第7例目『congratulation』
~青春を取り戻せ~
そんなありきたりなキャッチコピーで発売されたVR専用恋愛シュミレーションアプリ『The last youth』
同時接続が可能で多様な設定を備えているこのアプリは、VR黎明期からのロングセラーで今年に入って10作目だ。
タイトルを重ねるにつれて性能は飛躍的にアップ。
この10作目はついに脳波を検知して、寝たままでも走ったりジャンプしたりもできるようになり、部屋にいながらバスケの試合を楽しむ事もできる。
そんな『The last youth』に毎日のようにログインしている晴人(はると)には目標があった。
それは同じクラスの蓉子ちゃんへの告白だ。
このゲームは学校生活の一年間をリアルタイムに合わせて三ヶ月ほどに圧縮している。
例えばゴールデンウィークと夏休みはリアルでは三ヶ月空いているが、ゲーム内では数週間だ。
ざっくりと人が集まりやすい土日に学校行事を体験できるイベントが仕込まれていて、中でもクリスマス・バレンタイン・ホワイトデーなどのビッグイベントには運営からのログインボーナスもあるので、やり込んでいるユーザーであれば必ずと言っていいほどのログインが見込まれる。それもロングセラーの秘密だろう。
「いよいよだな、晴人」
「あ、ああ」
今日はVR空間内では12月24日。
クリスマスイブだ。
周りにはカップルらしき人影もたくさんいるが、音声のシステムを制御して会話の範囲を設定している。ちなみに晴人の会話の範囲設定は晴人、友達のカゲヤマ、そしてこれから会うもうひとり。この三人だけのグループに設定してある。
校舎の屋上を見上げると澄み切った空に満点の星空。
それをひっそりと彩るほんの少しの白い雪が、パラパラと落ちている。
「なんだ緊張してるのか?」
「だってさ……俺告白なんかするの初めてでさ」
「知ってるよ。だから今日、勇気を出すんだろ?」
「そうだけど……いいよなぁ。カゲヤマはもうずっと前に告白して成功済みだしさ」
「はっはっは。そうだ。俺は経験者だ。だから案ずるな」
「どういうことだよ?」
「なるようにしかならん!」
「おい!」
引っ込み思案な晴人に対して、友達のカゲヤマは考えるよりまず行動タイプの体育会系だ。
晴人はなにかにつけて大きな場面で決断を先送りにしがちだが、カゲヤマはあとになって「うわぁぁ! 失敗したぁ!」と叫ぶタイプだ。
だけど、こと恋愛に関しては、幾度となくアタックを繰り返しリアルでもVR内でも彼女をもっていた経験のある猛者だ。
「でもカゲヤマの言う通りだよ。なんでも行動しないと始まらないって」
「そうだぞ」
「俺もカゲヤマみたいな性格に生まれたかったなぁ」
「くよくよしたってしょうがないだろ。今からだって遅くない。少なくとも今日お前は蓉子ちゃんに告白するんだろ。それだけでも立派な成長だ」
「大げさに聞こえるけど……うん。俺、嬉しいよ」
「おい、蓉子ちゃん来たぞ。じゃあ俺はいったん消える。終わったら通知飛ばしてくれよな」
そう言ってカゲヤマは晴人と蓉子の見えない位置へと移動し、会話グループからも一時的に抜ける。
「晴人くん?」
「よ、蓉子ちゃん!」
晴人の声が上ずるが、蓉子の声もいつもとは違って緊張と淡い期待を含んでいるのがわかる。
「きょ、今日はいいクリスマスイブだね」
「う、うん……」
「あ、あのさ……」
「うん、そこ、すわろっか。温かい飲み物も持ってきたし」
「ありがと」
晴人は屋上の上でもさらに人気の無いベンチに蓉子を案内する。
VR内のアイテム欄からホットドリンクを取り出し蓉子に渡す。
温度も感じられ、まるで本物を持っているかのようだ。
「わぁ! あったかい。これ、私の好きなチョコレートドリンク。覚えててくれたんだ」
「うん。秋の文化祭の時に蓉子ちゃん、たくさんおかわりしてたからさ」
「ちょ、ちょっと! そこは忘れてよ!」
「あはは。ごめん。でも美味しそうに飲んでる姿可愛かった。天使みたいって思っちゃった」
「て、天使って! もうなにそれ」
そんな感じで他愛のない会話は弾んでいく。
VR空間で過ごしたたった数週間も、ここにいる彼らには現実と遜色のない思い出だ。
だけど、VRだろうが現実だろうが時は過ぎる。
刹那は過ぎ去り、瞬いている間に時は積み重なる。
だから、今度は。
「ねえ、蓉子ちゃん」
「なに?」
晴人は空を見上げていった。
「僕、このVR空間にこれてよかった。現実とはだいぶ違うけど、やっぱり楽しい。それに取り戻せない時間もここではやり直させてくれる」
「うん。そうだね」
「でもやっぱりさ、」
晴人は蓉子へ向き直る。
「時間が経っちゃうのは一緒だから、後悔のないように言うね」
「はい」
「蓉子さん。僕はあなたのことが大好きです」
一瞬だけ、本当に一瞬だけ。
二人にしかわからない間があった。
だけどそれは、晴人の勇気を後押しした天使の祝福ほどの短い間。
「はい。私も晴人さんのことが大好きです」
◆
「影山さん! 父はどうなりましたか!!」
病院のとある一室。
ベッドにはVRゴーグルを被っている老人が1人。
そして影山、と呼ばれた人物は椅子に座っていて、今まさにVRゴーグルを外して「ふーっ」と一息ついたばかり。
こちらも一般的には老人、年寄と分類される年齢で、ふたりとも80歳だ。彼らは子供の頃からの友人なのだ。
そして影山に父親の様子を聞いた人物。彼はベッドに横たわっている大村晴人の息子、優(ゆう)だ。
他にもベッドから少し離れて部屋の端の方では医師がその時のために待機していた。
「優くん」
「はい」
「晴人はやり遂げたよ」
「父さん……」
優は横たわる父を見る。
「もうこれは外しても大丈夫でしょうか?」
今度は医師に尋ねる。
「まだ息があります。今のうちに」
優は静かにゴーグルを外す。
晴人は柔らかな笑みを浮かべ、穏やかな表情でうっすらと泣いていた。
「父さん、大丈夫?」
「……ゆう、か……」
「うん。俺だよ。うまくいったんだね」
「……ああ。ありがとうな。最期にこんなわがまま聞いてくれて。本当は一緒に過ごしてやりたかった。でもなぁ……後悔あったから。それだけ、どうしても、ずーっと。ずーっと心残りでなぁ」
「いいよ。父さんの人生だから」
「そう言ってくれると、嬉しいなぁ。なあ、カゲヤマ」
「おう。なんだ」
「ゆうのこと、たのむな……こいつ、まだ結婚もしてないから、心配……でよ……」
「ああ」
「庭の草むしりもたまには……やってくれよ。良子(よしこ)は、きれい好きだったからなぁ……」
「ああ……」
「それと、墓参りもしっかりな……良子、おまえがくるの、毎月楽しみにしてたからなぁ……マッチとろうそくの場所、わかるか?」
「わかるよ……父さん……」
「それと……ちゃんと食えよぉ……」
「……うん……」
「あとは……そうだなぁ……」
徐々に晴人の言葉が小さく、弱くなっていく。
「…………そうだなぁ…………ゆう、ほしは、きれいだぞ……………………」
「父さん…………ありがと……」
静まり返った病室。
医師が静かに告げる。
「11時58分です」
「ありがとう……ございました」
晴人は病室の皆に深々と頭を下げた。
2月18日 午前11時58分。大村晴人はこの世を去った。
◆
――ゲームをログアウトしました――
とある家のとある一室。
「はぁ」
「どうだった?」
「設定80年でやりこみ要素強めにするととにかく疲れるわ。何時間経った?」
「うーん。5時間ぐらい?」
「そんなもんか。けっこうエグいな」
VR技術が進歩してはや数十年。
その技術は時間の感覚までもコントロールできるようになり、VRゴーグルを被っての非日常体験は最近ではもっぱら人生という膨大な時間をシミュレートするツールとして進化を遂げてきた。
「で、結局どうだった?」
「幸せそうだったよ」
「そっか」
「うん。だから俺、決めたよ」
そう言うと晴人は彼女に向き直る。
「良子さん。僕と結婚してください」
「はい。よろこんで」
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