第5例目『各務原日翔麻(かがみはらひとま)の勘違い』
私はひとま。
なんとか高校を卒業してニートを免れた社壊人だ。なんと誰もが知っている全国展開のお店で働いている。
しかしそんな私の経歴は決して輝かしいものじゃない。
高校時代は不登校で昼夜逆転生活をしていたから、髪の手入れもろくにしない。前髪はギリギリ目にかからないぐらいにしてたけど、ケアなんてしたことがない。
目元だってぼーっとしてて、ぱっちり目を開くこともままならない。無気力無関心を貼り付けた顔だって親にも言われ、数少ない友だちからはダウナー系と言われる。まぁそれ自体はきらいじゃないけど。
部屋着はユニクロで売ってる上下黒のスウェットだし、他の服もダボッとしている物が多い。
高校の時はあまり外に出なかったから、それで通用してたし、なにより制服があった。
今もファッションには興味がなくてさっぱりだ。
それでも今は自転車で10分の通勤があるので、ユニクロの店員さんに「自宅からバイトに行くのに切るための服を見繕ってください」といった時はちょっと驚かれた。
まさに外出するための服がないという状態だったけど、コンビニは制服があるので助かった。
この一張羅をしばらくは大事にしようと思う。
そんな現状と過去の自堕落さを思い出していたら、同じく不登校だった友だちの熾火(おきび)とのやり取りを思い出してしまった。
スマホを開いて過去へと戻る。
◆◇◆
「貯金してる。毎日の収入から半分ぐらい」
『バイトしてるの?』
「ううん。お小遣い。毎日500円もらってる」
『金持ちかよ』
「幸いなことに。感謝は本当にしている」
『で、それを貯金してると』
「毎晩コンビニでお茶とせんべい買うと250円だからね。半額貯金。毎月7,500円。年間で9万円の貯金。卒業までならまだもうちょっといける。そしたら就活するふりして日雇いのバイトとこの貯金で、自由を延長するのだ」
◆◇◆
熾火とやり取りしたこのログが懐かしい。
「ただいま現在。……さて、今日もバイトいくか。シフトは……あー、店長と二人か」
夜中の12時から6時までの6時間勤務。
だけど深夜割で時給は1,200円。一日で7,200円。すごい、当時想像していた月給を一日で稼いでいる。
月給を一日で。
これはもう実質アーリーリタイアだ。
深夜勤務だしあまりお客も来ないから楽っちゃ楽だけど、暇なのがちょっとつらい。
自転車10分の距離をとぼとぼ歩く。
12月にもなって寒くなってきたから自転車は封印だ。
雪が降るとこの人たちは大変だろうなぁ。
ほんとこういう時は東京でよかったと思う。
「てんちょー。おつかれっすー」
「ひとまちゃんオツカレちゃーん」
「今日も16時間労働っすか?」
「そうなのよぉー。もぉ全然バイトが集まらなくてぇ~」
喋り方がオカマっぽい店長は今年で50歳になる脱サラ勢。
青と白の縞模様のエプロンの下からは紫色の派手なシャツ。
首からは金色のネックレスがちらついている。
髪も短い金髪で、見た目でそっち系の要素は揃っているけど、瞳がまーじでJKもびっくりするぐらいにかわいいのが腹立たしい。
仕事はできるし明るくて楽しいんだけど、……多分その喋り方のせいでバイトが辞退すると思うのだ。
私は逆におもしろって思ったけど。
「今日も朝まで二人いっしょね」
「そこだけ聞いたらセクハラみたいなんですけど」
「いやん♪ お願いだから辞めないで」
「辞めないですよ。お金必要ですし」
「そうよね。若いんだもん」
「まぁ、色々と」
「それじゃアタシ、裏で経理してるからレジよろしくね」
「はーい」
ドアが閉まる音を聞く。
私の時間、スタート。
「ってもなぁ。暇」
レジには監視カメラが付いているからスマホを見たり漫画を読んだりは不可能だ。
店長の話だと昔の個人店だとカメラもないから楽だって言ってた。
海外のニュースとかでも店員がレジでだらけてるのを見ることがあるけど、日本もそれぐらいゆるくていいと思う。そういうところは日本人は真面目すぎるから、もっと海外を見習ったらいいと思う。
英語でも覚えようかな。
「じゃぱにーず。れっつ、りらっくすー、もあー」
そんなこと言っても日本は良くならないか。
さーて労働納税ー。
夜中の12時過ぎのコンビニは暇だけど、それでも常連がくるから人間観察をするには面白い。
12時きっかりに立ち読みに来るにーちゃん。
2時頃お酒を買いに来るおねーさん。
5時頃朝刊を買いに来るおっちゃん。
全部近所の人だろう。
私はそういうエンカウントが嫌いだから、あえて家から少しだけ遠いコンビニを選んで働いてるけど。
「いらっしゃいませー」
それにしても深夜はいい。
なんだか自分を見つめ直せる気がするし、忙しすぎないから人間観察も捗る。
一度昼間のシフトもやったことがあるけど、客が多すぎてなにも見えなかった。
人の顔も。
現金も。
商品も。
みんな見えないなにかに追われて労働していた。
私も。
だから深夜はいい。
人の顔も見えるし、朝刊を買うおっちゃんは財布からじゃらじゃら現金を取り出して「いつも細かくてわりぃなぁ」って言ってくれる。
お酒を買うおねーちゃんも「高卒なん? 頑張って稼いでエライじゃん!」って言ってくれる。
なんかあったかいから、私はちょっと頑張れる。リハビリにはちょうどいい。
社会不適合者には深夜が合うのだ。
「いらっしゃいま――」
やべー。
直感が告げた。
「――せー」
「ねーちゃん」
「はい」
やばい。
これはやばいって。
さすがに怖すぎる。
ジーンズに半袖。
スキンヘッドにグラサン。
ガッチガチの筋肉質で高身長。
しかも腕には青い入れ墨。
もう完全にあれだ。
せめてタバコ買うぐらいにしてください。
「タバコ」
よかったぁあああああああ!
「何番でしょう」
「セッター」
「……セッター?」
「セッターや、ねーちゃん」
「あ、えーっと。すみません。何番でしょう」
今あからさまに不機嫌そうな顔した。
こわい。
ちょっと怖い。
「あー、72番」
「はい。かしこまりました。660円になります」
「ん」
突き出された手から千円札を受け取ると会計をすませてお釣りを渡す。
「ありがとうございました」
「なぁねーちゃん」
「は、はい!?」
やば。ミスった?
「こっちが本題やったんや」
「……はぁ」
「店長、裏におるやろ?」
「います……けど」
そうか。
この人は借金取りなんだ。
そういえば店長言ってた。
最近売上がきついって。
それにバイトの子もなかなか決まらないし、本部の人がおでん注文しまくって赤字になってるって。
私のバイト代もきっとなけなしのお金なんだ。
どうする?
通報するか?
それか防犯のボールを投げつけて。
初日に読んだマニュアルが断片的に頭をよぎる。
だけどスキンヘッドのおっさんは待ってくれない。
「店長に用事があるんや。裏、通してもらってええやろ?」
「て、店長は今、経理の仕事で忙しくて」
「相変わらず一人で頑張っとるのぉ。経理の仕事か。さぞ経営がきついんやろ? そのことで話があるんや。通してもらってええやろ?」
どうしよう。
もしこのおっさんを通したら……きっと店長はひどい目にあってお店もなくなって。
そしたら私の日当もなくなっちゃう。
こんな楽なバイトそうそうないってお母さんも言ってた。
私が働ける場所はここだけなんだ。
守らないと。
大丈夫。
さすがに死にはしないと思う!
「か、関係者以外は立入禁止なので!」
「せやから関係者やってゆーとるやろ?」
「わ、私、あなたのこと知りませんし! いい加減にしないとケーサツ呼びますよ!」
「そら困るわ。こっちも生活がかかっとるんや」
「私もです!」
「なら仲間やろ」
「いい加減にしてください!!」
その時だった。
「ちょっと! どうしたの? ひとまちゃん。大きな声だして」
「て、店長! ケーサツ呼んでください! タバコ屋のヤクザのおじさんが入れ墨が!」
「ケーサツ? ……あら。リュウちゃん」
「リュウ……ちゃん?」
誰??
ってかこの状況なに?
なんで店長こんなに冷静なの?
「あら言ってなかったぁ? 今日バイトの面接にくるおじさんが来るって」
「いえ、聞いてませんでしたけど」
「そぉー? ごめんねー」
ってか面接!?
こんな時間に?
てんちょー! いろいろおかしいでしょー!
「おいトラ。バイトのねーちゃんにちゃんと言っておいてくれよ。怖がらせちまったみてーじゃねーか」
「……トラ?」
「トラは私のあだ名なの。ほら、名前が秋虎でしょ。リュウちゃんとは昔からの付き合いでね」
「怖がらせちまったみたいでわりーな。ねーちゃん。俺は竜崎ってんだ。トラとは昔からの仲でね。……若い子に言うのも恥ずかしいんだが、俺は社会とうまくやっていけなくてよ。それで職を転々として、事業にも失敗して無一文になってよ」
「それで私がバイトに誘ったのぉ。ちょうど人手不足だったから。リュウちゃん、体力だけはあるから昼も夜もイケるのよね?」
「任せてくれ。俺がしっかり接客してこの店の経営も立て直してやるよ」
「あら♪ 頼もしいわ」
「ってことでねーちゃん。よろしくな。竜崎達也だ」
さっきの千円の手が、今度は握手の形で差し出される。
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。各務原 日翔麻(かがみはら ひとま)っていいます」
「よろしくな。それとさっきは怖がらせて悪かったな」
「いえ。私も早とちりでした。すみません」
「おい、トラ。この子めちゃくちゃいい子だな。絶対に離すんじゃねーぞ」
「わかってるわよぉ。一緒に夜を戦ってるんだからぁ」
「てんちょー……言い方」
「ねーちゃん、大丈夫か? なんかされてねーか?」
「今の所は大丈夫です」
「なんかあったら俺に言えよな。助けてやっからよ」
「ありがとうございます。頼もしいです」
「ちょっとぉー。二人ともひどーい!」
それから何事もなくバイトは終了。
リュウさんとは明日から深夜シフトらしい。
店長は相変わらず電卓を叩くみたい。
お母さんに話したら「夜勤は変な人ばかりだけど男の人が二人いて安心ね」って言われた。まぁだいたい正解か。
「なんか疲れたなー」
ベッドに転がってスマホを開く。
通知はゼロ。
心乱されないなー。
そうだ。熾火(おきび)に今日のこと伝えよう。
LINEを開いて、友だちのタブをタップする。
数少ない友だちから、檻薪熾火(おりまきおきび)を選んでメッセージを打ち込む。
すぐに既読がついて返事が来た。
ちなみに熾火も高校を卒業してフリーターだ。完全に私と同じく社会不適合者だ。
「ってことが今日あってさ」
『やー、それはびっくりだったね』
「ほんとだよ」
『いやー私もその現場見たかったなー』
「こっちはマジでケーサツ呼ぼうと思ったんだって」
『まぁそうなるよね』
「とにかくいい人そうで良かった」
『まぁ根はいい人だから。ちょっと社会不適合者だけど』
「まるで知ってるかのような言い方」
『だってそれ、私のおじさんなんだもん』
「…………まじ?」
『マジ』
「えええええええ? なにそれ聞いてない」
『言ってないもん。驚かせたかったから』
「檻薪(おりまき)一味、許すまじ」
『あはは。私はちょっと楽しかった』
「私は心臓が止まりそうだったんだよ」
『ごめんごめんって。ま、あれだ。いつまで続くかわかんないけど面倒みてやってくれ』
「はぁ……りょーかい」
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