第6例目『ボタンを一つ外すだけでも大変なんだ』
四月。新学期を迎えて私、一ノ瀬飛香(いちのせあすか)は二年になった。
私の通う高校は市内で一番の進学校だ。試験は少しの気の緩みも許されない。なにせ来年は受験も控えている。なんならもう始まっていると言っても過言ではない。みんなが受験へ向けて整え始め、張り詰めた空気すら感じる。
だから私は驚いた。そんな時期に転校してきた彼女のことが。
はじめてのクラス替えでみんなが人間関係に手探り状態の中、先生が呼び込んだ彼女の第一印象は”めっちゃ紫”だった。
一流の大学を目指す生徒がひしめく中、彼女の格好は相当に目を引く。
髪型はふんわりとボリューミューでありながら、その長い癖っ毛を器用にツインテールに結わえている。さらに髪色は紫色のグラデーションだ。
男女共用であるブレザーの上着は着ておらず、代わりに学校指定の運動着である緑色に黒のストライプが入ったジャージを羽織っていた。
彼女は黒板に名前を書く。綺麗な字だ。
桜真美(さくらまみ)。
名前は普通だが名字が珍しかった。ちょうど今の季節にぴったりだ。なのに当人の髪は紫色。そのギャップがとても強い。
「わたしー桜真美っていいまーす。よろしくお願いしまーす」
気の抜けた挨拶をする彼女。その後特にプロフィール紹介をするでもなく、自ら担任へ「あそこ空いてるみたいなんでー座ってもいいですかー?」と聞く。
教室の一番うしろの窓際の席。私の隣だ。
「あ、ああ。どうぞ座って」
桜さんのマイペースさに気圧される担任。もうちょっとしっかりしてくれよーと思ったものの、桜さんが教室に入ってきた瞬間から彼女のペースがクラスを包んでいる。私のとなりに座ると「よろしくー」とこれまたさっき同様気だるそうな声で挨拶をしてきた。
「あ、うん。よろしくね」
声の上ずりを自覚してはじめて自分が緊張しているとわかった。不思議な子だ。でも顔はとても綺麗で大人びている。
「私は一ノ瀬飛香(いちのせあすか)。クラス委員長と演劇部をやってるの。よろしくね」
私も頑張って笑顔で返す。だけどすでに彼女の視線は窓の外、雲の上を眺めている。クラスのみんなも今までにない人種にどう接して良いのかわからず、それでも勇気のある女子が転校生を珍しがって休み時間に声をかける。
「どこから来たの?」「ぎふー」
「お父さんの転勤?」「そうだねー」
「好きな食べ物ってある?」「美味しいものー」
……と、こんな感じで一問一答で終わってしまう。
結局休み時間のたびに声をかける者は一人、二人と減っていった。
そうして午前の授業が終わり、お昼になり、ホームルームを迎えるまで、結局誰一人として彼女と仲良くなることはなく、そんな感じで二日、三日と時間は流れ、一週間もすると彼女に話しかける者は殆どいなくなった。
隣の席の私は彼女とクラスメートの微妙な空気感を感じつつ、隣人としてどう接していこうかと日々悩んでいたが、そのきっかけは直ぐにやってきたのだった。
私の学校の試験は定期試験の他に突発の小テストや学力テストなど様々な名目で雨あられのように降り注ぐ。学年が変わって一週間後に行われた学力テスト。
その数日後の昼休み。廊下の掲示板に張り出された順位表を取り囲む人混み。その中にいた友だちが私を見つけると、
「あ、飛香!」
「どうしたの?」
去年までクラスが一緒だった友だちに声をかけられる。
「惜しかったね!」
その言葉を聞いて、私は順位表を確認する。一番上。桜真美の名前があった。
「桜真美ってだれ?」
「私のクラスの転校生」
「転校生!? うちの転入試験ってめっちゃ難しいのに! でも納得だわ。五科目満点なんだもん」
「うん。すごいね」
正直驚いた。自慢じゃないが私も成績は良いほうだ。一年の時は大体学年で一番か二番。悪くて一桁後半という成績だ。学外模試もそれなりの偏差値が出ている。
今回のテストだって手応え的には一番だった。が、まさか全教科満点を取る人物がいることなど想定外だ。別に悔しくはない。
学業は自分との戦い。志望する大学へ入る成績をキープできていれば問題ない。
だけどあの桜さんがこんなに頭がいいとは予想外だった。
たしかにうちの転入試験は難しいとは聞いていた。だけど彼女の初対面のインパクトが強すぎて、転校=転入試験必須=頭がいいという図式を完全に失念していた。
「あれ? 飛香。もう行っちゃうの?」
気づくと友だちの声は背中の後ろ。
「うん。用事思い出しちゃって」
そう言うと私は早足で廊下の人混みをかき分ける。多分あそこにいる。
目撃情報を噂で聞いた程度だけど。普段登らない階段を駆け足で上り、重い鉄扉を両手で力いっぱい引っ張る。目の前に広がった青い空。灰色の鉄柵とコンクリートの地面。そこに並べられているベンチの一角に彼女は座っていた。
「桜さん!」
何も考えていなかった私は、こちらを振り向いた彼女にとっさに、
「試験の結果、出てるよ。うちの学校廊下に張り出すんだ。場所、わからなかったら案内しようか?」
なんとかそれらしく言葉を続ける。
「しってるー」
空を眺めたまま気の抜けた返事がくる。
「もう見たの?」
「みてないよー」
「気にならないの?」
「べつにー」
「私が教えてあげようか?」
「べつにいいよ。興味ないしー」
「桜さんすごいんだね。全教科満点で一番だよ。すごいよ。私も一年の時は一番取ったことあったけど全科目満点は一度もなかった」
会話が噛み合っていないのを承知で話を続ける。
「なにそれー? じまんー?」
満点のあんたがそれを言うか! と思ったけど、ようやくこちらを向いて口元だけが笑ったような気がした。
ここだ! と思い私は距離を詰めて彼女の横まで行くと、
「座ってもいい?」
「駄目って言ったらー?」
「立ってる」
「なにそれウケるー。じゃあそのまま立ってて」
「……」
「冗談だってー」
「あ、冗談なんだ」
「なにそれ。ウケる」
何がウケてるのかわからないけど、今度は目元まで笑ってくれたので敵意は向けられていないと思う。歓迎されているかも怪しいけど。私は彼女の隣へ座る。
「桜さん、勉強得意なの?」
「不良だと思ってた?」
「別に、そんなことは」
「まぁこんなだからねー。よく言われるし。あ、でも去年ケーサツに補導されたから不良かもねー」
「補導!?」
「そんなに驚くことなくなーい? 私が前にいた学校ではよくあったんだけどなー。こっちではないの?」
「ないよ。補導なんて。一応市内じゃ一番有名な進学校だから」
「ふーん」
「どうしたの?」
「進学校と補導されることって関係ないのになーって思って」
「そうかな。だってうちって真面目な生徒多いから。だから補導される生徒って今まで聞いたことないかなって」
「一ノ瀬さんは真面目なの?」
「わからない。でも多分不真面目ではないと思う。遅刻もしないし授業もちゃんと出席してるし。……それにお母さんとお父さんの言うことも聞いてるし」
だけど相槌は返ってこない。気まずい沈黙が流れる。それから彼女の気を戻そうと色々と質問をしてみた。だけど何を聞いてもはぐらかされてる気がして、会話が続かなかった。本音を言えばどうしてそんな服装や髪型をしているのかは気になってはいるが、うちの学校は成績さえ良ければ他は自由という校風なので、それを聞くのもなんだか違う気がしたのだ。何より「見た目がなにか関係あるの?」みたいに返されるのが嫌だったのかもしれない。
そんなことを考えている間に午後の授業の予鈴が鳴る。
「桜さん。午後の授業始まるよ」
「もうちょっとだけここにいるー」
「遅れないでよ。漢文の先生、遅刻には煩いんだから」
「はーい」
鉄扉を開けたまま私は教室へ早足で戻る。着席して準備をして先生が入ってくる。
午後のチャイムが鳴り授業が始まった。結局五限目も六限目も彼女は戻ってこなかった。その日を境に桜さんはよく授業をサボるようになった。
ゴールデンウィーク明けの初日。
担任の教師がクラスのみんなに「桜さんは事情があって数日欠席になります」という短い報告をしてきた。それから休み時間になると、
「一ノ瀬さん。今日の学校が終わったら桜さんへプリントを届けてもらえますか。下旬にはまた小テストがありますし」
「わかりました」
「よろしくお願いしますね。あとで職員室に取りに来て下さい」
桜さんに何があったかわからないけれど、屋上の一件からたまに会話はするようになった。ただすごく仲がいいと言うわけではない。
ゴールデンウィーク前も「これ、桜さんに渡してもらえる」と頼まれたことが何回かあった。自分で持っていけばいいじゃん。クラス一緒なんだしと思ったけど、偶然なのかどの子も「急いでるからお願いね」と桜さんと接点を持ちたくないような言い訳を残して去っていったのだ。どう接していいかわからない桜さんと話をしているというだけで”桜真美の件でなにかあれば一ノ瀬飛香に頼めばいい”という空気感が出来上がってるのはその時あたりから感じていたことだ。
放課後職員室に寄ってプリントと桜さんの家の地図を貰う。
「じゃあよろしく頼むね」
「はい。失礼します」
職員室を出て扉を閉める。
「先生、なんで欠席の理由教えてくれなかったのかな」
聞いてみたが”家庭の事情”と言ってそこに関してはまるで取り合ってくれなかった。
「そうだ。部活に顔だして休みますって伝えないと」
「お疲れさまでーす」
部室、もとい教室に入る。
演劇部は四階の空き教室を利用しているので机や椅子は殆ど無い。少しだけ残されたそれらを端に寄せて荷物置きとして使っている。
部室には部長の天堂瑠子(てんどうるこ)先輩だけしか来ていなかった。
体操着に着替えてストレッチをして体を温めている。
「おつかれ、飛香」
「お疲れさまです。部長今日はお休みさせてください。それを言いに来ました」
「なんかあったの?」
「大した用事じゃないんですけどクラスの子が数日学校を休むことになって。それで担任からプリントを持っていくように頼まれたんです」
「うん、わかった。行っておいで。」
「ありがとうございます。あ、そうだ先輩」
私は鞄から地図を出す。
「ここなんですけどわかります? 私、この辺行ったことなくて」
「どれどれ……わぁ! ここって高級住宅街じゃん。そこのタワーマンションだよ、ここ。こんな金持ちうちの学校にいたんだぁ」
「先月転校してきた子なんですよ。桜真美さんって言って。ちょっと変わってる子なんですけどね」
「桜真美さん?」
「はい。知ってるんですか?」
「詳しくは知らないけど、転入試験満点の転校生がいるって聞いた。飛香んとこの子だったんだ」
「転入試験も満点なんですか!?」
「も?」
「はい。四月の学力テストも全科目満点だったんです」
「はぁ……世の中いるもんだねぇ。こりゃ東大にでも入るのかしら。でもその桜って子、変わり者なんでしょ?」
「それも知ってるんですか?」
「私の友だちの教室がさ、屋上に行く階段のそばなんだけど毎日登っていくのを見るんだって。で、降りてくるのは大体放課後。もしかして授業サボってたりする?」
「テスト終わってからはよく。午後の授業は大体いないですね」
「頭のいい不良って漫画の世界だけかと思ってたわ。うちって進学校だから授業もテストもそれなりに難しいんだけどさ、飛香が持っていこうとしてるそれ、もしかしたら役に立たないかもね」
「プリントですか?」
「そ。こんだけ頭よくて試験も満点なら課題のプリントやっても退屈でしょうがないんじゃないかな。ま、私ら凡人には理解の及ばないところだけどね」
「はぁ……」
「いいから行っておいで」
「はい。ありがとうございます」
電車を乗り継いで来た場所は、人通りはそれ程多くなく、代わりに広い道を真っ赤なスポーツカーがゆっくりと走っている。
スカイタワーA棟 28階 3号室。
自動ドアをくぐると広いエントランス。その壁際に数字の書かれたパネルがある。
先生のメモによると283と押したあと、呼び出しボタンを押すみたいだ。
ピーンポーン。
『はい。桜です』
パネルの液晶に女性の顔が映し出された。多分桜さんのお母さんだろう。
「あ、あの。桜さんのクラスメートの一ノ瀬です。数日間お休みすると聞いてプリントを持ってきました」
『まぁ! 真美のお友達なのね?』
「あ、はい。同じクラスメートです」
『真美のお友達なんて久しぶりだわ! どうぞ入って頂戴』
やや会話が噛み合わないまま二枚目の自動ドアが開く。
エレベーターに乗って28階のフロアボタンを押す。
その箱は、デパートや友だちのマンションのそれとは違い、階床ボタンの点灯が次々に上へと登っていく。なのに揺れずにあっという間に高層階へと私を運んでいった。
マンションの内部は外が見える造りではなかったけど、高所恐怖症の私としては安心した。
そして3号室を見つけてインターホンを押す。
桜さんのお母さんが出てきたのでプリントを渡して帰ろうとしたけど『真美の友達だなんて嬉しいわ!』と何度も言うので上がることになった。
「真美ー! 学校のお友達がプリント持ってきたわよー」
『……友達? だれ?』
「一ノ瀬さんよ」
『…………』
「真美ー?」
『わかった。開けるからお母さんはどっか行ってて』
「あとでおやつ持ってくるわね」
『はいはい』
なんとも親子らしい会話が終わると、お母さんは戻っていった。
静かに扉が開くと、
「入っていいよー」
と真美が顔を覗かせる。
「あ、ありがと」
突然の展開に緊張しつつも私は彼女に促されるまま部屋へと入った。
部屋は高校生にしてはちょっとだけ広い。壁には制服が掛けてある。本当に普通の部屋。ただしぬいぐるみの数を除けば。この部屋は至るところにぬいぐるみが転がっている。ベッドだけでも七体ぐらいの大小様々なぬいぐるみが置いてある。
「あー、これー? 全部ゲーセンで取ったのー」
「え?」
まるで心の中を読まれたような、ドンピシャのタイミング。
「私は心が読めるのだー。なんたってエスパーだからー」
「え、エスパー!?」
「なんてねー。まー私も自分でこの数にはドン引きだからねー。驚いた?」
「うん。とっても。私もぬいぐるみ持ってるけど2個か3個。旅行の時にお母さんが買ってくれたやつ」
「へー。なんかそれ、いいね。思い出ってやつー」
「そうかな。普通だと思う。でも大切にしてるよ。桜さんもこんなにいっぱいあるからぬいぐるみ好きなんでしょ」
「好きは好きだけどねー。ところで私になんか用事ー?」
「あ、そうだ」
いけないいけない。つい話し込むところだった。
「はいこれ」
「なにこれー」
「学校のプリント。今週分の課題がまとまってるから。これ勉強しておかないと月末の小テスト大変だと思うから。先生に言われて持ってきた」
真美はプリントの束をパラパラとめくる。少し無言の時間が続いてから、
「先生から私のこと聞いた?」
「何も聞いてないけど」
「私さー。補導されちゃったんだよね。ゴールデンウィーク中に」
「え?」
「ぬいぐるみが欲しくてさー。それでついつい夜中までゲーセンに入り浸っちゃって。そしたら誰かが通報したみたいでケーサツ呼ばれて。そっからお説教。結局親も呼ばれてその日は大変だった。なんか学校にもバレちゃって。学校も前代未聞だったみたいでーそれでウチの親と話し合って1週間の自主休学って形なんだってー」
学校や両親、警察の人に迷惑をかけたのにそれを感じさせない口調に、私は少しだけムッとして言い返してしまった。
「そんな言い方、良くないんじゃないかな。ご両親も学校の先生も、警察の人も桜さんにちゃんとして欲しくて言ってるんだから。別にゲームセンターに行くのが悪いって言いたいわけじゃないけど、やっぱり高校生なら高校生らしくちゃんとした方がいいって私も思うけどな」
「”ちゃんとする”って何?」
「それは、」
「一ノ瀬さんの言うこと、理解は出来るよ。でもちゃんとするって何?」
いつもの間延びする喋り方とは違う。
「それは、遅刻しないで学校に行って両親の言うことを聞いて、進学して就職して……そうなるための道を外れない。それが”ちゃんとしてる”ってことだと思うよ」
「そっか。それが一ノ瀬さんの道なの?」
「普通そうじゃない?」
「行くべき道に進めるようにするってことが”ちゃんとする”それであってる?」
なんだろう。いつも何を考えているかわからないぐらいにふんわりしている彼女なのに、どうして今はこんなにも論理的なんだろう。
いや、そもそもちゃんとしてるって表現が曖昧なんだから、論理的かどうかなんてわからない。だけど彼女は畳み掛けてくる。
「じゃあその道が人によって違ったら、ちゃんとするの中身は人によって違うってことでいいんだよね?」
その言葉は正論だ。それに今の桜さんには抗えないなにかが、ある。
「それは……」
「私みたいな不良少女が何言うの? って思うかもだけど、私だって私なりにちゃんとしようとしてるの。ただそれがみんなとかなり違うってだけで。そりゃ高校を卒業して大学に行って就職して……そんな一般的な道を良しとしている人からすれば、私はちゃんとしていない。わかってるよ。親や学校に迷惑をかけてることは。でもそれと私なりの”ちゃんとする”は別だから。一ノ瀬さんを不快にさせたのは、その……ごめん。ただ分かって欲しかったの。私の価値観も知らないのにちゃんとしてって言われるのが、嫌だってこと」
「ごめんなさい」
「……べつに。私もちょっと言い過ぎたかも」
「今日は帰るね」
桜さんが復帰したころ、学校内では彼女の噂でもちきりだった。なにせ素行も良く成績もトップの進学校から、初めて補導された生徒が出てそれが原因で数日欠席したのだ。表向きそれを言ったり、いじめをしたりする生徒は今の所現れていない。たまにヒソヒソと声も聞こえてくるが、皆一様に、自分の勉強に影響しないかや、桜さんに関わって内申点が下がったりするのを恐れている感じだった。
昼休みが終わり予鈴が鳴る。午後の授業が始まった。やっぱりというか当然のように五限目の授業も欠席だ。もしかしてみんなから噂されてるのが嫌になったとか?いくら桜さんが私たちに興味がないとはいえ、同じ人間だ。色々言われるのは嫌に決まっている。それに桜さんには桜さんなりのちゃんとした生き方があるんだ。
それを知ってるのは学校中で私だけだ。だったら私だけは桜さんの味方でいてあげたい。五限目が終わると私はすぐに職員室に行った。そして教室に戻ると教科書を鞄に詰める。
「一ノ瀬さん、どうしたの?」
「ちょっと熱が出てきちゃって。早退することにしたの」
「大丈夫?」
「うん。先生には話してるから心配しないで」
クラスメート数人に事情を伝えていると六限目の教師が入ってくる。
「一ノ瀬さん。話は聞いています。気をつけて帰ってくださいね」
「はい。ご心配おかけします」
六限目の授業が始まると同時に、私はゆっくりと教室をあとにする。授業開始と同時に退室したのは目撃者を極力減らすためだ。私はそのまま屋上への階段を駆け足で登って鉄扉を開く。
桜なんかとっくに散って見下ろしても綺麗な景色は何一つ無い。ただただ灰色の街と地平線から広がる青い空に白い雲。私は彼女が座っているベンチの側に行く。
今度は断らずに横へ座った。
「久しぶり」
「この間ウチにきたじゃん」
「学校ではって意味」
「午前中は教室にいたけどー」
「そうだけどちゃんと話すのは今が久しぶりでしょ。いちいち揚げ足とらないでよ」
「ごめんごめんー。一ノ瀬さんからかってると面白くてー」
「あのさ、」
「なにー」
「この間はごめんね。その、ちょっと無神経っていうか踏み込んじゃったみたいで」
「あー、それは私もごめんかもー。一ノ瀬さん、部活休んでまでプリント持ってきてくれたのにね。ありがとねー。あの日お礼言えなかったし」
こちらに姿勢を直すと、桜さんは頭を下げて謝ってきた。
「別にいいよ! もう過ぎたことだしさ。それより大丈夫?」
「なにがー?」
「ほら。周りがなんか言ってること」
「あー。まーちょっとは気になるけどねー。でも気にしてもしょうがないし、私はいつも通りの私でいるだけだしー。ってか一ノ瀬さん授業は?」
「あ、えーっと……その……早退するって言って教室を……出てきた」
「なんで?」
「なんでって。桜さんがちょっと心配だったっていうか放課後はすぐどっか行っちゃうし、今しかないかなって」
私は俯いて説明する。なにせ同級生に堂々と授業をサボりましたと告白しているのだ。今までこんな経験はなかったから少し照れくさくもあった。
「ふふ。本当に一ノ瀬さんって面白いなー。それと、」
彼女は私の顔を下から覗き込んでくると、
「ありがとね」
と言ってきた。
「どうしたのー?」
「べ、べつに、なんでも!」
「でもこれで一ノ瀬さんも私と一緒だねー。サボり魔」
「一緒ってわけじゃ!」
「一ノ瀬さん、ちゃんとしないとだめですよ」
「それ担任のつもり? 全然似てないんだけど」
「えーそうかなー」
「そうよ。こんな感じよ『桜さん、ちゃんとしないとだめですよ!』」
「似てるにてるー超ウケるんだけどー。一ノ瀬さんモノマネ芸能人になったらいいのにー」
「えー、なれないよ」
「そうかなー。ってか一ノ瀬さんってなりたいものとかあるのー?」
なりたいもの。
そんな問いかけを聞いたのはいつぶりだったか。
「どうしたのー? 教えてよー」
「別にそんな大したものじゃないよ」
「えー、気になるじゃん。そうやって焦らされるのー」
「じゃあ桜さんがなりたいものを教えてくれたら教えてもいいよ。だって桜さんは桜さんなりにちゃんとしてるんでしょ?」
「うわー、性格わるいんだー」
「ほら。言いなさいよ」
「うーん。っていってもなー」
桜さんは珍しく口ごもり、うーんと唸りながら視線を上にやる。
珍しく悩んでいるみたいだ。
「しょうがないなー。一ノ瀬さんにだけ特別なんだけどね」
「うん」
「私、普通じゃない何かになりたいの」
「普通じゃないなにか?」
「息苦しいんだー」
「息苦しい?」
「小学校に上がったばかりだったかな。授業でチューリップに色を塗りましょうって授業があってさー」
「低学年だとありがちだよね。私もやった記憶がある」
「先生は好きな色を使って塗りましょうって言ったの。だから私は全部のチューリップを紫のクレヨンで塗ったの。紫ってなんだか独特な雰囲気があってさぁ、その時の私は魅了されたのかも。それでチューリップ以外にも紫で思うがままにお花を描いて」
「うん」
「そしたら先生に『チューリップは赤やピンク、黄色が普通よ。それにお花を描いてとは言ってないの。桜さん、みんなと同じようにちゃんとしないと駄目ですよ』って」
「うわー。ありがちだね」
「それでなーんか馬鹿らしくなっちゃってさー。それから型にハマるのがいやになっちゃって。それで私は集団に居る間は普通にもしないしちゃんともしない。まーそんなわけで小学校低学年のころからずーっと反抗期なわけ。だからこの間ちょっと嘘ついちゃったよね。私なりにちゃんとしてるって言ったけど、強いて言うなら”ちゃんとしていないことにちゃんとしている”ってのが今の私なのかも」
私にはその時の桜さんの苦しみはわからない。
もちろん教師が完全に悪いという話ではない。教師だって一般的なことを言ったにすぎないし、学校教育は均一的にはみ出さないように教育することが目的だ。
結局それが今の世の中、大部分の人にとっては住みやすいのだから。
でもその杓子定規なやり方が合わない子がいるのも事実だ。事実なんだけど、それにいちいち個別に対応出来るほど学校教育の現場も、そして大多数の人間も出来上がっていないんだと思う。チューリップの課題を出した先生だって分かっていたのかもしれない。でもそこで”普通やちゃんとする”という言葉を使ったほうが、長期的に見て学校という社会に適合させるにはそうした方が良かったと判断したのかもしれない。もしかしたらこの世には”普通やちゃんと”から逃げた人間と、飼いならされた人間しかいないのかもしれない。
「はい。じゃあ次は一ノ瀬さんの番」
「やっぱりこの流れ、言わないとダメだよね」
「そりゃダメでしょ。この流れで言わないのは普通とかちゃんと以前に人としてどうかと思うなー」
彼女の言うとおりだ。
「誰にも言わないでね」
「言わないよー」
「私、役者になりたいって思ってたの。子供の頃地元にミュージカル劇団が来て。それで憧れちゃって。小学校のころはずーっと家で一人でお芝居してたの。親は遊びだと思ってたみたいなんだけど、私は本気で。それで中学を卒業したらそっちの専門学校に進みたいって言ったの」
「でも反対されたと」
「そう。役者なんて食べていけないって。学費を自分で出すなら勝手にしろって言われたけど中学生にそんなお金ないじゃない。結局諦めちゃった。でもいい大学を卒業していい会社に入ったらまた楽しいことが見つかるかなーって」
「それで今は演劇部なんだ」
「そうかもしれない。未練がましいよね。……でも本当はね、今でも諦めたくないの。チャンスがあれば演劇やお芝居の勉強をしたいって思う。でもうちの演劇部は強豪でもないからここでプロのレベルを学ぶのは無理。高校を卒業したら両親の反対を押し切って専門学校に進んで、バイトしながら役者の道をって考える時もある。けど生活も大変だろうし、なにより失敗するのも怖いんだ」
「そっかー。一ノ瀬さんって私よりも全然大変なんだねー」
「そう?」
「だって私、親の言うこととか期待とか全部無視してやってきたしねー。まあお母さんはあの通り放任主義だけど、お父さんは銀行マンだから頭固くて。忙しくてあまり家でも会わないけど、たまに一緒にご飯食べると『将来は、大学は、結婚は』って煩く言ってくるし。それで夕食の時に一緒にならないように、ゲーセンふらふらするようになって。そしたら今度は補導されるしー。逃げ場ないよねー」
「世の中息苦しいよね」
気づけば私の口からそんな言葉が出ていた。
「そうだねー」
桜さんも相槌を打ってくる。
「一ノ瀬さんさー」
「なに?」
「その格好暑くない?」
「別に。まだ五月だし」
「ブラウスのボタンぐらい外したら? 風通し少しは変わるよ?」
「でも校則違反だし」
「仮病でサボってる人が校則気にするー?」
「確かに。じゃあ――」
私はブラウスの一番上のボタンを外した。たったそれだけのことなのに今まで感じたことのない空気がすーっと胸を駆け抜けていく感じがした。桜さんは毎日こんな感覚を味わっていたんだ。紫の髪。崩したネクタイ。ボタンを外したブラウス。膝丈上のスカート。そして授業はサボる。校則違反のオンパレードだ。
普通じゃないし全然ちゃんとしていない。でもとても”らしく”見えて羨ましくなった。そして今、私もボタンを外して授業をサボっている。やった。仲間だ。
声には出さなかったけど、ちゃんとしていない自分がこの時なんだか誇らしく思えた。
キーンコーン……
「あ、チャイムだ。帰らないと。私、帰ったことになってるんだった!」
「あははー。見つかったらやばいねー」
「ほんとだよ。それじゃあまた明日。桜さん」
「真美でいいよ。飛香」
「うん! またね! 真美!」
私は一気に階段を駆け下りて学校の敷地外へ出る。ブラウスのボタンは外したままだ。開放感が私の背中を押してくれているような気がした。
夏休みも明けて九月になった。相変わらず真美は変わり者扱いをされながら成績はトップ。私はそつなく学校生活をこなしつつ、十月に開催される文化祭でやる演劇部の練習に勤しんでいた。私としては今まで通りにしていたつもりだった。
だけどある日。
「飛香。最近ちょっとのめり込み過ぎじゃない?」
「練習ですか? そんなことないです。天堂先輩ほどじゃ」
「いや、部活じゃなくてあの子」
「あの子?」
「変わり者の転校生よ」
「真美ですか。真美がどうしたんです?」
「最近一緒にいることが多いみたいじゃない」
「友達ですから。それに私は授業サボったりしてませんよ」
「飛香がちゃんとしてるのはわかるよ。生活態度もいいし成績だって好調。先生からの評価もすごくいいわ。それは私も知ってる。でも心配なのよ。あなた最近部活を休む頻度少し増えてるじゃない」
「それはすみません。でも大事な練習の日は出ていますし」
「あなたも色々付き合いがあるだろうし、うちは強豪じゃないからゆるくやってる。文化祭に出せるクオリティになれば欠席しても構わない。ただ私は心配なのよ。あまり他人の価値観に触れすぎると、大切なものを見失うこともあるわ」
「先輩。真美の何がわかるんですか? 確かにあの子は変わってますよ。校則だって破るし授業も来ない。でも根はすっごく真面目でいい子なんです」
「一時的にそう見えているだけかもしれないわ」
「たとえそうだとしても、先輩には関係ないじゃないですか。振る舞いも成績もこれまで通りにしますし、練習もちゃんとしてるじゃないですか。文化祭ではいい演技を約束しますから! ……すみません、今日は失礼します」
「飛香!」
私は部室を飛び出した。もう練習が終わって他にだれもいなかったのが幸いだった。結局帰ってからやらかしたことを猛省して、夜も遅いのに先輩に電話をしてあやまった。先輩は笑って許してくれたけど、冷静になるとたしかに今の私は真美を中心に回っているような気がした。でも真美といると新しい発見がある。
屋上のあの日から、休みの日に一緒にでかけたり、互いの家で勉強を教え合ったりもした。特に真美の教える能力は凄まじく、進学校の教師から教わるより遥かに教え方が上手で苦手科目の克服も出来た。
おかげで夏休み前の試験では全部の科目で真美に次ぐ二位になることができた。
勉強もプライベートも何もかもがアップデートされていく。自分の中の常識がどんどん更新されていく。それがたまらなく面白くて、楽しくて、快感だった。もっと真美を知りたい。知らずしらずのうちに私の思考はそうなっていったのだ。
十月に入った。来週は文化祭だ。今はその準備期間で授業は午前で終わり。午後は出来る限りその準備に追われている。教室では飾り付けが行われ、屋外では手製の木看板を切ったり塗装したりと大はしゃぎ。実行委員の人は本当にお疲れさまです。
「おーい。一ノ瀬」
「なんですか? 先生」
「桜見てないか?」
「午後から見てませんけど」
「あいつまたサボりか」
「またですか……」
「本当に困ったやつだ。勉強だけはトップなのになんでこうかなぁ……なあ一ノ瀬。おまえ時間あるか?」
「ええ。今日は準備の確認だけなのでそれほど忙しくは」
「すまんが桜を探してきてくれないか? あんまり放っておくのもなんだし」
それは学校の体裁的にですか? と口に出そうになったが、
「わかりました」
「なるべく早く頼む。すまんな」
「いえ。行ってきます」
私はクラスの同じ担当の子たちに事情を伝えると、学校を出た。
時間は十三時ちょっと過ぎ。駅前はこの時間でも人でいっぱいだ。
大通り名の入ったアーチをくぐると、両側に店がずらりと並ぶ商店街だ。
店舗に入り切らない量の在庫を入り口に山積みしてるドラッグストアや、けたたましい騒音を撒き散らすパチンコ店。さらに牛丼やハンバーガーのチェーン店がその奥にひしめき合いながら、人混みをどんどんと吸い込んでいく。
さらにその先に数階建てのゲームセンターが見えてきた。真美がいつも潜伏している場所。一階はファミリー向けで二階より上はビデオゲームやオンラインゲームの筐体がおいてある。
平日の午後ということもあってかお客さんはあまり多くないけど奥へ進んでいくと、目的の人物をすぐに発見。
彼女は壁に寄りかかってクレーンゲームの筐体を見つめていた。
「あちゃー」
「まーみー」
「よくここがおわかりでー」
「先生が心配してるよ」
「私のことじゃなくて教師の体裁を心配してるんじゃなーい?」
「こーら。二度とそんなこと言っちゃ駄目」
「考えておきまーす」
「はぁ」
彼女の視線はまっすぐにクレーンに向かっている。
(何を見てるんだろう)
視線の先が気になって私も見る。真美が何を見ているのか、まるでわからなかった。だから私も見ようとする。
「ほしい?」
「えっ?」
「あれ、飛香ほしいかなーって。ふわふわアザラシ君」
「あっ」
「どうやって取ろうかなって考えてた。好きっしょ」
「う、うん。でも今はいいよ」
「えー、なんでよー」
「だって。一応文化祭の準備中だし」
「私と一緒にゲーセンにいるのに?」
「だれのせいよ。だれの!」
「うーん。私の前の人が十回やって取れなくて私が四回やったから……多分今の人が続けてくれれば五回以内にはアームが強くなるかなー」
「って聞いてるの!?」
「飛香が駄目って言っても私はとるよー。今日はこれのとり方を考えてたんだからー……あっ」
「どうしたのよ?」
「五百円貸してー」
「両替機すぐそこにあるよ」
「行ってる間に取られちゃう」
「そんなことある?」
「あるよー。後ろでずっとこっち見てるおねーさん。あの人常連だから、私が離れたら絶対にとるよー。ふわふわアザラシ君、すごい人気なんだから。後で取ってーって言われても大変なんだよー」
「だ、だから別に私は!」
「飛香、本当は欲しいんでしょ?」
「そ、そりゃ、まぁ? 好きだし。でも今は学校の時間だから!」
「誰も見てないじゃん」
「そういう問題じゃ!」
「相変わらずだなー。こういう時ぐらい羽のばさないと疲れちゃうよ。ほらほらー」
「……しょうがないわね」
私は真美に五百円玉を手渡す。コインを入れてボタンでクレーンを操作する真美の目は真剣だった。学校にいる時のどんな時より真剣な表情だ。クレーンゲームが好きなのか。それともこれを取ることに意味があるのか。私にはわからなかった。
「あー、だめかー。でもまだまだ!」
残り回数は順調に減っていき、ラスト一回。真剣さとラスイチの緊張感につい、
「両替行っとく?」
と言葉が出てしまった自分に驚く。
「大丈夫。きっと取れるからー」
いつもの気の抜けた声。クレーンは横に動いてビタリと止まる。最後の縦移動。胸の鼓動がはっきりわかる。こんなに手に汗を握ったのはいつぶりだろう。
ゆっくりとアームが下がり、ぬいぐるみの顔の両側をギュッと掴んだ。
「やった!」
私が声を上げたと同時だった。
「こらー! また君かー!」
驚いて振り向くと警察官が二人、店内に入ってきた。
「あちゃーいいとこなのになんでかなー」
「あっ、ちょっと!」
真美に手を掴まれと「こっち」と言って走り出す。ゲームセンターの裏口だ。
迷いのない真美の動きに私は警察官とクレーンゲームを交互に見ながら、遅れて走り出した。あーあ。文化祭の準備期間だから短縮授業なんですって言えば信じてもらえたのに、なんで逃げるかなー。これじゃあ捕まったら学校に通報されるじゃない!
真美に引かれて五分ぐらいは走っただろうか。
商店街に接している大通りに出た。小道をぐるっと回って出てきたんだろうけど、行く道全部が初めて通るところだった。
真美が「はい」と言いながら、近場のキッチンカーで買ったタピオカを差し出す。
「ありがと。……あ、小銭が。さっきの五百円でいい?」
「いやーこれ私がおごるよー。あとさっきの五百円」
真美がタピオカと五百円を渡してよこす。
「いいの?」
「いいよー。殆ど私のわがままだったしね。乱数調整は完璧だったんだけどなー」
「らんすう?」
「こっちのはなしー。でも惜しかったなぁ。多分取れたと思うんだけど、後ろのおねーさんに取られちゃったかなぁ」
タピオカを飲んでいる真美はちょっと悔しそうだった。
一番最初に走り出したから見れなかっただけで、アームはちゃんとふわふわアザラシ君をキャッチして落下口まで運んでいた。それに真美は気づいていない。
あと十秒、いや五秒あったらぬいぐるみを持って逃げれたかもしれない。
「真美さ」
「なーにー?」
「逃げ慣れてるね」
「あははー。まーねー。補導も経験済みだしー?」
「自慢しないの。また学校とお母さんに迷惑かけるでしょ?」
「うん。そうだね」
「まったくもう」
「飛香さ、もう学校戻るの?」
「そりゃ戻るよ。真美を連れてね」
「それは困るなー」
「だめよ。今戻れば罪は軽いわよ?」
「何それー。刑事さん?」
「模範的な生徒よ」
「飛香は気にならないのー? さっきのぬいぐるみが取れたかどうか。もしさー、取れてたらお店の人がキープしてくれるかもよー。私常連だし」
「そんなこと言って、本当は遊び歩きたいだけでしょ?」
「えー、別にいーじゃーん。それに気になるのは本当だしー?」
「もぉ……」
「ほらぁ、戻ろうよぉ」
「しょ、しょうがないわね。アザラシ君を取りに戻るだけだからね?」
「はーい」
ご機嫌になった真美は来た道を戻る。
すれ違う人たちは皆会社員やOL、それにこのあたりで仕事をしている大人たちばかりだ。
そんな波に逆行する私達。
普通の、ちゃんとした人たちに逆らっている。
それは今まで悪いことだと思っていた。
でも今は違うのかもって思う。
普通にするのもちゃんとするのも、他人が決めることじゃなくて自分が決めることなんだって。
真美はめちゃくちゃだけど、ちゃんとしてるって思う。
私はちゃんとしてるんだろうか?
「そうだ。飛香」
「何?」
「アザラシ君が取れてるか賭けない? 飛香が勝ったら、今日は飛香の言うことを聞くしー、もし私が勝ったら今日は一緒に学校をサボるの。どう?」
「そんなっ、賭け事なんて」
「飛香はそんなに学校に行きたいのー?」
「行きたいとか行きたくないとかじゃないわよ。文化祭の準備期間だし」
「えー。しょーがないなー。じゃあサボりじゃなくて、このあと一時間だけ付き合ってに変更でどー?」
「わ、わかったわよ! 今日だけ乗ってあげる。アザラシ君は取れてないわ!」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
「ふふー♪」
「なによ」
「べーつにー」
真美は再び私の手を握ると駆け出した。
「ちょっと! あぶないわよ! 走らなくても!」
さらに大人たちの流れをかき分けて逆走する真美と私。
ぶつかる肩も、くじきそうになる足も気にしないでまっすぐに自分が進みたい方向へ進んでいく。
そんな真美に引かれると今まで感じたことのない気持ちがこみ上げてきた。
「ちょっと! 真美! 早いってば!」
私はまたブラウスのボタンを一つ開けると、真美の手を振り払って並んで走った。
やっぱりこのボタンは外していた方が走りやすいな。
商店街がある大通りから外れた小道を進むとポツンと一つ公園がある。
私が小学校の時は遊具で賑わっていたけれど、今は何でもかんでも危ない、危険、近所迷惑と理由を付けられ、今や遊具よりも注意喚起の看板が多いぐらいだ。
そんな中しぶとく生き残った砂場とブランコだけがさみしげに公園本来の姿を守っていた。
私と真美はブランコに腰かけてキーコーキーコーと揺られている。
「さっきはタピオカありがとね」
「別にいいってー。ケーサツ沙汰に巻き込むところだったしー。むしろ私こそありがとー」
「何が?」
「賭け。私に勝たせてくれたでしょー」
「別にそんなことないよ。あれは単純に半分の確率で……」
「はいはい。そういうことにしておいてあげるー」
「だから本当にっ!」
「飛香は嘘つくの下手なんだからー」
「いや、だから……」
「別にいいじゃん。サボって一時間ぐらい。ってか私が妥協案出したから乗っかってきたんでしょー?」
「…………先生に言わないでよね」
「言うわけないじゃーん」
「じゃあ一時間したら一緒に学校戻るよ」
「んー。それは出来ないかなぁ」
「ちゃんと文化祭の準備やろうよ」
「本当に用事があるんだってー。だから飛香は先生に『一生懸命桜さんを探しましたけど見つかりませんでした』って戻ればいいよ。私が明日怒られるだけで済むしねー」
「連れて帰る」
「じゃあ秘密バラしちゃうよー。本当はすぐに戻れたのに一緒にサボってましたーって。私はどの道無傷だしー」
「もういいわ」
ああ言えばこう言う。ため息が漏れて、ブランコから聞こえる金属音のキーコーという音が私に同情してくれているように聞こえた。
「ごめん。本当に用事があるんだ」
「先生に言えばいいじゃない」
「言うほどのことじゃないからさー」
「真美さ。そういうところ損してるよね」
「あははー。確かに。それは飛香の言うとおりかもね」
そう言うと真美はブランコを思い切り漕ぎ出す。
短いスカートも気にしないで、漕ぎ方を覚えたばかりの小学生のように勢いよく。
「そんなに勢い付けたら危ないって!」
「へーきへーき。落ちても殆ど砂場だし」
「怪我したらどうするの!」
「堂々と文化祭休めるからいいかなーって」
「今から休むつもりでいるの?」
「さーねー」
隣をぶんぶん往復する真美に話しかけるのは思ったより大変だ。さっきまで走ってたから酸素が足りなくて大声を出すのも一苦労だ。だけど私も必死にブランコを漕ぐ。真美の進みに合わせて、置いていかれないように。そうすればきっと苦しくない。目一杯下がって足を離す。私の意思とは無関係に前に進むブランコ。タイミングを合わせて足を振る。勝手に進んでいたブランコが、私の意思に合わせて動き出す。
ひゅーん。ひゅーん。
振る足が地面にぶつからないかちょっと怖い。子供の頃は何も気にしてなかったのに、今は足元や周りの目を気にしないとブランコすらろくに漕げない。でも真美の隣に付けないと話すら出来ないんだ。だから私は人目を気にせず必死に真美の高さまでブランコを漕ぐ。
「おー。飛香もやるじゃーん」
「別にこれぐらいなんてことないわよ」
それからしばらく私と真美はチラチラ互いを見ながら一心不乱にブランコを漕ぐ。
やがて顔も合わせなくなり無言になる。
景色だけがひゅーん、ひゅーんと大きくなったり小さくなったり。
「私さ。演劇やってみようと思う」
前を向いたまま、気づけば口にしていた。
数往復、また無言が続く。
「高校生活も来年一年ある。だから両親も説得して。ダメって言われたらバイトでもなんでもしてさ。やってみる」
ひゅーん。ひゅーん。
風の音に混じって今度は真美が、
「どーゆー風の吹き回しー?」
「別に。ただ単純にさ、真美の生き方が羨ましくなった」
「私のー?」
「うん。なんか格好いいなって」
「そーでもないけど。ってかやっぱ飛香ってウケるね」
「そうかな?」
「うん。フツーじゃないって思う」
「そう? まだ割と普通だけど」
「普通の子は自分のこと普通って言わないしー」
「かもね。じゃあ普通じゃなくなったのは真美のせいだ」
「そうやって人のせいにするの良くないとおもいまーす」
「じゃあちゃんと言うね。ありがとう」
「……べつに。何もしてないしー」
少しだけ真美の返事が遅れた気がした。
「そうかも知れないけど私は十分救われた気がしたよ。今まで望まれる一ノ瀬飛香を演じていたのかもしれない。だから今度は本当の私で役者を演じてみたい。私が」
「そっか」
「真美はやっぱりなりたいもの、ないの?」
「わかーんなーい」
「真美はさ、脚本家だよ」
「急にどうしたのー?」
「私の目標を描いてくれたから。私の人生の脚本家!」
「それはちょっと大げさだってー」
「でも真美がいなかったら私はずーっと普通に学校に通ってなんの疑問も持たないまま進学して、就職して、もしかしたら結婚もして、趣味でやってた演劇もいつかは辞めてるかもしれなかったんだよ」
「私の脚本、めちゃくちゃだと思うよ?」
「あはは! そうだね。めちゃくちゃ。ほんとめちゃくちゃ。最初はそう思った。でも今はすっごく心地良いなって思うよ」
「飛香ってほんと変……っと」
勢いのついたブランコから先に飛び降りたのは真美だった。綺麗な着地を見せるがスカートの丈にひやひやした。続いて私も飛び降りる。
ちょっと怖かったけど、地面に足をついてブレーキをかけると怪我をしそうだと思った。こういう時は勢いに任せた方がいいな。
「本当に戻らないの?」
「ごめん。マジ用事あるんだー」
「そっか。やっぱりミッション失敗だね」
「今日の午後は私と飛香は会ってない」
「そうだね。残念。じゃあ戻るから。また明日学校で。サボるんじゃないわよ」
「考えておきまーす」
そうして私は学校へ。真美は別の道を。
背中合わせで徐々に遠ざかる真美の空気を感じながら、私は急いで学校へと戻った。
数日後。文化祭当日の午後二時頃。結局、真美と公園で解散してから彼女と一度も会うことはなかった。公園で別れた次の日からは授業もなくなり完全に準備期間になったので、徹底的にサボり倒しているんだと思い、何度もスマホで連絡をしてみたが「ちょっと用事がある」「また連絡する」と事務的なな連絡が返ってくるのみだった。学校にも話を聞いたが、あいにく担任は真美と入れ替わるように出張に行ってしまい、ようやく事情を知っていそうな教員を見つけるが「家庭の用事らしい」という情報しか得ることが出来ず。結局詳しい事を知っている大人がいないという状況の中、文化祭当日になってしまった。他の部の出し物が終わり、観客の空気も温まってきているが、私は気が気じゃなかった。
「飛香。大丈夫?」
「……はい」
「真美さんのことが気になるの?」
「ここ数日全然連絡もつかないし。結局今日も来てないんです。なにかあったんじゃないかと思うと……」
「でも家庭の事情ってことは分かってるんでしょ? あと三十分もしたら始まるわ。終わったらいくらでも探しなさい」
いつも厳しい天堂先輩が珍しく私の頭を撫でてくれる。
「はい」
「真美さんのことが大切なのね」
「……はい」
「でも今は集中なさい。それがあなたの仕事よ」
私は気持ちを舞台へ切り替える。そうだ。今、私がやらなきゃいけないことはこの舞台だ。目の前のことをこなせないのに他のことばっかり心配するなんて。
ちゃんとしろ! 私!気合を入れ直す。ステージの外から声が聞こえる。
『それでは次は演劇部によるロミオとジュリエットです!』
「お疲れ様」
「天堂先輩。お疲れさまです」
自分たちの出番が終わり舞台袖へと戻ってくる。他の子達が道具を片付け始めたので、私も撤収作業に加わる。半年も練習して、衣装を手芸部に頼んだりセットを美術部に頼んだり。この数十分のためにずーっと前から準備して、練習してそしてその成果を発表出来た。見に来てくれた人も最後は大きな拍手と歓声をくれた。
ものすごい達成感で、やっぱり私は演劇が好きなんだなって実感できた一日だった。次はジャグリング部による派手なパフォーマンスショーだ。
きっと演劇より華やかなステージになるだろうし、私たちのロミジュリは直ぐに忘れられちゃうのかも。そう思っていると、
「飛香。ちょっといい?」
「なんですか?」
「ちょっと部室までいいかしら」
「わかりました」
なんだろう。なにかはわからない。ただいつもはっきり意見を言う先輩にしては端切れが悪く、私の短い人生経験でもあまり良い話ではないことは想像がついた。
時計の針は三時を回り、少し肌寒くなってきたがまだ文化祭は続いている。
部室は四階。階段を登るたびに喧騒は遠ざかり、静寂が近づいてくる。
その間先輩は一言も喋らない。まるで断頭台に登る囚人の気持ちを体験しているようにすら思えた。先輩が扉を開ける。
数時間前まで慌ただしく準備していた痕跡が、まだ少し熱を帯びて残っているように感じた。教室に入った先輩は「閉めて」と言う。私は言われたとおり教室の戸を閉めた。先輩は向き直ると、ポケットから何やら取り出し私に差し出す。
「手紙……ですか?」
「そう」
「誰からです?」
だが先輩は無言でそれを差し出したままだ。それはどこにでも売っているレターセットの封筒だった。よく見ると右下の方に小さく”真美”と書いてあった。
「これって?」
「ごめんなさい。でも舞台の前にあなたに渡したら動揺するんじゃないかと思って。……今朝預かったの」
今日の朝、上級生たちは準備の関係で早く登校していた。それは当日までのスケジュールで真美も知っていたのかもしれない。でもまさかこんな事態になるなんて想像ができない。
「真美はなんて?」
「何も聞いてないわ。ただ貴女に渡してって。それで彼女、すぐに帰っていったわ」
「真美……」
私はゆっくり封を開ける。
「外そうか?」
「いえ、大丈夫です。居てください」
怖かった。これを読んでしまえば後戻りができなくなりそうで。何が書いてるかなんてわからない。でもきっと、いや絶対今の私には辛い結果が待っている。
そんな気がした。だから無事にこの手紙を読み切る自信がなかった。
だれかにそばにいて欲しかった。私は四つ折りになっていた便箋を広げる。
大人びた字。まるでペン字教室の先生が書きそうなぐらいに整っている。
真美の見た目からは想像が出来ない。そこには真美にしてはちゃんとした言葉が綴られていた。
『急にごめんね。少し前にまたお父さんの転勤が決まったの。
結局一年もいることが出来なかったな。
文化祭の準備サボってたのは引越しの手伝い。
だってどうせ当日の朝には出発だから。
飛香にだけはちゃんと話したかった。
でも最近の飛香は私に将来のことを話してくれたり、真面目な優等生なのに不良に付き合ってくれたりで、どんどん自分の殻を破ってるように見えたんだ。
正直私は、そうやって変われる飛香が羨ましいって思ったし応援したかった。
ちょっと自慢っぽくなっちゃうけど、飛香がそういう風に変われたのって私のおかげもあるかなーって。
だから飛香が頑張って夢を追ったり変わろうって時に、私がいなくなるって聞いたら動揺しちゃうかなって思って。
だからそっといなくなることにしましたー。
飛香はきっと怒るだろうけど、これが私なりの応援。
文化祭は見れなかったけど、いつか飛香の演技を見ることができたらいいなって思う。
だから頑張って!
……って、文字にすると恥ずかしいな。でも書かないと伝わらないし。
あー、もう手紙って本当に難しいなー。
文章の練習でもしようかな。
それじゃあね、飛香。
あまり頑張りすぎないように。真美より』
ショックではあった。でも不思議と泣くわけでもなくゆっくりと手紙内容を受け入れることが出来た。それは先輩に声をかけられここに来るまでの間、本能的に察していたのかもしれない。
何度も読み返す。真美らしくない字で、真美が言いそうにない言葉が綴られたその便箋に、私はずっと視線を落とし続けている。
「大丈夫?」
「意外と、大丈夫です」
「聞かないほうが良いかしら?」
「お父さんの急な転勤で転校するから、バイバイ。演劇頑張って。また会おうね。そんな感じです」
「……そう」
「はい」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫です。……でもやっぱり、ちょっと、」
涙声になっていたかもしれない。私は手紙をポケットにしまうと、よろけるように一歩、足を進めていた。
すかさず先輩がゆっくり抱きしめてくれる。
「危ないわよ」
「……すみません、先輩……私、やっぱり……」
「私は転びそうになった貴女を支えただけよ」
「…………りがとう、ございます」
あれから十年がたった。
十月だというのにまだ夏の暑さが肌にしっとり残る。都内のとあるマンションの一室で私は今日も朝から大忙しだ。朝の七時を回ったばかりだというのに、いつもと変わらずバタバタとしている。
「あなた。もうご飯はいいの?」
「今日はちょっと急がないといけなくて」
「そう。あまり無理しないでね」
「お前こそな。そうだ。今日の夜はあれに行くんだろ? 同級生の」
「うん」
「宏太(こうた)のお迎えはおふくろが行ってくれるから、ゆっくりしてきなよ」
「ありがとう。いつも助かるわ。あとでお義母さんにお礼言っておくわね。行ってらっしゃい」
そうしていつも通り主人を送り出すと玄関の鍵を閉めてからリビングへ戻る。
「こうちゃーん。準備できたー?」
バタバタと準備している方から「もうちょっとー」と元気な返事が返ってくる。
最近はお着替えが少しずつできるようになり、その出来栄えを私に褒めてもらうのが嬉しいらしい。それまでのほんの数分間が安らぎの時間だ。冷めかけたコーヒーの入ったマグカップに手をつける。起きてからつけっぱなしのテレビはちょうど今日の特集コーナーだ。
『次は今、国内で話題の『劇団UNCOMMON(アンコモン)』からゲストをお招きしております!』
あれ以来たまに携帯で連絡を取るぐらいで、大学に入ってからは疎遠になってしまった。もともと最後の別れもあんな感じだったので、そこからの連絡は少し気まずかったけれど今も元気そうで本当に嬉しい。
『主演女優の一ノ瀬飛香さんです。よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
『先月より行われた地方公演のスケジュールを終えられて、本日より東京公演ということですが、なにか意気込みがあればお聞かせください』
『そうですね。東京公演は初めてということもあり、少し緊張していますが、これまで通り、良い演技をお届けできればと一同思っております』
『なるほど。本日のチケットも完売していますし今から楽しみですね』
『期待に応えられるようがんばります』
『ちなみによく聞かれることとは思いますが、一ノ瀬さんが役者の道を志したのは高校三年生になってからと聞いております。これから役者を目指す子たちに向けて、応援のメッセージを頂きたいと思います。日本を代表する名女優からコメントがあると励みになると思いますので』
『私なんかがですか?』
『またまたご謙遜を』
飛香とアナウンサーの掛け合いに、他の出演者からも笑いが漏れる。
『そうですね。努力することと諦めないことはもちろんだと思います。でも一番大切なのは”今やりたい”って思えた時に動けるかどうかだと思います』
『タイミングが大切と』
『私の場合は高校二年までは本当に普通の子でした。演劇部には所属していましたが、進学校でクラス委員長をやるぐらいにはガチガチのザ・普通で』
『そうだったんですね。今の一ノ瀬さんからは想像がつきませんね』
『それもよく言われます』
『あはは』
『とにかく私の場合は本当にタイミングでした。もともと役者への興味はありましたが一度諦めてしまって。でもその時背中を押してくれた友達がいて』
『ご友人のおかげで今があると?』
『そうですね。本人にそのつもりがあったかはわからないんですけれど、彼女と接していくうちに私の中の価値観がどんどん変わっていって。それで両親にはすごく反対されたんですけど、高校を卒業してから夢を追うことに。大変でしたけど、今はなんとかやれています』
『いいお話ですね。では最後に見どころについて一言お願いします』
『他の場所でも少しお話をしていますが、今回の脚本は私も参加しているんです。公演名の『ボタンを一つ外すだけでも大変なんだ』も私が命名しました。実際の体験もお話に乗せていますので、そういった部分も伝わればと思います』
『見てからのお楽しみということですね』
『そうですね』
『お忙しい中、本日はありがとうございました』
『こちらこそありがとうございました』
テレビのコーナーから飛香が退場する。
アナウンサーが公演期間と会場を宣伝すると天気予報が始まった。
「すごいじゃん」
結局あの手紙を書いて転校したあと、私はそれなりの大学へ進学し、そこで出会った男子学生と付き合って卒業。
彼が就職して数年後に結婚し、今は幼稚園に通う息子と三人で暮らしている。
当時の私がこの状況を見たらなんと言うだろうか。
今の飛香をテレビで見たあとだけに、苦笑交じりのため息が出る。
結局私は何者にもなれなかった。
あの頃は人と違うことさえしていれば、何かに出会い、何かが開け、何かを成し遂げれると思っていた。
大人になって今思えば、それは浅はか極まりないことだってわかる。それでも当時勉強をしっかりやっていたのは、無意識に保険をかけていたのかもしれない。ただそのおかげでそれなりに幸せな今があると思うと、本当に複雑な心境になる。
「結局、積み上げるしかなかったんだよねー」
とはいえ当時の振る舞いを後悔していたかと言われれば、それはノー。正しいアクションが足りなかった。それだけだ。
飛香にはそのアクションと覚悟があった。
勝ち取るセンスだ。
私にはなかった。
それだけの違い。
大きな違い。
「ママー! できたー!」
「どれどれ。ちゃんと見せてね」
「うん!」
毎朝恒例の洋服チェック。
うん。今日も良く出来てる。
……けど、やっぱり遺伝なのかな。
「また一番上のボタン外れてるわよ」
「だってー。むずかしいんだもん!」
「ちゃんとしないとだらしないわよ。ほら」
「はーい」
「それじゃ行こっか」
「うん!」
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