。その時、チラッと、腕の内側の刺青が見えた。桜井さんは肩で風を切りながら帰って行った。

「小春、あの人、腕に刺青入れてる。しかも、ラッコだったよね、ヤバくねー?」

「ラッコの刺青か……。係長の着ぐるみもラッコだけど、まあ、関係ないだろね」

 尾崎刑事が刑事課の責任者らしき人に呼ばれて、話をしていた。しばらくして私たちのところへ戻ってきた。

「香崎さん、磯田さん、村田さんを留置所に勾留することに決まりました」

「マジで!」

「桜井さんが、村田さんらしき人を昨夜、事件現場で見たと証言しましたので……」

 私は、前夜に係長がホテルから出て行くのを見たことを尾崎さんに言えなかった。私は課長に連絡して事の次第を伝えた。そして私と京子はまだ網走に滞在することになった。とりあえず、私たちは海豹ホテルへ戻り、再び宿泊の手続きをした。

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