第4例目『スマホの開発者は子供にそれを与えないし、眼科医はレーシックを行わない』

「どうせ私のフォロワーが少ないのがいけないんでしょ! 友達だと思ってたのに!!」

「佑奈(ゆうな)は友達だよ……ただこっちではフォロワーを優先したいっていうか……」

「もういい! 私、このアプリもあんたの友達もやめる!! 数字だけみて楽しんでればいいでしょ!」


 震える手でスマホを握りながら教室から一人の少女が出ていった。

 仲のいい友達同士あつまってお昼のご飯を食べる風景は、平和でありふれたものだった。

 そんな中、あるグループの女子たちが今流行りの写真アプリ『Easy Photo』について雑談をしていた。

 今、絶好宣言を食らった佑奈という女子と出ていった女子。その他数人でアプリの画面を見せ合いながら自分が撮った写真の話をしていたのだ。

 このEasy Photoは自分の写真を投稿していいねやコメントをもらう、よくある承認欲求型のアプリだ。

 最近では海外のアプリが主流だが、これは国内産で人気が高いため、リリースして女子高生を中心に人気が広まっている。

 さらにフォロワーやいいねの数が一定の数を超え、その他条件を満たすと、写真に広告が付いたり企業からオファーが来たりする。そんなマネタイズ機能も備えているため、ユーザーは躍起になって数字増やしに勤しんでいるのだ。

 それだけならよくある話だが、このアプリには一つ悪いところがあった。

 それは自己の評価がフォロワーを巻き込むということだ。

 例えばAさんが人気があっても、Aさんのフォロワーも同等でないとアプリから評価を受けづらいということだ。

 これは閲覧者が影響力のあるAさんの投稿を見た後に「きっとAさんのフォロワーならその人達もすごいに違いない」という期待を裏切らないためのシステムだ。

 よってこのアプリで広告収入を得る人気者になりたければ、フォロワーの質も一定に保たないといけない。

 そのためおすすめ機能に「あなたにはこのフォロワーがおすすめです」や「このフォロワーとの関係を見直しませんか?」という誘導がたくさん出てくるのだ。これは今問題になっている機能といえる。

 そして佑奈という少女は、このアプリでのポジションを上げるために、幼稚園から仲の良かった友達をフォロワーから外した。そして別れ話になったということなのだ。

 今、女子高生を中心にこういう話はネット上ではよく聞くし、この学校でもこういう事件はちょいちょい起きていた。

 だけどそれを目の当たりにした人たちは、手元のスマホを覗き込み、それから周りの友達の顔色を伺う「あんたはそんなことしないよね?」と。そうして視線や雰囲気でなんとなく現在の関係をつなぎとめようと、見えない何かに繋がれているのだ。


「やー怖い怖い」

「愛琉(あゆる)」

「陽射(ひざし)も見たでしょ。今の。いやホント怖いねー」

 陽射が一人でお弁当を広げていると、明るい茶髪のボブカット少女がスマホをひらひら振りながら近寄ってきた。

「うん。そうだね」

「陽射はやってないんだっけ?」

「流行るちょっと前にインストールしてやってみたけど、こまめに写真とったりアップするの面倒になっちゃって。それに今みたいになる可能性を考えるととてもやる気にはならないかな」

「あはは。わかる」

 そう言いながら愛琉は陽射の隣の空いている席に腰掛けた。

 購買部派の彼女は惣菜パンを食べながらお茶を飲んでいる。そして話を続ける。

「あそこまで露骨にやるのはちょっと引いちゃうけどねぇー。でもフォロワー増えてお金が増えたら、YouTuberみたいな豪華な暮らしも出来るって言うし、ネットがある今に生まれてよかったとは思うけどね」

「愛琉らしいね。私のお母さんなんかは『ネットがなかった頃のほうが良かった。今より不便だったけど物事に集中できたし、人付き合いもしっかりできた』って」

「へー。私は断然今のほうが良いけどな。ネットやSNSがないなんて信じられない。どうやって友達作るの? ってカンジするわ」

「別に普通にクラスメートや近所の同年代の子でいいんじゃ……」

「えー。それじゃあ全然足りないよ。刺激もないし」

 だんだん不貞腐れてきた愛琉を見て、陽射は話題を戻すと、

「愛琉ってEasyPhotoのフォロワーとかどうなの?」

「私かー。正直私は全然かな。底辺ユーザーだよ。いいねもさっぱり付かないし。この間の土日も駅前に出来た話題のカフェに行って写真上げまくったけど全然駄目。正直なんでこんなことやってんだろーって思うよ。でもねー、なんかやめられないんだよね」

「フォロワーとかいいね増えなくても」

「うん。なんかさ、もしかしたら次の写真はバズるかもって思っちゃうんだよね。めちゃくちゃ労力やお金もかかるわけじゃないし。ま、手軽な宝くじかなー」

「宝くじ感覚かー」

「ねえ、陽射はもうやらないの?」

「うん。他にやらないといけないこともあるし。ごめんね、誘ってくれたのに」

「いいっていいって。実際こいつは時間泥棒だからなー。YouTube見てTwitter見てLINE返して、他にもやらないといけないことたくさんあるのに、EasyPhotoまでやってたらマジ人生の時間なくなっちゃうからねー。ほんといいねの数やSNSは現代人の悩みだわ」

「あはは」

「ま、SNSはほどほどにって私も思うわ。友達だけはなくしたくないし、佑奈みたいにはなりたくないもんね。あ、ちょっと別件で呼び出しだわ」

 愛琉はスマホの通知を確認すると残りのパンをお茶で流し込み去っていった。

「もう、愛琉ってば忙しいんだから」


 それから数日後の月曜日。

 朝の教室。


「陽射! 見て見て見て!!!」

「おはよう。どうしたの? 朝からそんなにうるさくして」

「これみて! これ! ほら!」

 愛琉が出すスマホ画面。

 そこには見慣れたEasyPhotoのタイムライン。

「……愛琉の投稿?」

「そう! めっちゃバズった! やばいって! いいねが3.5万件とかマジヤバいって!」

「これって」

 先週の土曜日のことだ。

 都内の某所で大規模な玉突き事故が発生したのだ。

 愛琉はたまたま買い物に来ていたショッピングモールのエレベーターに一人で乗っていた。

 なんの気なしに道路を見下ろしていたら、次々と玉突き事故が起きたため、それを上空から動画で収めることに成功したのだ。

 事故発生から1分もしない間に話題のSNSにアップされた上空からの動画は、またたく間に拡散され、報道機関からもニュースで使用したいというDMが山のように送られてきた。

 そして、テレビやネット配信で愛琉の動画が使われ、注釈に彼女のアカウント名が記載されたこともあり、事故発生の翌日にはフォロワーが数万にまで膨れ上がった。

 その余波で過去の投稿もバズり始め、事故の動画がトレンドにも乗ったことで、バズりの好循環に入ったのだ。

「すごいでしょー! まさかフォロワー数十の私がこんなことになるなんて!」

「あ、うん。すごいね。びっくりしたよ」

「でしょでしょ!」

 愛琉のテンションについていけないまま、陽射が受け答えをしていると、クラスメートの佑奈が愛琉に声をかけてきた。

「おはよう。愛琉さん」

「佑奈さん?」

「先日の投稿見たわ」

「え!? 佑奈さんも見てくれたの?」

「もちろんよ」

「えー! 感激だなー!」

「よかったら相互しない?」

「いいの!?」

「もちろんよ。私も愛琉さんみたいなセンスを勉強したいもの」

「でも私のは偶然で」

「それも実力のうちよ。お互いタイムラインを見れば、どうしたらバズる絵が撮れるかもわかるじゃない?」

「そっか。じゃあよろしく」

 そうしてトントン拍子で陽射の前で話は進んでいった。

 

 その日から佑奈と愛琉はすごく仲がよくなって、愛琉の投稿はコンスタントに数字を叩き出し、陽射と愛琉の会話や会う時間は減っていった。

 クラスメートも「最近の愛琉さんは調子に乗っていて嫌」「陽射さんが可愛そう」という声も聞こえてきた。

 そんな状況の中、愛琉のアカウントは着実にフォロワーといいねを増やしていきマネタイズも成功していった。

 フォロワーからのコメントを参考に写真の撮り方も上手くなったし、手に入ったお金で映えるモノもガンガンアップしていった。適当に撮った写真でも「人気者」というフィルターがいいねとフォロワーを爆発的に増加させていく。

 愛琉のEasyPhotoは間違いなく好循環に入ってった。


 そしてある日事件は起こった。

 朝のホームルーム。

 クラス担任教師の一言だった。

「五十嵐佑奈さんは体調不良のため、しばらく学校を休むことになりました。デリケートな問題ですので、復帰しても詮索せず、気持ちよく迎えてあげて下さい」

 一瞬だけクラスがざわついたが、何事もなくそれから出欠を確認して授業が始まった。

 1限が終わり、陽射は愛琉に聞いてみた。

「ねえ、佑奈さんなんかあったの?」

「あー。まぁ……なんかあった、といえばあったかな」

「どうしたのよ?」

「んー」

 言いにくそうだったが、愛琉はすぐに、

「EasyPhotoのフォロー外した」

「え!?」

「だ、だって! 私ってば最近ずーっとフォロワー増え続けていいねも増えて、お金も高校生にしては十分にもらえるぐらいになって。そしたら画面に出てきたんだもん、その『佑奈さんのフォローを見直しませんか?』って。それで私、診断アプリにデータを入れてみたのよ」

 診断アプリとは、EasyPhotoのフォロワーを入力すると、自分の現在の影響力が図れるアプリだ。

 特定のフォロワーと相互になったり解除したりすると、自分の影響力がどうなるかのシミュレートも出来て、長期的な人気診断が出来るのだ。

 現在の愛琉の影響力だと、佑奈クラスと相互になっていると、おすすめへの露出が減少し、次第にフォロワーやいいねが減ってくると予想されたのだ。

 つまり愛琉がさらなる人気を求めるのであれば、佑奈以下を解除して、新しい人とフォロワーになったほうが良いという判断なのだ。

 底辺から一気にインフルエンサーになった快楽はつきまとう。

 それは貧乏人が1億円の宝くじを当てたようにだ。

「佑奈だって、昔からの友達を簡単に切ったじゃん? それに私はもともと佑奈と仲がよかったわけじゃないから、別にいいかなって。……まぁちょっと悪い気はするよ? でも高校だって何年もいるわけじゃないし、きっと進路も違う」

「愛琉……」

「陽射の言いたいことはわかるよ! でも私は今がいいの! せっかく手に入れたチャンスだから。……佑奈には本当に悪いと思ってる。……でも、もうやめられないから……ごめん。ちょっと頭冷やしてくる」

「愛琉……」

 そう言って彼女は鞄を持って教室を出て行った。

 その日愛琉は戻っては来なかった。



 ◆◇◆



 愛琉が出ていった直後、クラス内はざわつき、私のそばに寄ってきた噂好きのクラスメートなんかは「愛琉さんも数字取れたら人が変わっちゃうんだね」とか「バチが当たったんだわ」「佑奈さんも可愛そう」と口々に言っていたけど、あまり私の耳には届かなかった。多分適当に聞き流していたかと思うんだけど、私は私でやることがあるのだ。

 学校が終わると、みんなが部活やショッピングモールに行ったりする中、私は一人近場のカフェへ向かう。

 その途中で電話が鳴った。

「はい」

『逃水さん、いつもお世話になっています』

「こちらこそ」

『今日もこれから作業に入ります?』

「はい。今スタバに向かっています」

『もうすぐEasyPhotoのリリース一周年なので、……こう、ちょっと言いにくいんですが、』

「わかっています。もっと若い子を刺激するギミックを作れば良いんですよね?」

『さすが逃水さん。このアプリを開発してもらってから本当に弊社もお世話になって……』

「そういうのいらない、っていつも言ってるじゃないですか。私は仕事としてアプリの開発をしてるんですから」

『相変わらずですね』

「1秒でも長くEasyPhotoに張り付いてもらわないと困りますから。私の利益のためにも」

『あはは。味方だとなんとも心強い。それでは今後ともよろしくお願い致します』

「こちらこそ。それでは失礼します」


 カフェに到着すると、いつもの席に座ってパソコンを開く。

 シンプルなメモ帳にアイディアをとにかく叩きつける。

 実際の作業はそれからだ。まずは思考の整理が大事なのだ。


「ねーねー、そろそろ一周年アプリ作り始めるの?」

「わっ」

「びっくりした?」

 突然私の前に座ってきた少女はコーヒーを片手にいつものように無邪気に笑っている。

「……するわよ……事前に連絡頂戴っていつも言ってるじゃない。千紗さん」

「ごめんごめん。ここ近所だからさ」

「佑奈さんの体調は?」

「んー、結局あれからマジで絶交になっちゃってガチで会ってないんだよね。先生がああ言ってるんだから、そのうちガッコくるんじゃない?」

「そう」

「心配なの?」

「まさか。ああいうプライドの高い人があのアプリを使うとどうなるか……っていうデータが欲しかっただけだし。あまりにも社会問題になりそうだったらレコメンド機能調整するけど」

「でも刺激なくなんない?」

「そのへんはあなたが実際にいろんな人にアプリを勧めて検証するの。友達多いだけが取り柄じゃない」

「あー、陽射ちゃんひどいんだー」

「千紗だってひどい子じゃないの? あっさり幼稚園からの友達を裏切って」

「べつに裏切ってないよ。フォローはずしてきたのはあっちだし?」

「……ものは言いようね。そういう結果になるってのは初めから伝えてたけど?」

「だって毎月すっごい額のお金が貰えるんだったらやるっしょ。佑奈とは付き合いは長いけど、ぶっちゃけ最近うざかったし。むしろきっかけを作ってくれてサンキューってカンジ?」

「千紗も人でなしね。で、次のターゲットは決まったの?」

「まぁぼちぼちね。同じガッコじゃないから次は陽射ちゃんは目撃できないと思うけど」

「別に見たくはないわよ。結果だけ教えてくれればいいから」

「いつもそうだよね、陽射ちゃんって。ねえ、聞いていい? 何が目的でこんなことしてるの?」


 なぜだろう。

 その答えは自分でもよくわからない。

 お金になるのはありがたいし、自分の目論見が当たるとスッとして楽しい気分にもなる。

 でももしかしたら、たかがSNSの数字やいいねに翻弄される、私たち人間の弱さに苛立って、でもどうすることも出来ないから、ただ子供のように癇癪を起こしてあたり散らかしているだけかもしれない。

 アプリを使う方も闇深いが、また作る私も闇なのだろう。

 結局人類が生み出した、この薄い端末に関わる者たちは、その闇に引きずられながら生きていくしかないのかもしれない。


「人の心に興味が、あるのかもしれないわね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る